語順自体が持つ「心理」を理解せよ

語順自体が持つ「心理」を理解せよ

1. Is~、Do~から始まっても疑問文とは限らない

この項で扱うのは、「形容詞の限定用法」です。

どこにスポットライトを当てるかを考える

以前にお話しした、疑問文以外にもいろいろと使われている「疑問文の語順」がなぜそうなるのかを以下に説明します。

①否定の倒置

I have never thought of such a thing.(私はそんなことを一度も考えたことがない)

この文で「一度もない!」ということを強調したければ、まずどの単語に気持ちのスポットライトが当たるでしょう?

それはneverですね。

そこでまず、neverが文頭に出ます。

Never….

次に、neverが否定している言葉は何でしょう?

「私」ですか?「そんなこと」ですか?「考えたこと」ですか?

何が「一度もない」のかと言えば、「考えたことが一度もない」わけですよね。

「考えたことが一度もない」で1つの意味のセットです。

ということは、neverが強調されるときは、それと一緒に、neverが否定するhave thoughtという動詞も強調されるわけです。

動詞が強調されるのですから疑問文語順が発生します。

Never have I thought of such a thing.

②mayの祈願文

「~でありますように」と神に祈る文を「祈願文」と呼びます。

mayが文頭に出る、疑問文の語順をとります。

May God bless America.(合衆国に神のご加護があらんことを)

普通の文ならGod may bless America.という語順になるはずです。

動詞はblessです。

まずmayの「~していい」というのは決して優しい意味の言葉ではありません。

「上の立場の人が下の立場の人に『~してよろしい』と許可を出す」という意味を持つ言葉です。

You may have a seat.(着席してよろしい)

上から下への、半ば、命令的に聞こえる「許可」ですね。

上の立場といえば、キリスト教世界で「究極の『上の立場』」は「神」です。

祈願文でmayが文頭に出るのは、「神への許可(may)を乞う」ことを強調することが、「『~でありますように』という神頼みの表現」になったものと考えられます。

許可を強調するのですから、mayが強調されて文頭に出ます

したがって、God may bless America.という「主語+動詞~」の語順が、May God bless America.という疑問文語順になるわけです。

「スター・ウォーズ」に出てくる“May the Force be with you.”(フォースとともにあらんことを)もこの構文ですね。

③仮定法の倒置

以前に詳しく述べていますが、「実際起きていないけど、仮にもしそうなら、こうなるだろうよ」という、「あくまで想像の話をする」ときに使う動詞の活用が仮定法です

仮定法では動詞をわざと過去形にしたり、過去完了にすることで、「現実の話じゃないんだよ」ということを宣言しています。

If it were raining now,…((今、実際には降っていないけど)仮に今雨が降っていたら…)
⇒現実には100%雨は降っていない。100%仮定の話です。

さて、「仮の話」であることを宣言するためにわざと動詞の過去形や過去完了を使うのですから、「あくまで仮の話だけど」ということを強調したければ、動詞の過去形や、過去完了形の部分を強調すればよいということになります。

動詞を強調するのだから、疑問文の語順が発生するのです。

If Were it raining now, …
⇒仮の話だということが強調されるので、ifはいらなくなって消えると考えるとよいです。

④So do I. Neither do I.などの「同意表現」

“I’m hungry.” “So am I”(「お腹すいた」「私も」)

このSo am I.は、So am I hungry.のhungryを省略した形です。

相手がすでにhungryと言っているので、「同じ言葉は二度繰り返さない」という英語のルールが働いて省略が起きています

さらに言えば、大元にはこういう表現があったと想像できます。

I am so hungry.(私もそれくらいお腹が減っている)

現代英語ではsoは「とても」という意味で使われることが多くなっていますが、元々soは日本語の「そう」に近い意味の言葉で、「そう」「そのくらい」という意味を持つ言葉です。

例えば、He was so hungry that he couldn’t sleep.は学校で習う通り、「彼はとてもお腹が減っていたので眠れなかった」と訳すこともできますが、

He was so hungry / that he couldn’t sleep.(それくらい空腹だったよ。眠れない(くらい))
⇒彼は眠れないくらいお腹が空いていた。

という訳し方もできます。

soの「それくらい」の内容が「どれくらい」なのかの詳しい説明を、thatが指差してくれているわけです。

thatはもともと「あれ、それ」という「情報を指す」ための言葉ですからね。

さて、会話の相手が、I’m hungry.と言ったときに、「自分も同じだ」というSo am I.と言う表現があるわけですが、これは以下のように考えられます。

(1) I am so hungry.
⇒「それくらい」、つまり「あなたと同じくらい」ということを強調したいので、まずはsoが文頭にきます。
(2) So…
⇒「(お腹が減っている)状態だ」ということを強調したいので、「状態である」を意味するbe動詞が次に強調され、疑問文の語順が発動します。
(3) So am I hungry.
⇒hungryは相手がすでに言っている言葉なので省略されます。

否定語のneitherですが、neither=not+eitherです。

eitherは「どちらか一方」という意味で、not eitherつまりneitherは「どちらの一方を見てもnot」「両方ともnot」という意味になります。

A:“I don’t like him.” B:“Neither do I.”(A:「私は彼が好きじゃない」B:「私もだ」)

なら、「Aさんの方を見ても、話者であるBさん自身の方を見ても、どちらの一方を見てもnotと言っている」という意味でneitherがあります。

①の否定の倒置と同じく、「(私も)notだ」を強調したいので、まずneitherが文頭にやってきます。

(1)Neither…
⇒neitherが否定する動詞であるlikeも一緒に強調されることで、疑問文の語順が発生します。
(2)Neither do I like him.
⇒likeとhimはすでに述べられているので、省略されます。

2. 疑問詞が文の最初にくるのには理由がある

疑問詞は「一番尋ねたい情報」

疑問詞を使った疑問文は、語順がややこしく感じます。

しかし、「言いたいことから先に言う」という原則は変わりません

質問の中で一番尋ねたいことが「動詞」のとき、疑問文の語順では動詞が主語の前にきます。

疑問詞を使った疑問文では、疑問詞が一番尋ねたい情報になります。

したがって、疑問文を作ったうえで、さらに疑問詞が文頭にやってきます

例をいくつか見てみましょう。

下線部分はそれぞれ、疑問詞と、疑問詞に置き換わった情報です。

・Do you live in Kobe?(神戸に住んでいるのですか?)→Where do you live?(どこに住んでいますか?)
・Did he do it for that reason?(そういう理由で彼はそれをやったのですか?)→Why did he do it?(なぜ彼はそれをやったのですか?)
・Do you like it?(それが好きですか?)→Which do you like?(どちらが好きですか?)

このように、疑問詞に置き換わった情報は一番言いたいこととして文頭にくることがわかります。

疑問詞を使った疑問文には、この応用編ともいえる現象が見られる場合があります。

それは、間接疑問文と呼ばれる形式で起きる現象です。

間接疑問文で倒置が起こるとき・起こらないとき

大きな文の中に組み込まれた小さな疑問文のことを「間接疑問文」と呼びます。

直接疑問文:普通の疑問文 Where is he?(彼はどこですか?)
間接疑問文:I don’t know where he is.(彼がどこにいるのか知りません)
⇒大きな文の中にwhere he isという小さな疑問文が組み込まれています。

作り方は単純で、上の文なら

「私は知らない」+「『知らない』内容」という順番にくっつけます。

疑問文を組み込むときは「動詞+主語」(Where is he?)という疑問文の語順を、元の「主語+動詞」(where he is)の語順に直します。

日本語で「どこですか?」を「どこにいるのか(を)」に直すような作業です。

間接疑問文でも疑問詞が文の最初にくる場合

さて、以下の例文を見てください。

Do you know…?+Where is he? → Do you know where he is?(彼がどこにいるか、あなたは知っていますか?)
Do you think…?+Where is he? → Where do you think he is?(彼がどこにいると、あなたは思いますか?)

普通ならDo you know where he is?のように、Do you think where he is?でもよさそうなものです。

ところが、do you thinkの場合、Do you think where he is?とはなりません。

do you~?の前に疑問詞(ここではwhere)がやってきて、Where do you think he is?となるのです。

このパターンになる場合、do youの後ろにthink、hope(希望する)、believe(信じる)、expect(期待する)、imagine(想像する)など、「心に思う」系の動詞が使われることが多いです。

「う~ん、なぜかはわからないけど、じゃあそういう動詞のリストを覚えておいて、こういう文を作るときに気をつけておかなきゃいけないのか?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、文法は暗記科目ではありません。

こういう現象が起きるのにはきちんとした理由があるのです。

ここでもやはり、働いているのは、「言いたいことから先に言う」という英語の語順の大原則です。

質問に想定される答えを見てみると、なぜこういう語順になるのかがわかります。

“Do you know where he is?” “Yes, I do (=I know).”/”No, I don’t (know).”
(「彼がどこにいるか知っていますか?」「はい、知っています/いえ、知りません」)
⇒返答から見て、この質問で一番尋ねたいことは「(彼の居場所を)知っているのかどうか」つまり、Do you knowが一番尋ねたいことです。

דDo you think where he is?” “Yes, I do (=I think).”/”No, I don’t (think).”
(「彼はどこにいると思います?」「はい、思います/いえ、思いません。」)
⇒「思う」「思わない」を答えても返事にはならない。つまり、一番尋ねたい情報はDo you thinkではないということがわかります。

“Where do you think he is?” “He may be in the bathroom.”
(「彼はどこにいると思いますか?」「彼はトイレにいるかもしれません」)
⇒場所を答えてあげればこの会話は成立します。つまり、一番尋ねたい情報は「どこ?」ということです。したがって、whereから先に話します。

すでに述べましたが、この倒置が起きるときには、think、hope、expect、believe、imagineなどの「心に思う」系の動詞が使われます。

こういう動詞を使うとき、「思うかどうか」「信じているかどうか」「希望しているかどうか」が尋ねられているわけではなく、「思っている内容」「信じている内容」「希望している内容」などが尋ねられるのが普通です。

したがって「内容」の部分にきている疑問詞が一番言いたいことになり、そこから先に話されるのです。

・Do you think…?+Who are you? → Who do you think you are?(あなたは自分を何様だと思っているの?)
返答:This time, I’m your boss.(今回は、私が君のボスだ)
⇒Who are you?に対する返答になっています。

・Do you hope…?+Which team will win the game? → Which team do you hope will win the game?(あなたはどちらのチームが勝つといいなと思っていますか?)
返答:I hope the Yankees will win.(ヤンキースが勝てばいいなと思っています)
⇒Which team will win the game?に対する返答になっています。

・Do you believe…?+When did it happen? → When do you believe it happened?(あなたはいつそれが起きたと考えているのですか?)
返答:I believe it happened this morning, not yesterday.(昨日ではなく、今朝それが起きたと私は考えている)
⇒When did it happen?に対する返答になっています。

3. 語順の2大ルールで倒置をマスター

言いたいことから先に

①whatの感嘆文とhowの感嘆文

「言いたいことから先に言う」のルールにのっとった倒置の文は、疑問文以外にもあります。

まずhowの感嘆文から見てみましょう。

howというのは「様子や程度を尋ねる」というのが根っこの意味です。

「どんなふう?」とか「どんだけ?」という感じですね。

後者の「どんだけ~だよ!」というのが感嘆文で使うhowの感覚です。

そして、感嘆文の語順を考えるとき重要なことは「howはveryの生まれ変わり」と考えることです。

例えば、

That girl is very beautiful!(あの娘はとても美しい)

という文があったとして、このvery beautiful(とても美しい)を「どんだけ美しいの!」と強調したければ、veryをhowに変えます

The girl is how beautiful!

ここで強調されているのはhowだけでなく、how beautifulというひとかたまりの意味の言葉であることに注意しましょう。

「言いたいことから先に言う」ルールが働き、how beautifulというかたまりから先に言われて、以下のような文が完成します。

How beautiful that girl is!(あの娘はなんて美しいの!)

実際の会話の中では、言いたいことはhow beautiful!だけで十分事足りるので、that girl isは省略されることがよくあります。

次にwhatの感嘆文です。

感嘆文ではwhatもhowもveryの生まれ変わりです。

なのですが、これは少し特殊で、howが副詞で感嘆文では形容詞(もしくは副詞)を強調するのに対し、whatは名詞で、感嘆文では「(形容詞+)名詞」を強調します。

つまり、howは様子を表す言葉(形容詞・副詞)と仲が良くて、whatは名詞と仲が良いのです。

そこで、whatを使う感嘆文の元の文は以下のようになります。

She is a very beautiful girl!(彼女はとても美しい女の子だ!)
⇒veryの後ろに、beautiful girlという「形容詞+名詞」がきていることに注意。whatは形容詞だけでなく、名詞も必要とします。

次にveryをwhatに変えて、強調を表します

そして強調されているかたまりを先に言います。

She is a what beautiful girl! → A what beautiful girl she is!
⇒a what beautiful girlの中で一番言いたい言葉はwhatです。したがってwhatから先に言います。
What a beautiful girl she is!

これも通常の会話ではshe isは省略されて、What a beautiful girl!となることがよくあります。

先ほど「whatは名詞と仲が良い」と述べました。

形容詞がなくても、「What a 名詞!」だけで「何て~なんだ!」という言い方になります

What a man!(何て男だ!)

②I don’t think he is kind.か?I think he is not kind.か?

否定というのは重要な情報です。

それがあるかないかで、文の意味が正反対になってしまうからです。

そこで、英語では否定語はなるべく前に置くようにします

これも「言いたいことは先に言う」というルールの一種です。

日本語では「彼は親切ではないと思う」も「彼は親切だとは思わない」も、どちらも問題のない文ですが、英語ではI don’t think he is kind.が自然で、I think he is not kind.は、間違いとまでは言わないにしても、かなりブサイクで、添削される文です。

同様に、Nobody was there.(そこには誰もいなかった)は自然ですが、Anybody was not there.というのは不自然なのです。

また、notやnoだけでなく、否定的な意味の言葉もなるべく先に言うという習慣があります。

The budget will be likely to be denied. → The budget will be unlikely to be approved.

日本語なら「予算はおそらく否決されるだろう」でも、「予算はおそらく承認されないだろう」でもどちらでもいいですよね。

でも英語だと、likely(ありそうだ)という肯定的情報を先に言い、deny(拒否する)という否定的情報を後で言うよりも、unlikely(ありそうにない)という否定語を前に置き、denyの代わりに肯定的なapprove(承認する)を使う形を良しとします

軽い情報が先、重い情報は後

長い英語の文章を読んでいると、ときどき「あれ?この動詞は普通SVOのに、なんかとんでもなく後ろの方にOのかたまりが回されているぞ?」というような文を見かけます。

その多くは「短い情報が前、長く重いOのかたまりが後ろ」という配置になっています。

単純かつ典型的なものはsuggestやexplainの構文で、これらの動詞は普通、以下のような構文をとります。

suggest+提案の内容(O)+to人「人に~を提案する」
例:He suggested the plan to me.
explain+説明の内容(O)+to人「人に~を説明する」
例:I explained the reason to her.

しかし、(O)の部分であるこの「提案の内容」や「説明の内容」が長くて重い情報になってしまうと、後ろに回されるのです。

例:He suggested to me that the plan should be put off.(彼は計画を延期してはどうかと私に提案した)
例:I explained to her the reason why we had put off the plan.(私はその計画を延期した理由を彼女に説明した)

4. 数式と英語の語順は同じ!

中学で習った文字式を思い出してください。

掛け算ではこのように文字を横に並べます。

a×b=ab

英語の表現でも同じ形が現れます。

例えば「30分」は1/2時間なわけですが、「1/2×1時間=half an hour」というふうに表せます。

今度は、足し算の文字式を思い出してください。

a+b=a+b

つまり、「+」の記号は省略できませんでした。

英語の表現でも同じ形が現れます。

例えば「1時間半」というのは1時間+1/2時間<なわけですが、「1時間+1/2時間=an hour a half」というふうに、「+」を表すandが表示されます。

これらは果たして偶然なのでしょうか?

もちろんそうではなく、必然です。

数式というのは数字を使ってこの世の現象を説明する、一種の言語です。

そして、私たちが中学以上で習う(方程式以降の)数学は古代ギリシャで生まれ、ヨーロッパで育ったものです。

したがって、ヨーロッパで生まれた数式には、ヨーロッパ語の影響が濃く表れているのです。

他にも例えば、すでに上に「1/2」と書いた通り、分数というのは分子を先に、分母を後に書くことができます。

a half(1/2)やa quarter(1/4)は少し特殊な言い方ですが、例えば、2/3ならtwo thirds、3/5ならthree fifthsというように、分子が先、分母が後にきます。

これを利用すると、いわゆる「倍数表現」というのが楽に作れるようになります。

as~as構文でよく出てくるやつですね。

He is twice as rich as I.(彼は私の倍金持ちだ)

というような文です。

倍数表現というのは、文字通り「掛け算」を表す文です。

ですから、「横並び」に並べれば「~倍」を表せるわけです。

上記の例文の作り方を考えてみましょう。

ついでですから、as~as構文のわかりやすい作り方も一緒に説明していきます。

as~as構文の、すごく簡単な作り方

as~asや比較級の文は読みにくいし、作るのも大変です。

理由は、「比べる側」と「比べられる側」の2つの情報、つまり、普通の文の倍の情報を扱わないといけないからです。

これを一度に作ろうとすると頭が混乱します。

単純な文から順に、手順を追って膨らませていけば、楽に作れるだけでなく、長めの比較の文を読むのも大変楽にできるようになります。

(1)He has many books.(彼はたくさんの本を持っている)

まずはこういう普通の単純な文を作ります。

作れたら、次にこの中で「様子を表す言葉(文法的に言えば、形容詞か副詞)」を探します

この中ではmany(たくさんの)がそれです。

(2)He has as many books.(彼は同じくらいたくさんの(=同じ数の)本を持っている)

「様子を表す言葉」の前に1回目のasを置きます。

as~as構文において、1回目のasと2回目のasは同じ意味ではありません。

1回目のasの意味は「同じくらい~」です。

as many booksなら「同じくらいたくさんの本」、つまり「同じ数の本」という意味になります。

(3)He has as many books as I.(彼は私と同じ数の本を持っている)

「同じ数の本を持っている」と言われれば、聞き手は当然、「ん?誰と同じ数?」という説明が聞きたくなりますよね。

そこで出てくるのが2回目のasです。

2回目のasは、「誰と同じくらいなのか」を説明する「基準」の役割を果たします。

ここで注意すべき重要なポイントが1点あります。

それは2回目のasは文末に置くということです。

中学で習った時に「as形容詞as」と機械的に覚えてしまっている英語学習者が多く、

×He has as many as books

とやってしまう人がかなりいます。

元の文をきちんと考えると、He has many books.だったわけですから、2回目のasが置かれるのは文末、つまりbooksの後です。

さてここからは、これを倍数表現にする方法を説明します。

例えば「彼は私の2倍本を持っている」を作ってみましょう。

(1)He has as many books as I.
⇒直訳すると「彼は持っているよ、同じ数の本を。比べる基準は私」となります。

これを2倍にしたいなら、数式と同様に考えます。

(2)「彼は持っているよ、2×[同じ数の本を]+比べる基準は私」となるわけです。

英語なら、He has 2×[as many books]as I.ということになります。

「2倍」は英語でtwiceですから、

(3)He has twice as many books as I.

という文ができ上がるのです。

比較級も数式の考え方で

比較級の文も同じパターンでできます。

例えば「この塔はあの塔の3倍の高さだ」という文を作りたいなら、こういうステップを考えましょう。

(1)This tower is tall.(この塔は高い)
⇒形容詞tallを比較級にします。
(2)This tower is taller.(この塔はより高い)
⇒何より高いのかという基準を表すthanを文末に置きます。
(3)This tower is taller than that one.(この塔はあの塔より高い)
⇒3×[taller]という形にして「3倍の高さ」とします。
(4)This tower is three times taller than that one.(この塔はあの塔より3倍高い)

「修飾する」の真実

「修飾する」の真実

1. 「他のじゃなくて」という形容詞

この項で扱うのは、「形容詞の限定用法」です。

もう、そう聞いただけで閉じたくなった読者の方もいらっしゃるかもしれません。

文法用語が嫌で嫌で、なるべくそういうことがわからなくても、中身だけわかるようにしてほしい!

そういう気持ちを抱いている方はいっぱいいらっしゃると思います。

でもご心配なく。

その「用語」の意味を必ずわかるように説明いたします。

そして、文法用語は、一般その意味がわかってしまうと、とても便利なのです。

この機会に、文法用語を理解しておきましょう。

すると、今まで難しくてわからない!と思っていた他の文法書や、素晴らしい他の先生方の説明がもっと簡単にわかるようになります。

今までモヤモヤしていた頭の中の霧が晴れるのは、気持ち良いですよ!

特に形容詞や副詞といった修飾語関係の用語や考え方はわかりにくいものです。

きちんとわかるように、ここでは「修飾」「形容詞」「限定用法」と呼ばれるものを解説していきます。

「修飾する」とはどういうことか

さて「修飾する」というのは「様子を説明する」と言い換えてもよい言葉です。

名詞の様子を説明するのが形容詞です。

そして、名詞以外の言葉(主に動詞)の様子を説明するのが副詞です。

まず、形容詞が名詞を修飾するということを説明していきましょう。

形容詞は、名詞の様子を説明する言葉です。

例えば、「机」はモノの名前ですから名詞です。

「古い机」「大きな机」「木でできた机」「父が使っていた机」は全て「机」の様子を説明しています。

これらが「形容詞」です。

厳密に言えば、単語一語なら「形容詞」、複数の語が集まってできた1つのかたまりが名詞の様子を説明していれば「形容詞句」、主語+動詞のかたまりが形容詞の働きをしていれば「形容詞節」です。

・an old desk(古い机)⇒形容詞
・a desk made of wood(木でできた机)
・a desk that my father used to use(父がかつて使っていた机)⇒形容詞節

英語は「軽い情報が先、重い情報が後」というのが語順の原則なので、長いかたまり、つまり2語以上で修飾する場合、名詞の後ろに形容詞のかたまりがつきます

学校で習う関係代名詞節は、先行詞である名詞の様子を説明する一種の形容詞節です。

形容詞の限定用法

「修飾する」を英語に直すと「to modify」です。

これは「修正する」とか「限定する」という意味もある言葉で、語源的には「サイズに合わせて余分なところを削っていく」イメージを持つ言葉です。

形容詞の修飾には「限定用法」というのがあります。

これは、名詞に形容詞が直接くっつく形をとり、機能としては、漠然とした情報を「削って」いくことで、名詞の情報をより具体的に、明確にします

I need a red pen, not a black one.(赤ペンが必要なんだ。黒じゃない)
⇒他の色ではなく「赤」、他の色ではなく「黒」というふうにペンの種類を色で限定して説明しています。

a girl who speaks French(フランス語を話す女の子)
⇒a girlだけだと、世の中に存在するあらゆる女の子から取り出した、「とある1人の女の子」というとても漠然とした意味になりますが、そこに「フランス語を話す」という修飾語をつけることによって、「フランス語を話さない女の子」は候補から削り取られ、除外されます。

限定用法の修飾を行うことによって、情報がより具体的になっていくことがわかるでしょうか。

具体的に数えられるものとして捉えることが可能に

実はこれが意外な文法的効果を発揮する場合があります。

皆さん、こういうルールを聞いたことはあるでしょうか。

ルール:lunch、breakfast、dinnerは原則的に不可算名詞であるが、形容詞とともに用いられるときには可算名詞になる。

I’ve already had lunch.(もう昼食は食べましたよ)
⇒lunchは不可算。
I had a big lunch today.(今日はガッツリ系のランチを食べました)
⇒a big lunchは可算。

breakfast、lunch、dinnerはともに不可算名詞です。

一方で「食事」を意味するmealは可算名詞です。

a mealは「一回の食事」という1つの「形」、別の言い方をすれば「区切り」を持っているので、可算名詞になるのです。

しかし、breakfast、lunch、dinner は、そのmealを「朝用、昼用、夜用」のどの「機能」として食べるのかを意味する言葉です。

つまり、形ではなく「用途・機能」の話をしているのです。

このように、形をイメージしない言葉なのでbreakfast、lunch、dinnerは不可算名詞になります。

ところが、ここに形容詞がつくと、breakfast、lunch、dinnerが実体を持ったモノ、つまりmealのイメージで具体化されるのです。

機能としての、「昼用」という用途が、「昼に食べたガッツリとした一回の食事」というふうに具体的な形で捉えられていくわけです。

ここではbigという形容詞によってlunchが具体的にmeal化され、a big lunchという可算名詞に化けます。

これが限定用法の修飾が持つ具体化の力です。

この現象は、breakfast、lunch、dinnerにとどまらず、より広範囲な抽象的な意味を持つ名詞にも起きます。

例えば「影響」を意味するinfluence、effectを辞書で引いてみてください。

これらの名詞は原則的に不可算名詞ですが、辞書には「具体例ではan~、~s:その際しばしば修飾語を伴う」と書かれています。

The herbal medicine had a beneficial effect on my health.(漢方薬が健康に有益な効果を及ぼした)
⇒beneficialという形容詞がつくことで、「一個・一回の具体的な『有益な影響』」が実際に体の中に発揮されたことを表します。

他にもexpectation、improvement、adjustmentなど、様々な抽象名詞で同じ現象が起きますが、原理はどれも同じで、形容詞が限定用法の修飾を行うことにより、抽象的な数えられない概念が、一回・一個の具体的で数えられる現象として捉えられるようになるというものです。

今回は形容詞の限定用法についてお話をしました。

次項ではもう1つの用法である叙述用法について説明します。

限定用法と叙述用法の違いがわかれば、関係代名詞の制限用法と非制限用法の違いが直感的にわかるようになります。

2. 「ただの様子説明」の形容詞

形容詞が名詞の様子を説明するのに、限定用法に加えてもう1つ、叙述用法というのがあります。

叙述というのは、別の言い方をすれば「説明する」ということです。

え?ちょっと待って、そもそも「修飾」って「様子を説明する」ってことでしょ?と混乱する読者の方もいらっしゃると思います。

具体例で説明しましょう。

叙述用法の典型的な形は、補語にやってくる形容詞です。

I bought an old paint.(私は古い絵を買った)…限定用法
⇒世の中にいろいろ絵はあるけれど、ここでは「古い」絵を買ったんだよ、という情報を絞り、具体化しています。
This paint is very old.(この絵はとても古い)…叙述用法
⇒「この絵」がどんなものなのかの情報を説明しています。

叙述用法との違いを理解するため、限定用法の特徴を再確認しましょう。

限定用法の要点は2つあります。

<限定用法の特徴>
① 世の中に○○と呼ばれるものはたくさんある。
② その中で、今回のは、~という性質を持つものだよ、それ以外の性質のものじゃないよ、と情報を絞る。

I bought an old paint.なら、①は「この世には絵と呼ばれるものはたくさんあるけれど」です。

oldがつくことで②「今回の絵は『古い』という性質を持つものだよ。新しいものじゃないんだよ」と、絵の情報を絞っていく働きを持ちます。

一方で、叙述用法は、その名詞(ここではthis paint)の様子をただ語るだけです。

「他のじゃなくて…」という「絞る」働きはありません。

上の例文ではわかりにくいでしょうか?

実は学校英文法での難関の1つ、関係代名詞の非制限用法を例にとると、これは随分とわかりやすくなります。

関係代名詞の制限用法

まず日本語で、「機能赤い服を着ていた女性」というフレーズを考えましょう。

「機能赤い日服を着ていた女性」というフレーズの、「昨日赤い服を着ていた」の部分は、どんな「女性」なのかを説明する形容詞のかたまりです。

そして、限定の働きをしていますね。

まず、①世の中に「女性」と呼ばれる人間はたくさんいます。

そして、②その中で「昨日赤い服を着ていた」という形容詞のかたまりが、「今話題にしている女性は、昨日赤い服を着ていた女性のことだよ。他の色の服を着た女性じゃないよ」というふうに、「女性の情報を絞って」います。

これを英語にすると、

a woman who wore a red dress yesterday

となります。

このように限定用法の機能を果たす関係代名詞節は、制限用法と呼ばれます。

ここでの「制限」は、まさに「限定」と同じ意味で、言い方が違うだけです。

関係代名詞の非制限用法

次に、日本語で、「鹿児島生まれの私の母」というフレーズを考えてみましょう。

さて、まず、「私の母」ですが、限定用法(関係代名詞なら制限用法)のように、①「この世に『私の母』はたくさんいるけど」、という考えは成立しますか?

常識的に考えて、「私の母」というのは「女の人」や「猫」のような「種類名」ではありません。

つまり、「この世にたくさんいる「私の母」と呼ばれる生き物のうちのとある一人」というわけにはいかないはずです。

もし、これが限定用法なら、②「この世に『私の母』はたくさんいるけれど、その中で今私が話題にしているのは『鹿児島生まれの』私の母であって、他の私の母じゃないよ」ということになります。

これは明らかにおかしいですね。

つまり、「鹿児島生まれの」というフレーズは「私の母」を限定したり、区別しているのではなく、「私の母」に「鹿児島生まれ」という情報を追加しているだけです。

これが叙述用法の形容詞の働きです。

関係代名詞を使ってこのフレーズを英語にしてみましょう。

叙述用法は関係代名詞では非限定用法と呼ばれます。

制限、つまり情報を限定するのではなく、情報を単に追加しているだけなので、このような呼び名があります。

×my mother who is from Kagoshima
⇒関係代名詞としては制限用法と呼ばれます。「他の『私の母』ではなく、鹿児島生まれの私の母のこと」という意味になり、不自然です。

My mother, who is from Kagoshima, visited her hometown last month.(鹿児島生まれの私の母は、先月、生まれ故郷を訪ねた)
⇒関係代名詞としては非制限用法と呼ばれます。カンマで区切られるのが特徴で、「私の母がいて、ちなみに鹿児島生まれなのだけれど…」という「情報の追加」を意味します。

もしも説明を受ける名詞(先行詞)が「この世に1つ/1人しかないもの」なら、使う関係代名詞は、基本的に非制限用法になります

「私の母」は基本的には1人しかいないはずです。

「猫」とか「男の子」のように、「この世にたくさんいる、種類全般」の話をしているのではありません。

すると、当然、「たくさんいるものの中から、情報を絞る」というようなことはする必要がなくなるので、制限用法の関係代名詞節は使いません。

その代わりに、情報の追加を表す非制限用法の関係代名詞を使うわけです。

Bill Clinton, who is the former president of the United States, made a speech at the ceremony.(元米国大統領であるビル・クリントン氏がセレモニーで挨拶をした)
⇒「この世にたくさんいるビル・クリントンのうちの、元大統領のビル・クリントン」というのはおかしいので、関係代名詞はカンマをつけた非制限用法にして、「情報の追加」であることを表します。これを発音する際には、カンマのところをしっかりと区切ってポーズを置いて読み上げます。

このような感覚がわかっていれば、ライティングでよりフォーマルな文を作り出すことができるようになります。

関係代名詞の非制限用法も、従来のようにリーディングのためだけではなく、ライティング、さらにはスピーチに使うことを目標にしましょう。

3. 副詞を知ろう

名詞はすごく大雑把に言えばモノや人の概念の名前を表し、動詞はこれまた大雑把に言って、動作を表します。

それに対して、形容詞と副詞は「様子」を表す言葉です。

形容詞は名詞を修飾、つまり、名詞の様子を説明する言葉だということがわかりました。

それでは副詞は何でしょう?

端的に言ってしまえば「名詞以外の言葉を修飾する」言葉です。

事実なのですが、これでは、え?広すぎじゃん?ということになってしまうので、もう少し絞って、具体像をつかみやすいように説明していきます。

副詞の最も一般的な働きは、動作の様子説明

副詞の一番よくやる働きは、動詞の修飾、つまり、動作の様子や目的を説明することです。

例えば「走る」という動詞。

どんなふうに「走る」のか?

「速く走る」、「ダラダラ走る」、「友達と走る」、「明日走る」…これらはどれも「いつ、どこで、どんな風に『走る』のか」を説明する副詞です。

また、「終電に間に合うよう走る」、「健康のために走る」、「痩せたいから走る」なども、走る理由を説明する副詞です。

英語にしてみると、以下のようになります。

・He ran fast.(彼は速く走った)
・He ran with his friend.(彼は友達と走った)
・He will run tomorrow.(彼は明日走るだろう)
・He ran in order to catch the last train.(彼は終電に間に合うように走った)

副詞は、程度の幅を持つ形容詞と副詞の「程度」も表す

次に副詞が行う働きは、形容詞と副詞の修飾です。

ただし、形容詞と副詞なら何でも副詞が修飾するのではなく、「程度の幅を持つ」形容詞と副詞の「程度」を副詞が説明するというものです。

例えば、「速く走る」と言うとき、「速く」は「走る」という動詞の様子を説明する副詞ですが、「速く」には「どのくらい速く」なのかに関する幅があります。

この幅の程度を説明するのもまた副詞の役割です。

ここでは「とても速く(走る)」とか「そこそこ速く(走る)」、または「世界一速く(走る)」などです。

・He runs very fast.(彼はとても速く走る)
・He ran fast like never before.(彼はこれまでにないくらい速く走った)
⇒どちらもfastの程度を説明しています。

形容詞でも同じです。

例えば「美しい景色」なら、「景色」という名詞の様子を「美しい」という形容詞が説明していますが、この「美しい」には「どのくらい美しい」のかに関する幅があります。

その幅を説明するのが「とても美しい(景色)」「見たことないくらい美しい(景色)」というような言葉で、これらも副詞です。

・The city is known for its very beautiful scenery.(その町はそのとても美しい景観で知られている)
⇒どれくらい美しいのか説明しています。
・The hotel is surrounded by some of the most beautiful scenery in the area.(そのホテルはその地域で最も美しい景色に囲まれている)
⇒どう美しいのかを説明しています。

いわゆる「副詞的用法」は何をしているのか

不定詞の副詞的用法や分詞構文など、文法における多くの副詞用法は動詞の様子を説明していると考えてよいです。

①不定詞の副詞的用法

・My daughter grew up to be a doctor.(私の娘は大人になって医者になった)
⇒grew upしてどうなったのか、という「動作の結果」の説明。
・I am happy to hear the news.(その知らせを聞いて嬉しく思います)
⇒何をした結果(嬉しいという)状態になったのか、という「状態(be動詞)の原因」の説明。

分詞構文(=分詞の副詞的用法)

Hearing her voice, I was relieved.(彼女の声を聞いてホッとした)
⇒どういうことをして、was relievedしたのか、という「動作の原因」の説明。

ただし、形容詞や副詞の程度を表す不定詞の副詞的用法もあります。

代表的なのがtoo~to構文と、enough to構文です。

・He was too afraid to go there by himself.(彼は怖くてそこへは1人で行けなかった)
⇒直訳すると、「そこへ1人で行くことに向かっては、恐れすぎた」。どれくらい怖かったのかの程度を表しています。
・You’re smart enough to know that.(あなただってそれくらいのことわかってるでしょ)
⇒直訳すると、「それを知っていることに向かってあなたは十分頭が良い」。どれくらい頭が良いのかの程度を表しています。

いわゆる「副詞節」は何をしているのか

副詞の働きをするS+V~のかたまりを副詞節と呼びます。

多くの場合、主節の動詞の動作の原因や条件、結果などを表します

If you come earlier, we’ll show you around.(もし早く来るなら、この辺りを案内するよ)
⇒show aroundという動作が実現するための条件を、副詞節であるif節が説明しています。
When the ambulance arrived, he was unconscious.(救急車が着いたとき、彼には意識はなかった)
⇒unconsciousという状態にあった(=was)のが、どういうときの話なのかを副詞節であるwhen節が説明しています。

形容詞や副詞の程度を表す副詞節もあります。

so~that構文がその典型です。

I laughed so hard that I could hardly breathe.(笑いすぎて息が苦しかった)
⇒that I could hardly breatheはどのくらいhardに笑ったのかの程度を表します。

4. 関係副詞と関係代名詞の違い

関係代名詞と関係副詞の違いをすっきりさせないまま、ビジネスの現場で英語を使っていらっしゃるビジネスマンをよく見かけます。

話し言葉では避けて通ることもできる表現ですが(それでも結構使います)、フォーマルなプレゼンでは使うでしょうし、ライティングにおいては使う必要があります。

関係副詞をマスターするにあたって、1つ覚えておくと便利な知識があります。

それは「前置詞+名詞」→副詞というルールです。

副詞が最も多く行う働きは動詞の様子を説明する(=修飾する)ことでした。

例えば、

私は学校で、友達と話した。

なら、動詞「話した」の様子を説明しているのは「友達と」と、「学校で」の2つです。

誰と、どこで話したのかを説明しています。

つまり「友達と」と、「学校で」はどちらも副詞の働きをしているわけです。

これらを分解してみると、「友達」は「友達」という名詞と、「と」という助詞が組み合わさったもの、「学校で」は「学校」という名詞と、「で」という助詞が組み合わさったものです。

英語でもこれと同じことが起きます。

I talked with friends at school.

with friendsとat schoolはtalkedを修飾する副詞ですが、それぞれ「前置詞+名詞」で構成されています。

学校でhereとthereを習うときに、原則的にこれらの前に前置詞をつけてはいけないと習います。

それぞれ「ここに・ここで」、「そこに・そこで」と訳せる言葉なのでついついto hereとかat hereとやりたくなりますが、一部の表現を除いてそれはできません。

なぜかと言えば、hereとthereは副詞で、それぞれが

here≒in this place、to this place、at this place
there≒in that place、to that place、at that place

という構成になっているからです。

つまりhereとthereは前置詞を内蔵している言葉なのです。

これは関係代名詞と関係副詞の関係にも当てはまります。

where≒in which (place)、to which (place)、at which (place)
⇒実際にはplaceは省略されます。
when≒in which (time)、on which (day)、at which (month)
⇒実際にはtime、day、monthは省略されます。
why≒for which (reason)
⇒実際にはreasonは省略されます。
how≒in which (way)
⇒実際にはwayは省略されます。

このように、「前置詞+関係代名詞」→関係副詞という構成になっていることがわかります。

どういうときに関係副詞を使うのか

関係代名詞ではなく関係副詞を使うのは、「関係副詞節の中に、先行詞を置いてみるときに、前置詞がなければその先行詞を置くことができないとき」です。

先行詞とは、「それだけでは情報が足りない、説明を必要とする名詞」のことで、関係詞節の直前に存在します。

関係詞節とは、「関係代名詞や関係副詞を使った、先行詞を詳しく説明するためのS+V~」のことです。

以下、具体例を見ていきましょう。

例えば、
I visited the city where my mother spent some years in her youth.(私は母が若いころに数年間を過ごした街を訪れた)

なら、the cityが「どんな街なのか」の説明を必要とする名詞(先行詞)で、where my mother spent some years in her youthが説明の内容である関係副詞を使った関係詞節です。

このmy mother~in her youthという節の中に先行詞であるthe cityを入れてみましょう。

うまく入れるためにはthe cityの前に前置詞inをつけて、in the cityとしなければなりません。

つまり、もしこの節を関係副詞whereの代わりに関係代名詞whichで書くなら、

I visited the city.+My mother spent some years in the city in her youth.
→I visited the city in which my mother spent some years in her youth.

となります。

前置詞+関係代名詞→関係副詞」の原則に従い、このin whichがwhereになるわけです。

I visited the city where my mother spent some years in her youth.

しかし、関係詞節の中に先行詞を置いてみるときに前置詞が不要な場合は、関係代名詞を使います。

例えば以下に使っているvisitという動詞は他動詞で、前置詞を使わず直接、目的語を後ろにつけます。

This is the city.+My mother visited the city several times in her youth.
→This is the city which my mother visited several times in her youth.

このように、「前置詞+関係代名詞」にする必要がないときには、関係副詞(ここではwhere)にせず、そのまま関係代名詞(ここではwhich)を使えばいいわけです。

howを使うときの注意

関係副詞のhowを使うときは、先行詞をつけてはいけません

つまりthe way howとしてはいけない、ということです。

×This is the way how he successfully started his business.

howだけを使うか、the wayだけを使うか、どちらか1つです。

〇This is the way he successfully started his business.
〇This is how he successfully started his business.
(こうやって彼はうまく自分の事業を立ち上げた)

関係副詞の先行詞は省略して使うことが多い

関係副詞の先行詞は、それがあからさまに場所や時、理由を表しているなら省略されることが普通です

これは先行詞と関係副詞が「同じことを言っている」ために起きます。

・This is the place where he was hit by a car.(ここが、彼が車にはねられた場所です)
⇒the placeもwhereもどちらも「場所」を表すので、繰り返す必要がありません。
・This is the time when challenges began.(ここから難局が始まった)

I don’t understand the reason why he complains about me.(彼がなぜ私に文句があるのかわからない)

中には先行詞ではなく、関係副詞の方を省略する人もいます。

間違いではありませんが、私たちノンネイティブにとっては先行詞を省略する方がシンプルで使いやすく、また、伝わりやすい表現です。

5. 名詞の後ろに置く修飾語

英語の語順は、消化しやすい情報から先に消化していこう、という考え方なので、「軽い情報が先、重い情報が後」です。

名詞とそれを説明する形容詞の組み合わせでは、名詞の説明を担当する形容詞が長くなることが往々にしてあります。

そうやって情報量が大きくなった形容詞のかたまりは、名詞の後ろに回ります

a running man(走っている男)→a man running along the river(川沿いを走っている男)
⇒manという名詞の様子を説明する形容詞がrunning一語のときは「軽い情報」なのでmanの前にきますが、running along the riverと2語以上で「重くなる」と、manの後ろに回されます。

分詞の形容詞用法や、不定詞の形容詞用法、関係代名詞節は長くて重い情報になることが普通なので、説明をする名詞の後ろにくっつきます。

これを「後置修飾」と呼ぶわけです。

英語を話すとき、書くときには「軽いものから先に言う」ことを意識しておくことが英文の直感的な組み立てに必要です。

・a cat lying on the sofa(ソファに横たわっている猫)
⇒分詞の形容詞用法
・a room to study(勉強するための部屋)
⇒不定詞の形容詞用法
・the man who I thought just an ordinary businessman(ただのビジネスマンだと私が思っていた男)
⇒関係代名詞節

上記の例文ではa cat、a room、the manといった軽い情報をとりあえず先に言い、その説明は後で考えるくらいの気持ちがあった方が実践的です。

使い分けについて考える

さて、今回のトピックはここで出てくる分詞の形容詞用法、不定詞の形容詞用法、および関係代名詞節の使い分けについてです。

例えば、「明日泊まるホテル」はthe hotel staying in tomorrowなのか、the hotel to stay in tomorrowなのか、はたまたthe hotel I’m staying in tomorrowなのか。

文脈にも左右され、一筋縄ではいきません。

一緒に考えていきましょう。

分詞の形容詞用法 vs 不定詞の形容詞用法

分詞の形容詞用法と、不定詞の形容詞用法の使い分けのカギになるのは「やっている最中(~ing)」なのか、「これからすることに向かう(to)」のか、です。

例えば「ハンバーガーを食べている人」という表現なら、「食べている最中の人」ということになります。

ですから、ここは~ingがふさわしいので、the guy eating a hamburgerという表現になります(ちなみにここでa guyではなくthe guyになっているのは「他の人ではなく、ハンバーガーを食べているその男だよ」という気持ちからです)。

Hey, look at the guy eating a hamburger.(なぁ、あのハンバーガーを食ってる奴を見てみろよ)

この表現が名詞の「様子を描写」するための表現だということがわかります。

実況中継みたいな感じです。

ちなみに分詞の形容詞用法には過去分詞もあります。

これは名詞が「される立場」のときに使うものです。

例えば「フランス語で書かれた手紙」ならa letter written in Frenchです。

どんな感じの手紙なのかをwritten in Frenchが描写しています。

~ingと同様、描写するという役割は変わりません。

I received a letter written in French.(私はフランス語で書かれた、一通の手紙を受け取った)

一方で、不定詞の形容詞用法はtoの持つ「→」のイメージが、「これから向かう」という意味を出し、「目的・機能」の意味を出していきます。

「~するための」とか「~するべき」というのは「これからやる、向かう」というイメージがあるわけです。

例えば、a room to study in(勉強するための部屋)という感じです。

これをa room studying inとしてしまうと、「勉強している最中の部屋」となり、「勉強をするための」という機能の意味は出なくなってしまいます。

In this dormitory there are some rooms to study in.(この寮には勉強部屋もある)

というわけで、~ingや過去分詞といった分詞なら名詞の様子を描写し、不定詞なら名詞の機能や目的を表すことがわかりました。

関係代名詞節はどんなときが出番なのか?

では関係代名詞節はどういうときに出番がやって来るのでしょうか?

ここでは分詞の形容詞用法と比べてみましょう。

分詞の形容詞用法には語順に重要な特徴があります。

それは、分詞の前についている名詞が、分詞の意味上の主語の役割を必ず果たすというものです。

The man standing still on the front porch is Jim.(玄関先でじっと立っている男がジムだ)
⇒The man is standing still on the front porch.と言えることでわかるとおり、the manとstandingには、意味の上で主語と動詞の関係があります。

What is the language spoken in Chile?(チリで話されている言語は何ですか?)
⇒The language is spoken in Chile.と言えることでわかるとおり、the language とspokenは意味の上で主語と動詞の関係にあります。

では、形容詞の前に来ている名詞が、意味の上で「主語」の役割を持っていなかったら?

そのときは関係代名詞の出番です。

×The hotel staying in yesterday is good one.
⇒stayは「人stay in a hotel」という構文をとる動詞です。hotelは意味上の主語になれません。
〇The hotel that/which I’m staying in is a good one.(私が今日泊まっているホテルはいいホテルだ)
⇒「名詞+関係代名詞+S+V~」の時、関係代名詞は省略するのが普通です。
ちなみにthe hotel to stay inなら機能の話になります。
例:We must find a better hotel to stay in.(宿泊のためのもう少しましなホテルを見つけないといけない)

逆に関係代名詞の前にくる名詞が意味の上で主語の役割をする場合、分詞の形容詞用法との意味の差はほとんどなくなります。

The factory producing a lot of pollution is going to be closed soon.
The factory that/which is producing a lot of pollution is going to be closed soon.
(汚染物質をたくさん出しているその工場は、まもなく閉鎖されることになっている)

しかし、これもあくまで「関係代名詞+be動詞+~ing/過去分詞」というときに限った話で、例えば関係代名詞節の動詞が進行形でなければこの理屈は通じません。

A woman who just got off the train dropped her wallet in front of me.(電車をちょうど降りたばかりの女性が、私の目の前で財布を落としました)
⇒a woman getting off the trainだと、「今電車を降りつつある最中の女性」という意味になり、意味することが変わってしまいます。こういうときは~ingを使わず、関係代名詞節を使います。

動詞が「木」なら名詞は「木の実」

動詞が「木」なら名詞は「木の実」

1. 名詞は「可算名詞」と「不可算名詞」から始めよ

冠詞のaや、可算名詞、不可算名詞は、英語を勉強していて「一番わかる気がしない」パートだと思います。

この文法は日本語の話し手にとって縁遠いものです。

その名詞が「数えられる」とか「数えられない」などという区別は日本語だけでなく、少なくとも東アジアの言語には存在しません。

日本語では「パン1個」とか「チョーク1本」とか普通に言えるのに、英語ではパンやチョークは「数えられない」のだと習って「???」となった方もたくさんいらっしゃるでしょう。

どう考えても私たち日本語話者には理解できそうにないこの文法、実は英語を話すなら、そして書くなら、はじめの一歩として使えるようにならないといけない知識なのです。

使えなければ?もちろん意味の通じない英文が出来上がります。

英語で人を説得するどころではありません。

果たしてこの可算名詞・不可算名詞、私たちに理解できるのでしょうか…?

できます。

実は、これは「人類がおよそ5歳までに身につける認知能力」が元になってできている文法形式なのです

したがって、人類であり、5歳以上なら、誰でも理解できるようになっています。

一体どのような「認知能力」なのか…?

人類はモノを次の2種類の見方で認識していることがわかっています。

①「形」としてモノを認識する
②「性質・材質」としてモノを認識する

例えばあなたの目の前に机があったとします。

この机をチェーンソーでバラバラに切り刻んでください。

その破片を見て、あなたはそれを「机」と呼びますか?

呼びませんよね。

次に、目の前にあるスマートフォンをバラバラに分解したとします。

その部品の集合体を見て、あなたはそれを「スマートフォン」とは呼ばないはずです。

木でできた「板」をあなたが「板」だと認識するのは、それが薄く平らで、ある程度の面積を持っているからです。

同じ木でできていても、それが細長いものならあなたはそれを「棒」として認識するでしょう。

このように人間はモノを「形」で認識し、分類するという能力を持っています。

一方で、人間はモノを「性質・材質」として認識する能力も持っています。

例えば「氷」がそうです。

氷を砕いてみてください。

割れてバラバラになったその破片を見て、あなたはそれを「氷」と呼びますか?

当然氷と呼ぶはずです。

パンや、ピザ、ケーキを半分に切ってみてください。

半分に切ろうが4分の1に切ろうが、やはりそれらはパンであり、ピザであり、ケーキですね。

こうしたものを私たちは「形」としては認識せず、「そういう素材でできたもの」つまり「性質・材質」として認識し、分類していることがわかります。

このように、モノを「形」と「性質・材質」の2通りで認識する能力を、人間はおよそ5歳までに習得するそうです。

英語の世界での「1個」の正体

そろそろお気付きになってきたと思いますが、基本的に(あくまで基本的にですが)、「形」で認識するものが数えられる名詞、つまり可算名詞で、「性質・材料」として認識するものが数えられない名詞、つまり不可算名詞です。

そうすると、英語の世界での“one”、つまり「数えられる1個」の正体は、

それ以上崩してしまったら、それとは呼べなくなってしまう「形」のこと

と定義することができます。

この基準にあてはめると、「机」や「スマートフォン」はそれ以上崩したら机やスマートフォンとは呼べなくなってしまう、「形」で認識されるモノです。

こうしたものは「1つの机」「1つのスマートフォン」と数えることができるのです。

ところが、パンはいくら切ってもパンです。

ペンは折ってしまえばそれはもはやペンとは呼べませんが、チョークはいくら折ってもチョークです。

こうした、「それ以上崩したら、それとは呼べなくなる形」を持っていないものは、英語の世界で「1つ」と呼ぶために必要な「形」を持っていないことになります。

したがって、これらは数えられない名詞ということになるわけです。

私たちが日本語で「1つ」と言っているものの考え方と、英語の「1つ」は、考え方そのものが違うことがこれでわかります。

この「それ以上崩したら、それとは呼べなくなる形」が英語の世界の「1つ」だとわかると、あの厄介な冠詞「a」の正体が見えてくるのです。

それでは、この概念に冠詞のaがどのように関わってくるのかを次項で見ていきましょう。

2. 可算不可算がわかると、冠詞の「a」がわかる

前項で、「それ以上崩したら、それとは呼べなくなる形を持っているもの」を数えられる名詞、つまり可算名詞だと述べました。

つまり英語の世界で言う「1個」の正体は「形」です

この考えを起点に、冠詞の「a」とは何かを探っていきましょう。

a fishという言葉を考えてみましょう。

日本語に訳せばただ「1匹の魚」です。

しかし、aは「英語の世界での『1』」を表しています。

つまり、「それ以上崩せない形が1つある」ということを意味しています。

単なる「1」ではなく、「1つの形がそろっている」ということを意味しているのです。

だから、a fishは「頭から尻尾まで、丸ごとそろった、1匹の魚全体」を意味するわけです。

では、スーパーで売っている、「魚の切り身」はどう呼ぶのでしょう?

切り身が1つならa fishなのでしょうか?

そうはいきません。

「1つ」だから「a」なのではなく、「1つの形が丸ごとそろっている」から「a」なのです。

切り身は魚丸ごと1匹ではありません。

ですから、魚の切り身はa fishとはならず、(some) fishです。

では、この(some) fishは何を意味しているのでしょうか?

1匹丸ごとの魚をさばいて切り身にすると、「魚」が持つ形は崩れます。

そして、「魚という性質」だけを持った肉片になります。

魚の肉はいくら切っても魚の肉ですよね。

つまり、魚の切り身は不可算名詞です。

だからa fishのaが取れてしまっているのです。

aが取れてしまっている、というのは、「1つのまとまった形が崩れてなくなってしまっている」という意味でもあるのです。

「形ではなく、材質としてそれを見ている」という宣言でもあるのです。

some fishは「ある程度の『量(数ではないことに注意)』の魚の肉片」を意味しています。

可算名詞のリストはいらない

ここで気付いてほしいのですが、「Aという名詞は可算名詞で、Bという名詞は不可算名詞」というふうに「可算名詞のリスト」「不可算名詞のリスト」を挙げて暗記するというのは合理的ではありません

同じものであっても、人間の捉え方によって、可算名詞とも捉えられるし、不可算名詞とも捉えられるのです。

可算不可算は人間の認知能力を反映させた文法です。

モノに可算不可算の属性があるのではなく、その「モノ」をどう人間が認識しているのかが可算不可算を決めます。

別の言い方をすれば、「これは同じ形を持った仲間だ」と捉えているのか、「これは同じ材質を持った仲間だ」と捉えているのか、というふうに、「形の仲間」「材質の仲間」どちらに注目しているのか、ということです。

「形」と「材質」の話をもう少し続けます。

「石」は英語でstoneですね。

例えば「彼が私に石を投げてきた」という文の映像を思い浮かべるとき、あなたは飛んでくる「石」の丸ごと一個の輪郭が眼に浮かぶはずです。

これが「形」で石を捉えるということを意味し、

He threw a stone at me.

という英文が出来上がります。

一方で「この建物は石でできている」という文の映像を思い浮かべるとき、たとえ建物の輪郭は思い浮かべても、建築材料となっている石の輪郭は思い浮かべないはずです。

ちょうど、石に顔をぐっと近づけて見たときのように、石の表面のゴツゴツザラザラした感じを思い浮かべるでしょう。

それは石という「材質・素材」を思い浮かべているだけであって、ごろりとした一個の石の輪郭を浮かべているわけではありません。

これは不可算名詞、つまり材質として「石」を認識していることになります。

したがって、

This building is made of stone.

という英文が出来上がります。

名詞の扱いで話の意味が変わってしまうことも

「名詞の前にaがついていようがいまいが、意味は通じるでしょ?」という大雑把な気持ちで、英文を「読む」ことはできます。

しかし、話すときはどうでしょうか?

もしあなたが愛犬家で、自己紹介時にこう言ったらどうなるでしょう?

I like dog.

もうお気付きだと思いますが、a dogからaが消えてしまうと、「一匹の犬という形」が消えて、「犬という材質を持った肉の塊」が出てくるのです。

おそらく、普通の解釈としては、「ああ、この人、犬を食べる人なんだ。で、犬が好物なんだ」というふうになります。

あなたが愛犬家で、犬という種類の動物が好きな場合、

I like dogs.

というのが自然です。

なぜa dogではなく、dogsなのかは、後に詳しく説明します。

ここではdogと言ってしまうことがどういう意味を伝えてしまうのかを理解してくれるだけで十分です。

名詞だけなら元々「材質」。そこにaや複数形語尾がついて「形」が出てくる

このようにaという冠詞は単純に「1つの」という意味を表すのではなく、机やスマートフォンのように私たちが「材質」ではなく「形」として認識しているものが、1つのまとまった形を揃えた状態で存在していることを表しています。

その形が複写(コピー)されたような形で複数存在しているとき、複数形が使われるのです。

もう一度述べますと、aは「まとまった形が1つ存在している」、複数形は「まとまった、同じ形が複写されたように複数存在している」ことを表しているのです。

これが可算名詞の世界です。

逆に言えば、形ではなく材質として認識されているモノである不可算名詞は、1つのまとまった形があることを意味する冠詞のaはつきませんし、その形が複写されたように複数存在することを意味する複数形もつきません

water、breadのように、裸の名詞なわけです。

ちょっと突っ込んだ言い方をすると、名詞は何もつかずにそのままの状態では、dogが「犬の肉」を表すように、材質に注目する表現になります

そこにaがつくから形に注目することになるのです。

a dogなら1匹の犬の形が浮かぶわけです。

そして、dogsになると、形が複数あることを意味するようになるわけです。

3. 存在の名詞・概念の名詞その1

この項では名詞に「存在」を表す言い方と、「概念」を表す使い方の2種類があることを説明します。

この2つの考え方は英語の名詞を扱う上でものすごく重要なのですが、おそらくこれを体系的に教えている教育現場はほとんどないと言っていいでしょう。

でも、考え方自体は難しいものではありません。

例えば「肉(meat)」を例にとってみましょう。

・お父さんは肉が大好きです。
・お父さんがスーパーで肉を買ってきました。

上記の2つの「肉」、どちらが概念でどちらが存在なのか、おわかりですかね?

「肉が大好きです」と言うときの「肉」は、頭の中で「(野菜や米ではなく)肉とは何か」という知識を呼び出している状態です。

つまり、肉とは何なのか、という「概念」です。

一方で、「肉を買ってきました」というときの「肉」は「買って、持って帰って、そこにある」という感じがしますよね。

こちらの「肉」は「存在」を表しています。

日本語なら「存在」「概念」を区別して表す必要はありません。

しかし、英語や中国語など、この区別を文法的に表すことが義務になっている言語は結構存在します。

aのもう1つの役割

aは大まかに言って2つの役割があります。

前項で述べたように「1つのまとまった形が揃って存在している」という意味の他に、「抽選箱から適当に1つ取り出す」という意味があります。

例えば抽選箱にたくさんのおじいさんが入っているとして、そこから誰でもいいからランダムに1人、取り出したおじいさんがan old manです。

ここで注目するべき側面が2つあります

①ランダムにどれをとっても
②取り出してそこに存在する

①ランダム

例えば抽選箱に「day」というボールがたくさん入っているとします。

どれでもいいから1つそのボール取り出せばそれが「a day」です。

a dayは「話し手がランダムにとある1つの日を話題の中に取り出して、聞き手に見せる」という心理を表しています。

これを応用すると「1日に〇時間」とか、「1日に〇回」という言い方が成立します。

「どのdayを1つ、ランダムに取り出してもそこにan hourと記されている」というのが「an hour a day(1日に1時間)」です。

②取り出してそこに存在する

次に②を説明します。

これがめちゃくちゃ重要です。

誰もいない舞台を想像してください。

抽選箱から誰でもいいからおじいさんを1人取り出して舞台に上げます。

これがan old manなわけですが、ここで重要なのは「何もいなかったところに、何かを1つ、取り出して存在させてやる」という「存在」の意味がaにはあるのです。

物語で初めて登場した人物にはaをつけて、2回目からはtheをつけるという「初出のa」というルールを覚えている人もいるでしょう。

Once upon a time, there was an old man in a village. The old man was a farmer….
(昔、ある村に1人のおじいさんがいました。おじいさんは農夫でした…)

an old manとa villageは、何もない舞台に、とあるおじいさんと、とある村が取り出されてポンと出現するイメージを出します。

このように、aは「形で認識している名詞を、その形丸ごと、たくさん同じ種類のものが入っている抽選箱からランダムに1つ取り出して、存在させてやる」というイメージなのです。

これを応用した表現がfew(ほとんどない)と、a few(2、3ある)、あるいはlittle(ほとんどない)とa little(少しの量、存在する)です。

aがあることで、存在の意味を表しているのです。

・We still have a few days before leaving Japan.(日本を発つまでにまだ数日ある)
・We have few days before leaving Japan.(日本を発つまでにほとんど日がない)

・There remains a little milk in the bottle.(瓶にまだ少しミルクが残っている)
・There remains little milk in the bottle.(瓶にはミルクはほとんど残っていない)

someは「あってもなくてもいい言葉」ではない

someを使いこなせている人は、英語学習者の中でもかなり上級に属すると言えるでしょう。

「読むための英語」においてsomeは「あってもなくてもいい」言葉扱いを受けています。

私たちが中学で初めてsomeという言葉に出会うとき、「someは『いくつかの』という意味だけど、訳しても訳さなくてもいい」と言う習い方をします。

単語を日本語訳に対応させて「学習した」ことにする現在の英語教育では、なぜsomeを使うときと使わないときがあるのか、気にも留めません。

では、どういう気持ちで英語ネイティブが「someを使いたい」と思うのか、これがわからない限りはsomeをきちんと使いこなして英語を話したり書いたりすることは不可能です。

someは「存在して、そこにある」ということを表すための言葉です。

つまり、「概念」ではなく「存在」の意味で名詞を使うときには、someは使わないといけない言葉なのです。

まずは、「some」が「存在を表す」言葉であることの具体例を見てみましょう。

次項に続きます。

4. 存在の名詞・概念の名詞その2

柄杓で取り出す「some」

someが「存在」を意味する具体例を見てみましょう。

中学で「someは肯定文に使い、否定文と疑問文にはanyを使う」と習います。

この考え方は一部訂正する必要があります。

正確には、

someは「存在を肯定する」文に使い、「存在を疑問視する」文や、「存在を否定する」文にはanyを使う

となります。

someは「aの複数形」とも言うことができます。

aと同じように抽選箱から適当な数、もしくは適当な量、ランダムに取り出すということを意味します。

ということは、「取り出して、そこに存在させる」つまり「ほら、あるよ!」という感覚を出す言葉です。

したがってsomeは「存在を肯定する」文に使い、「存在を疑問視する」文や、「存在を否定する」文には使うことができないのです。

以下の文は形式的には否定文ですが、someを使っても間違いではありません。

Some students don’t respect their teachers.

この文が言いたいことは、「学生全体のうち、何人かの生徒、つまり、一部の生徒を取り出してみると、その人たちは先生に敬意を払っていないよ」ということです。

きちんと訳せば「中には教師に敬意を払わない生徒たちもいる」ということです。

つまり、「そういう生徒たちが存在しているよ」ということが言いたい文なので、someを使うことに何の問題もないわけです。

someは「柄杓」のイメージを持つ言葉です。

容器の中に柄杓を突っ込んで、ザクっと適当な量、もしくは数、何かを取り出して見せるという意味を持ちます。

形で認識する、数えられるものを1個、ランダムに取り出すのはaの役割でした。

一方、2個以上の数えられるものを適当な数、そして、材質で認識される数えられないものを適当な量、取り出すのがsomeです。

someは柄杓のイメージですから、ボールのような数えられるものもすくって取り出すことができますし、水のような数えられないものもすくって取り出せます。

だから可算不可算どちらの名詞にも使えます。

ここで話を「存在の名詞と概念の名詞」に戻しましょう。

前項にあった

・お父さんは肉が大好きです。…概念
・お父さんがスーパーで肉を買ってきました。…存在

この「存在」を表すとき、someは英文の中に義務的に使われるのです。

My dad bought some meat at the supermarket.

逆に、「概念」の部分にsomeを使うと何か不自然な感じがします。

My dad loves some meat.

「お父さんは肉が大好きです」と言いたければ、My dad loves meat.の方が自然です。

この文では「野菜や米や魚でなくて、肉だよ」という「肉という知識」が呼び起こされれば十分なのであって、「肉がいくらかの量、あるよ」ということを述べる必要がないからです。

しかし、「スーパーで肉を買って」きて、お父さんのそばに肉がポンとある感じを述べたければ、「取り出して、出てきた」感を出すsomeを使ってMy dad bought some meat.とするのです。

もちろん、someを使わずMy dad bought meat.としても間違いではありませんが、イメージが異なります。

someがつかないただのmeatの場合、「meatとは何ぞや」という、知識の話になります。

つまり、上記の文が表すのは「父が買ってきたのは、(野菜や米や魚ではなくて)肉だよ」ということになり、ここで聞き手は「肉という知識」を頭に呼び起されるのです。

この使い分けができるよう、私は生徒さんに「持ってるとか、あるという存在の話にはsomeをつけるけど、『AやBではなくCだよ』」という『種類の対立』の話になったら何もつけないよ」と話しています。

・喉が渇いて、水が欲しい。水に「あってほしい」と思っている。
⇒I need some water. …水の存在を想起
・紅茶か、コーヒーか、水か、と問われて。
⇒I need water. …種類の対立
・パン屋に行って、パンを少し買ってきた。
⇒I went to the bakery and bought some bread. …パンの存在を想起
・私は朝食には米ではなくパンを食べます。
⇒I eat bread for breakfast, not rice. …種類の対立

総称用法:「~と呼ばれるもの全般」

ここで「種類の対立」を通して「概念・知識を表す名詞」となっているのが、実は名詞で総称用法と呼ばれるものです。

形としては、可算名詞では何もつけずに複数形、不可算名詞では何もつけずに単数形です。

例えば愛犬家が「私は犬が好きです」というとき、I love a dog.と言ってしまうと、どんな犬かはよくわからないけれど、とりあえず何か1匹犬を取り出して見せた感じがします。

「私ね、ある犬が好きなんだ」という感じです。

それを聞いた人は、「へえ、どんな犬?」となるでしょう。

I love some dogs.と言うと、どんな犬かはわからないけれど、全体ではなく一部の犬たちが好きなのであって、犬と呼ばれるもの全部が好きというわけではない、という意味になってしまいます。

I love the dog(s).というと、今さっき話したその犬(たち)のことであって、他の犬ゃないよ、という意味になってしまいます。

aもsomeもtheも何らかの限定の働きをしているんですね。

「犬」という生き物全体を表したいなら何もつけないで、なおかつ世の中の全部の犬なので複数形にした、I love dogs.(私は犬が大好きです)が自然です。

何もつけない複数形(不可算名詞なら単数形)が一番単純で典型的な総称用法で、「犬とは何ぞや?」という「種類・カテゴリーの知識の話」つまり「概念の名詞」を表すときの形です。

例えば、「私は読書が好きです」と言いたいとき、

I like reading books.と言えば、「本」全般を読むのが好きなんだな、ということになりますが、

I like reading some books when I’m on the train.なら、列車の窓際に何冊か本を置いて、ゆったり読書を楽しんでいる感じがします。

本の存在感がリアルに出てきます。

日本語の話し手がライティングをするときに、名詞の運用で一番苦手なのが総称用法をうまく使いこなすことです。

someを使ってリアルに存在を感じさせる英文を作り出すことも苦手です。

英語らしい英語を使うための鍵になる知識と言えるでしょう。

5. anyとは何か

語源辞典によると、古英語(11世紀頃までの英語)では1を表す言葉はanでした。

これは形容詞・名詞・代名詞の役割を雑多にすべて持っていた言葉だったようです。

これが枝分かれし、名詞ではone、冠詞ではanとなっていきました。

さらに子音を語源に持つ単語の前でanのnという語尾が取れるという現象が定着したのは14世紀中頃だと言われています。

anからaが生まれたわけです。

anはまた別の言葉を生み出しました。

それはanyです。

つまり、anyはan・oneの感覚を内に秘めた言葉です。

具体的に言うとそれは、「抽選箱から、何かをランダムにつ取り出す」という感覚です。

He saw an old cat lying on the sofa.(彼は、年老いた猫がソファに寝そべっているのを目にした)
⇒具体的にはどんな猫かよくわからないが、とりあえず年老いた猫が1匹、ポツンとソファの上に現れる感じです。

My camera is broken. I’ll have to buy a new one.(カメラ、壊れちゃったから新しいの買わなきゃな)
⇒これをitにすると、「壊れちゃったカメラそのものを、金を出して買う」ということになってしまいます(もちろんnew itと言い方はないけれど)。oneにすることで、「同じ種類のものなら何でもいいから1つ」買うという意味が出てきます。つまりカメラがたくさん入った抽選箱から、ランダムに1つ取り出す感じです。

anyはこの「抽選箱からランダムに1つ取り出す」という感覚を色濃く持っています。

そのことを頭に入れていただいたうえで、anyの具体的な働きの説明をご覧ください。

anyには大きく分けて2つの働きがあります。

1つは「数・量のランダム性」と、「種類のランダム性」です。

前者は中学でsomeと共に習い、後者は高校で習います。

①数・量のランダム性

「数・量のランダム性」とは数で言うなら「1つでも2つでも、別にいくつでもいいんだけど」、量で言うなら、例えば「1リットルでも2リットルでも、別にどれくらいの量でもいいんだけど」ということです。

これは中学でsomeと共に習い、いわゆる「疑問文と否定文で使われる『any+複数形名詞(不可算名詞なら単数形)』」のパターンです。

このパターンはhaveやthere is/areなど、「存在を表す文」で使われます。

Do you have any pens?(ペン持っている?)
⇒数のランダム性を表します。別に1本だろうが2本だろうが、何本でもいいんだけど、という感じです。本数を特定して「ペン1本持ってる?」ならDo you have a pen?でもよいです。しかし、人間は「曖昧さ」が大好きなので、anyを使いたくなる心理がよく働きます。

上記の文では、「別に1本(単数)でも2本(複数)でも何本でもよい」ので、anyの後ろのpensが複数形になっています。

Is there any water in the bottle?(ボトルの中に水は残ってる?)
⇒量のランダム性を表します。どれくらいの量でも構わないが、水はボトルの中にあるか、ということを尋ねています。

②種類のランダム性

高校で習う、肯定文に使うanyです。

このanyは、「同じ種類のものならどれでもいいよ」ということを表しています。

ただし、「同じものならどれでもいいけど、全部じゃないよ、1つだよ」という感覚が潜んでいます。

やはり語源がanであるところが関係しています。

ですので、「any+単数形名詞」という形をとります。

Any seat will do.(どこの席でも構わないですよ)
⇒Any単数名詞 will do.で「どんな(名詞)でも構わない」。doは自動詞で使うと「機能する」という意味になるので、「それでいい、構わない」という意味が出ます。

She sings better than any student in this school.(彼女はこの学校の中で、どの生徒よりも歌が上手い)
⇒「どの生徒よりも」と日本語で言われると、つい頭の中に「複数の生徒」が浮かびますが、ここではanyによって「どの1人の(生徒と比べても)」という意味が生まれているので、studentは単数形になります。

「数・量のランダム性」のanyの疑問文と否定文での使われ方

「数・量のランダム性」のanyは、存在の肯定を意味するsomeを補完するように、存在を疑問視する疑問文と、存在を否定する否定文で使われます。

「存在を疑問視する疑問文」というのは、「あるのか?ないのか?」というふうに、「答えが決まっていない」ということを意味する文だと言えます。

決まっていないということは「別に何個でもいいんだけど」「どれくらいの量でもいいんだけど」という「ランダム性」と相性がいいわけです。

Do you have any money with you today?(今日は(少しでも)お金を持ってきてる?)
⇒10円でも100円でも、いくらでもいいから持っているか?ということです。

また、存在を否定する文に使われるanyは「ゼロ」ということを意味します

これは「1個だろうが、2個だろうが、何個であろうが、not」ということなので、「ゼロ」ということを意味することになるからです。

He doesn’t have any books with him today.(彼は今日、一冊も本を持ってきていない)
⇒1冊だろうが2冊だろうが、何冊だろうが、「持ってきていない」。

「ランダム」を意味するanyは、canと相性が良い

例えば、You can take any bus to get there.(どのバスに乗ってもそこに着きますよ)というのはごく自然な言い回しです。

canは「やろうと思えばできる」という「可能性」の話をする言葉です。

「可能性」とは「まだ決まっていないこと」ですから、ランダムを意味するanyとcanを一緒に使うのは自然なわけです。

一方で、実際に行った具体的な一回の行為を指して、I took any bus to get there yesterday morning.(昨日の朝、そこに行くためにどのバスにでも乗った)というのは不自然です。

ランダムというのは「決まっていない」ということです。

具体的に一回、実際に行ったことというのは「決定した」ということを意味するのでanyは使えないわけです。

何でもいいからとりあえず来たバスに乗ったなら、I took a bus to get there yesterday morning.となるでしょう。

aのもつ、「何でもいいから1つ(実際に)取り出す」感覚がここで出てくるわけです。

6. theの世界を理解する

旧情報のthe

theは、thatと共通の語源を持ち、元々は何かを「それ」と指す意味を持つ言葉でした。

そこからtheは「今言ったその」という、旧情報を意味する冠詞になりました。

There is a bar near my house, The bartender is a nice looking man and…
(自宅の近くにバーがある。そこのバーテンダーはいい男で…)
⇒一見、初登場であるはずのbartenderにtheがついているのは「今言ったbarに勤めている」という意味を持っているからです。ちなみにa barやa nice looking manのaは「何もなかった聞き手の頭の中の舞台に、ポンと一軒のbarや1人のnice looking manを出してやる」効果を持つ。

この「旧情報」(すでに知っている情報)という感覚が、the のいろいろな使い方を可能にしています。

例えばthe moon(月)、the sun(太陽)などのtheは「ああ、言わずとも知れた、いわゆるあの月、いわゆるあの太陽だよね」という感覚でしょう。

もし、theがつかずにa moonとすると、火星の月や木星の月など、他の惑星のとある1つの衛星を意味しますし、a sunとすると、宇宙にあるいろいろな恒星のうちの1つという意味になります。

毎度おなじみのthe

あとは、「いつも利用するその」という感覚でもtheはよく出てきます。

aの「どれでもいいから1つ」「何でもいいから1つ」という感覚とは対照的ですね。

例えば日本語で何気なく「今ちょうど、駅に行ってきたんだよ」と言うときでも、英語では

I’ve just been to the station.

というふうにstationにtheをつけます。

これは話し手と聞き手にとって、「駅と言えば、あそこの駅だよね」という了解があるからです。

もしI’ve just been to a station.と言えば、聞き手の頭の中に「何かよくわからないけど駅が1つ頭の中にポンと出てくる」ことになるので、聞き手は「へぇ、どこの駅?」と問いかけてくるかもしれません。

しかし一方で、こうした二人の了解がなくても慣用的にtheをつけることもよくあるようです。

I caught a bad cold and went to the doctor.(ひどい風邪をひいて、医者に行ったんだ)

上の文などは、話し手の心の中で「いつも行く医者は決まっている」という感覚を反映していることもあります。

しかし、単に慣用的にdoctorの前にはtheをつけることが多いようです。

他にもchurch、beach、mountains、supermarketなど、特に話し手と聞き手の間の了解なく、機械的にtheが付くことが普通である、という言葉があります。

あるイギリス人のブログによると、昔、人が暮らすコミュニティがもっと小さかったころ、村の中で教会といえばあそこしかない、海岸といえばあそこしかない、という考えがあり、それが慣用的な使用の起源になったのではないか、と述べています。

グループのthe

英語学習者がマスターしておくべきtheに「グループのthe」というのがあります。

これは、ひとまとまりのグループや1つのまとまったシステム・体系にtheをつける、というものです。

theというのは「他のではなく、それだよ」と指定する働きが基本です。

それを別の角度から見てみると、指定されたものを1つのグループとしてまとめる、という働きがあることがわかります。

ここからtheは「グループを一括りにする」という働きが出てきました。

典型的なのは「the+複数形名詞」です。

・the Beatles:4人のメンバーがそろって、ビートルズという1つのまとまったグループになる。昔のバンド名は「the+複数形」のパターンが多いです。
・the Simpsons:「シンプソン一家」。複数のメンバーが集まって、1つの家族というグループを作ります。
・the Alps、the Philippines:「アルプス山脈」「フィリピン(諸島)」。複数の山や島が集まって、1つのグループを作ります。
・the United States of America、the United Nations、the United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandなど:「アメリカ合衆国」「国際連合」「イギリス連合王国」など。複数の州や国家、王国が集まり、1つのグループを作ります。

複数名詞でなくても、1つのグループを意味するとき、theがつきます。

the music industry(音楽産業)などがそうです。

また、1つのまとまったシステムにもtheはつきます。

例えば「経済」というのは一見、個人がバラバラにお金を使ったり稼いだりしていても、全体的に見ればそれらが有機的につながり、1つのシステムを作っています。

ですから、漠然と「経済」と言うとき、英語では普通、the economyというふうにtheをつけます。

「環境」や「太陽系」などもそうで、みんな個別の要素がバラバラに集まるのではなく、有機的なつながりを持って集まり、1つのシステムを作っています。

それぞれthe environment、the solar systemというふうにtheがつきます。

「同一の属性を持った人の集まり」を「the+形容詞」で表すこともよくあります。

例えばthe rich(富裕層)、the poor(貧困層)、the young(若年層)などがそうです。

policeもそうで、「警察が現場に踏み込んだ」「犯人を確保したと警察は発表した」などという「組織としての警察」を表すときにthe policeと言いますが、これもグループのtheと考えることができます。

なぜインターネットは“the Internet”なのか?

インターネットは英語ではthe Internetと呼びます。

これも最初からこういうふうに表現として固定していたわけではなく、語頭のiが小文字であったり、theがついていなかったり、その表現が固定し、世間に広く受け入れられる以前にはいろいろな表記方法が混在していました。

現在、the Internetという表現で定まっているのですが、theがついているのは、それ自体が全体的にまとまった1つのシステムだからです。

個別のユーザー、様々なプロバイダが有機的につながり、全体で1つのシステムを作っています

そして、語頭が大文字のIになっているのは、インターネットというシステムがこの世に1つしかないからです。

固有名詞感覚なわけです。

7. others、another、the other

どれも文脈によっては「他の」「別の」と訳せてしまうothers、another、the other。

ライティングの添削をしていても、多くの英語学習者が使い分けを苦手としていることがわかります。

other:「2回目のsome」

othersは「2回目のsome」と理解するのが一番的確だと言えます。

Some students go to school by bus, while others go by train.(バスで学校に行く生徒もいれば、電車で行く生徒もいる)

たくさん学生が入った抽選箱を思い浮かべてください。

箱に手を突っ込んで、適当に何人か学生を取り出してみます。

これがsome studentsです。

さて、それではその学生たちは箱の外に捨ててください。

次にもう一度同じ箱に手を突っ込んで、また何人か適当に学生を取り出してみましょう。

これが「2回目のsome」、つまりother students(もしくはstudentsを省略して、others)です。

こういう感覚が上記の例文の中に隠れているのです。

「2回目のsome」なわけですから、可算名詞と一緒に使うときには必ず複数形で使います

some studentsとなるのと同様、other studentsです。

other studentという言い方はありえません。

また、othersはsomeと同様、「適当さ」を重要視する言葉です。

「適当にいくつか取り出す」感じです。

したがって、自分が話題にしている以外の人間を適当に何人か取り出して、漠然と「他人」「他の人たち」と言いたいときにもothers(other peopleでもよい)を使います。

We don’t care about what other people think.(私たちは他人がどう思っていようと気にしていない)

another:「おかわり」

anotherはan+otherです。

anは「抽選箱に入ったたくさんの同じ種類のものの中から、ランダムに1つ取り出す」ということでしたね。

これに「別」を意味するotherを加えて、「おかわり」という意味を出すのがanotherです。

例えば、抽選箱の中に、紅茶の入ったカップがたくさんあると想像してください。

そこからランダムに、紅茶のカップを1つ取り出すと、それがa cup of teaです。

さて、あなたはその紅茶を飲み干しました。

そこで、また抽選箱に手を入れて、さっきのa cup of teaとは「別(other)」に、また一杯(a/an)紅茶を取り出すわけです。

これがanother cup of teaです。

このようにanotherは「おかわり」のイメージがあります。

anotherでよく聞く説明は「anotherはan+otherだから、後ろにつく名詞は単数形だよ」というものです。

しかし、これは必ずしもそうというわけではありません。

・We waited for another two hours.(私たちはさらに2時間待った)
・Another 4 lives were claimed.(さらに4人の犠牲者が出た)

このようにanother+複数形はよく見られます。

これは「ルールの例外」なのでしょうか?そうではありません。

anotherが「おかわりをもう一回」という意味を持つことは揺るぎません。

ただ、その一回のおかわりの「お茶碗」の中に、何がどれくらい入っているか、という説明で複数形が使われているだけです。

1つ目の例文では「もうひと待ちした」という「おかわりを一回」という感覚は同じです。

ただ、そのひと待ちの「お茶碗」の中に入っている時間の量が2時間ということです。

2つ目の例文では「もう一回犠牲者が出た」という「おかわりを一回」の感覚は同じなのですが、その惨事の「お茶碗」の中に入っている犠牲者の数が4人ということです。

ここでanotherの慣用表現を見てみましょう。

To know is one thing, (and) to teach is another.(知っていると教えるのとでは話が違う)

A is one thing, (and) B is another.で、「AとBは似ているけど異なる」という意味で、「Aができるからといって、Bができるとは思うな」というニュアンスの表現です。

この「違う」という感覚が、anotherの「おかわり」の感覚がどこから出てくるのかというと、「おかわり」という言葉が持つ、「同じ種類だが、同一物ではない」というところからだと考えることができます。

一杯目のお茶と、おかわりしたお茶は、同じ種類のお茶ではあるけれど、同一物ではありません。

another 4 lives were claimed.の例文に至っては、最初の犠牲者たちと、次の4人の犠牲者は当然ながら別人なわけです。

こういうところから、「似ているように見えるが、別物だ」という表現が生まれたのではないかと考えられます。

the other:「2つのうちの残りの一方」、the others:「ふたグループのうちの残り全部」

othersと書くべきところをthe othersと書いてしまう人をよく見かけます。

伝わる意味は随分と違います。

theが何をしているのかを見ていきましょう。

There are two balls. One is white and the other is black.(2つボールがあります。1つ目は白で、もう1つは黒です)

日本語訳の「もう1つは」につられて「おかわりのイメージ」を浮かべてしまう人もいるかもしれませんが、ここのイメージは少し違うものです。

まず、There are two balls.で頭の中にボールが2つ浮かびます。

そのあと、One is white.というので、2つのうちの1つが白だとわかります。

ここで白いボールの役目は終了、頭の中から退場することになります。

2つあるボールのうちの1つが消えたわけですから、残りは1つしかありません。

つまり「そのボールしかない。他にはない」という感覚が生まれ、これがtheをつけさせる原因になるのです。

the otherには大事な前提があって、それは「2つあるうちの」です。

2つあるうちの1つが消えれば、残りは「それしかない」となり、「今述べたやつとは別(other)の、それしかない(the)残りの1つ」がthe otherということになるのです。

I have three brothers. One of them lives in Okinawa, and the others live in Yamaguchi.(私には3人兄弟がいる。1人は沖縄に住み、残りの二人は山口に住んでいる)

3つ以上を扱っている場合でも、それを2つのグループに分けているならthe othersの出番です。

残った一方のグループの中に存在するものが複数個あるなら、the othersとなるのです。

エッセイライティングで不注意にthe othersを使う人には、私は「これは単に『他人』という意味で使っていますか?それとも『残りの全員』という意味で使っていますか?」と尋ねます。

漠然と「他人」と言うならothers、「残り全員」ならthe othersになるわけです。

8. 部分否定と全部否定

部分否定:「すべてが~というわけではない」

「すべてが~というわけではない」とか「必ずしも~というわけではない」という否定の仕方を部分否定と呼びます。

どういうイメージを持つ言い方になるのかを見ていきましょう。

・This is not necessarily evil.(これは必ずしも邪悪だというわけではない)
・Life is not always easy.(人生はいつも楽とは限らない)
・Not all the people were against the plan.(そこにいた人全員がその計画に反対だったわけではない)

下線部に注目していただくとわかるとおり、「not+100%を意味する言葉」という形になることがわかります。

そして、意味の上では「全部とは言えず、例外が存在する」ということになります。

部分否定とは「例外もあるよ」ということを意味する表現なのです。

部分否定でのnotのイメージは「小さな穴をあける針」のイメージです。

notが袋に小さな穴をあけ、漏れを起こすという感じです。

次にnotの位置に注目しましょう。

語順上の重要なルールに、

否定語は、否定語より後の言葉を否定する

というのがあります。

例えばI don’t like dogs.「私は犬が嫌いだ」という表現なら、notが否定しているのはlike dogs(犬が好き)という部分であって、Iを否定しない、つまり「これは私の話じゃないよ」と言っているわけではないということです。

notの位置が副詞の前なのか後なのかで、意味が随分と変わります。

really not:「本当に、違う」
notであることは真実だ
not really:「それほどでもない」
本当に真実そうかと言われれば、それは違う

というわけで、「明確にこれは部分否定だ」ということを表してあげるなら、not always、not necessarilyなど、notは「100%を意味する言葉」の前に置いて、「100%を意味する言葉」を否定してあげたほうがよいです。

実際には、この語順は厳格に守られないこともあります。

All that glitters is not gold.(輝くものすべてが金というわけではない)
⇒notがallより後ろにきている。

しかし、私たちは「わかりやすい、伝わりやすい」明確な表現を心掛けるべきですから、「not+100%」という語順を心掛けた方がよいでしょう。

bothという言葉

部分否定を学習するときに、多くの学習者が素直に飲み込めないのが、bothの否定です。

not bothで、基本的には「両方とも~というわけではない」となるのですが、どうもこれがしっくりこない、というわけです。

”Did you buy both of them?” “No, not both.”
(「それ両方とも買ったの?」「いや、両方とも、というわけじゃないよ」)

学習者の中には「両方とも買っていない」と読んでしまう人もいます(実は英語ネイティブの中でもそういう解釈をしてしまう人もいて、ややこしいところです)。

しかし、基本的にはnot bothは部分否定だと認識しておくべきでしょう。

bothは「allの『2つ』版」を意味する言葉なのです。

つまり、「(2つしかないうちの)2つとも『全部』」という意味なのです。

not allが「全部が~というわけではない」、つまり「片方は~している」という意味になるのです。

では「2つとも~ではない」という全否定はどう言えばいいのかというと、not eitherを使います。

eitherは「どちらか」と訳されますが、もう少し詳しくイメージを述べると「2つあるうちの、どちらか片方に目を向ける」という意味の言葉です。

以下の3つの例文はどれも微妙に意味が異なるように見えますが、どれも共通のイメージから出てくる意味です。

①Take either one.((2つのうちの)どちらか取りなさい)
②Either one is OK.(2つのうちのどちらでも大丈夫ですよ)
③Either side of the street was full of people.(道のどちら側も人で溢れていた)

片方ずつに目を向けるeitherのイメージがわかれば、「どちらの側も」という、結果的にbothと同じになる意味も出せることがわかります。

さて、このeitherにnotをつけると「どちらの側に目を向けてもnot」という意味になり、「両方ともnot」という全否定の意味を出すことができます。

I don’t like either of them.(どちらも好きではありません)

「~もまたそうだ」と言うとき、肯定文には文末にtooをつけるのに、否定文の場合は文末にeitherをつけます

これも「どちらの一方を見てもnot」というnot eitherの感覚がなせる技です。

I don’t like broccoli and my brother doesn’t, either.(私はブロッコリーが好きではなく、私の兄もそうだ)
⇒「私」の方を見てもnot likeだし、「私の兄」の方に目を向けてもまた、notだ。

全否定:not at all

「全く~ない」という全否定を表す言葉にnot at allがあります。

notとallが組み合わされば、部分否定になるはずなのに、この表現は全否定を表します。

一体どういう仕組みなのでしょうか?

実は、atという言葉に鍵があります。

atは「動いている最中の一点を指す」というのが根っこの意味です。

動いていく中で、「今ここ」という感覚ですね。

そこから「目盛上を動く一点を指す」という意味でよく使われます。

具体的には角度、温度、速度、距離の点などですね。

Water freezes at zero degrees.(水は0度で凍る)

not at allのatは「このnotが表す『否定』が、どれくらいのレベルの否定なのか」を表します。

つまり、notの否定レベルを表す「0~100」のスケールがあって、not at allは「notの否定度がall(100%)のレベル」にあるという意味だと考えるとよいでしょう。

ですから「まったくnotですよ」という意味が出ると考えられます。

I’m not disappointed at all.(私はちっともがっかりなんかしていないよ)

9. 存在文1:there is構文の意味上の主語

there is構文を語順から考える

「~がある」という存在を意味するthere is/are構文は、変わった語順であるということと、意味上の主語にaやsomeがついた不定を表す名詞(つまりどれでもいいから1つとか、どれでもいいからいくらかということ)を持ってくることを特徴とする構文です。

実はこの構文は、新情報の存在を表す文です。

とは言っても、これだけでは何を言っているのかわからないので、新情報と旧情報の「語順」について少し考えてみましょう。

例えば、

昔、森の近くに、古いお屋敷がありました。

という文の後に、以下のどちらの文がくるのが、より自然だと感じられますか?

①そのお屋敷には、年老いた紳士が召使と一緒に住んでいました。
②年老いた紳士が、召使と一緒にそのお屋敷に住んでいました。

個人差や好みがあり、正解があるわけでもありませんが、①を選ぶ人が多数派であると思われます。

ポイントは「お屋敷」の位置です。

前文で、「古いお屋敷」はすでに紹介されて、知っている情報、つまり「旧情報」になっています。

一方で「年老いた紳士と召使」は①②それぞれで初めて出てくる情報、つまり「新情報」です。

脳の情報処理能力を考えてみると、旧情報はすでに知っている情報なので、処理が楽ですが、新情報は、初めて知る情報なので、処理に労力がかかります。

おそらく「すべての人類の言語で」といっても差し支えないと思うのですが、程度の差こそあれ、文の中で旧情報は先に話され、新情報は後に話される傾向があります。

「楽に処理できる情報が先」なのです。

ですから、①の「そのお屋敷には、…」の方が自然に感じられます。

日本語はいわゆる「てにをは」があるおかげで、それほど語順にこだわらなくても意味が通じるようになっている言語ですが、英語や中国語など、語順自体が意味の違いを生む言語ではこの辺りが厳格です。

英語の語順の基本ルールは、「軽い情報が先、重い情報は後」ですが、この中には、旧情報は先(情報処理が楽=軽い)、新情報は後(情報処理が楽ではない=重い)というルールも含まれます。

there is/are構文で、「意味上の主語」が後にくる理由

以下の2つの会話文を比べてみましょう。

特に返答の文に注目してください。

①「玄関先に何がいたの?」「玄関先に猫がいたよ(There was a cat on the front porch.)」
②「白黒の大きな猫、見かけなかった?」「その猫なら、玄関先にいたよ(The cat was on the front porch.)」

①は「玄関先に何がいるのか、わからない」文脈です。

「猫」は、返事の文で初めて明かされる、新情報です。

英文ではa catとなっていますが、これは「何もなかった頭の中の舞台に、新しく猫を1匹ポンと取り出してやる」というイメージを持ちます。

aのおかげで、初めて出てくるという感じがしますね。

一方、②では、「今あなたが言ったその猫なら」という言い方で、英文にthe catと示されていることでもわかるとおり、「猫」は旧情報です。

1つの文ではthere is/are構文が使われています。

この構文は「新情報の人や物が存在する」ことを表します。

意味上の主語であるa catはwasというbe動詞の後に回されています。

there is/are構文で、なぜこのような語順が発生するのかといえば、「a catは新情報だから、後で話そう」という気持ちがあるからです。

文頭thereは「『何かが、とある場所にいる』という話を今からするよ」という、サインを示すくらいの意味でしかないため、副詞の「そこに」という場所を意味するthereと比べて、ものすごく軽く短く発音されます

thereに続くbe動詞は「~という状態で存在する」が根っこの意味ですから、ここでは「存在する」という意味を出しています。

ちなみに、多くの英語学習者が勘違いしているのですが、thereに「いる」という意味があるのではありません。

be動詞がその意味を出しています。

②の文では、the catは「ああ、その猫ね」という感じの、すでに知っている旧情報です。ですから、情報処理が楽で、文頭に出して話しても問題ないわけです。

日本語でも、「玄関先に、その猫ならいたよ」よりは、「その猫なら、玄関先にいたよ」の方が自然で、楽な言い方だと言えます。

「~なら、…にいる」というのは旧情報の存在を紹介する構文だからですね。

aやsomeがついていない名詞でも、there is/are構文で使える

there is/areの構文は、新情報の物や人の存在を説明する構文だということがわかってきました。

この構文の意味上の主語にaやsomeがつくことが多いのは、「何もなかった頭の中の舞台に、新しく『1つ/いくつか』ポンと取り出しておいてやる。存在させてやる」という、「初登場の機能」とでも言うべき機能をaとsomeが持っているからです。

また、there is/are構文では、isの代わりに「存在」を意味する動詞もいろいろ使えます

There lived an old gentleman in the mansion.(そのお屋敷には年老いた紳士が住んでいた)
There remains some beer in the glass.(グラスにはまだいくらかビールが残っている)

there is/are構文の意味上の主語に関しては、一部で誤解を招く教え方が見られます。

それは「aやsomeなど不定、つまり『どれでもいいから1つ/いくらか』を表す冠詞がついた名詞しか意味上の主語にくることができない」というものです。

there is/are構文の意味上の主語にaやsomeがくるのは、aやsomeが「何もいなかった頭の中の舞台に新しく取り出し出現させてやる」という、新情報を導く性質を持っているからであって、実際には新情報でありさえすれば、代名詞、固有名詞、theのついた名詞も来ることができます

“We are done for today, aren’t we?” “No, there is still the issue of pricing.”
「今日はこれで終わりだよね?」「いや、まだ価格設定の問題が残っている」
⇒「ああ、あの問題なら」という旧情報とは違い、「そういえばあの問題がまだあったんだ…」と新しく情報が出現します。

“We can’t make it.” “No, there is still Tom. I’m sure he can.”
(「もう無理だよ」「いや、まだトムがいる。彼ならきっとできるよ」)
⇒これも「そういえば…」と新しく情報が出現します。

10. 存在文2:have言語の英語と、be言語の日本語

前項でお話ししたthere is/are構文ですが、日本語話者と英語で会話をしたり、彼らのライティングを添削すると、よく見られるのがthere is/are構文の「使いすぎ」です。

「~がある」という日本語の文が頭に浮かべば、何でもthere is/are構文を使おうとしてしまうのです。

でも実際には日本語の「ある」と英語の「ある」は、少し違うところがあるのです

言語学者たちはよく「英語はhave言語であり、日本語はbe言語である」と指摘します。

be動詞の根っこの意味は「~という状態で存在している」であり、There is a cup of tea on the table.(テーブルに一杯のお茶がある)とか、He is in Tokyo.(彼は東京にいる)のようにbe動詞で「いる・ある」を表すことができます。

日本語は存在を「いる・ある」という動詞で表現します。

ところが英語は存在をhave、つまり「持っている」で表そうとすることが多いのです。

I’m sorry. I have a party tomorrow.(ごめんね。明日は私、パーティーがあるの)
She has a younger brother and a younger sister.(彼女には弟が1人と、妹が1人いる)

there is/are構文は新情報の存在物を表す構文でした。

上記のhaveの例文もやはり新情報を表しています。

“Why don’t we go to karaoke tomorrow?” “I’m sorry. I have a party tomorrow.”
(「明日カラオケ行かない?」「ごめんね。明日は私、パーティーがあるの」)
“Does Kate have any siblings?” “She has a younger brother and a younger sister.”
(「ケイトって、兄弟(姉妹)いるの?」「彼女には弟1人と、妹1人いるよ」)

上記の文で、パーティーがあることも、弟と妹がいることも、返答で初めて知らされる事実ですから、新情報です。

しかし、ケイトに弟や妹がいることを、There are a younger brother and a younger sister.というのは明らかに不自然です。

一方で明日パーティーがあることを、There is a party tomorrow.というのは自然です。

いったい何がこういう感覚を引き起こしているのでしょうか?

S have~が表すのは「Sのテリトリーの中でのこと」

S have Oという構文は「SがOを持っている、抱えている」という意味を表します。

元々は「Sが物理的にOを手に持っている」という意味だったのが、拡張されて、物理的に手で持っていなくても、「SがOの所有権を持っている」となり、さらには「SがOという出来事や状況を抱えている」という意味にまで広がりました。

haveが表す「いる・ある」は、主語であるSの抱える出来事や状況をということを表します。

Kate has a younger brother and a younger sister.は、「ケイトに弟と妹がいる」ということを表すのであり、他の誰の抱える状況でもありません。

一方で、there is/are構文に目を向けてみると、これは特定の誰かが抱える状況ということを表す文ではないことがわかります。

・There were some toys in the box.(箱の中にはおもちゃが入っていた)
・There is a nice park near my school.(うちの学校の近くに、素敵な公園がある)

誰にとっても同じ状況が存在していることを表していることがわかります。

ここで先ほど出てきたI have a party tomorrow.という文と、There is a party tomorrow.という文を比べてみましょう。

I have a party.は「私」が抱える状況として、明日のパーティーを表しています。

日本語に訳すと「私、明日パーティーがあるんだ」となり、「私」の予定であって、他の人の予定じゃないよということを表しています。

There is a party tomorrow.だと、どんな響きになるでしょうか。

パーティーが明日開かれるのは客観的な事実であり、現実だ、という響きになります。

たとえここにいる誰にも関係ない話でも、パーティーがただ存在することは事実なわけです。

この話はhaveでもthere isでも、どちらでも表すことができるのですが、「誰かの抱える状況の話」と、「客観的にただ存在する」という違いがあることがわかります。

今度は、Kate has a younger brother and a younger sister.という文を見てみましょう。

これはKateの抱える状況の話であって、他の人の状況ではありません。

そして、これはthere is構文では表せません。

兄弟とか姉妹、父親とか母親という言葉は、「誰かの兄弟・姉妹・父母」を表す言葉であり、「客観的に誰にとっても兄弟」という存在ではないからです。

したがってthere areで上記の文を表すことはできません。

〇There is a boy in the room.(その部屋には、とある男の子が1人いる)
×There is a brother in the room.(その部屋には、とある弟が1人いる)

このように「誰かの抱える状況や出来事の話」はhaveが担当し、もし同じ内容をthere is/areで表せば、「客観的に存在する」話として捉えることになります。

以下の2つの文ではその差はかなり見えにくくなりますが、それでもニュアンスの違いは生きています。

There are four windows in this room.(この部屋には窓が4つある)
⇒客観的事実としての窓の存在
This room has four windows.(この部屋には窓が4つある)
⇒この部屋が抱えている状況

例えば、「この辺りには熊が結構いるんだ」という文をThere are a lot of bears around here.という言い方と、We have a lot of bears around here.という言い方で表すとそのニュアンスはどう違ってくるでしょうか。

there areを使う文では、ただ単純に熊が存在していることを表しますが、we haveを使うと、「ここは私たちの地元であり、そこに熊がたくさんいる」ということを表します。

「実際、私たちは熊を見かけるんだ」とか、「危ないから私たちは気を付けているんだ」といった、「ここに住んでいる自分たちと熊の関係性」までwe haveは語っているわけです。

仮定法について理解しよう

仮定法について理解しよう

1. 仮定法とは何か

「仮定法はifのことだ」と勘違いしている英語学習者が結構いらっしゃるので、ここで仮定法の「法」とは何かを説明しておきます。

日本語で「法」というと法律やルールをイメージしがちですが、文法の世界で「法」はmood(「気分」のmoodです)という英語名であり、「あることを事実として述べるのか、命令として述べるのか、仮定として述べるのか」を表すときの動詞の活用の形のことです

つまり、「あることを『実際にあったこと、いつも実際にあることだよ』として述べるのか、『今実際には起きていないけれども、これから実現させてね』と述べるのか、『実際そうではないけれど、仮にそうだとしたら』という前提で述べるのか」ということを、それぞれ違う動詞の活用の形を使って区別して表すのです。

①「実際にいつもあること、過去実際にあったことを述べる動詞の活用の仕方」を直説法と呼びます(いわゆる普通の現在形とか過去形)。
I woke up at seven.(私は7時に目が覚めた)

②「今実際に起きていないことをこれからやってくれと命令するときの動詞の活用の仕方」を命令法と呼びます(命令文の際の原形で使われる動詞)。
Wake up!(起きて!)

③「実際には起きていないけれど、仮にもしそうだとしたら、ということを表すために使う動詞の活用の仕方」を仮定法と呼びます。
If I had woken up at seven,…(もし私が7時に目を覚ましていたら…(実際にはそうでなかったけれど))

したがって、仮定法というのはifがついているとかいないとかではなく、「あくまでこれは仮の話だよ、想像上の話だよ」ということを表すための「動詞の活用の形」なのです。

仮定法の3つの時間

そして、直説法に「実際にいつもそうだ」ということを表す現在形と、「あのとき実際にそうだった」を表す過去形があるように、仮定法にも時間に応じた違う形があります。

仮定法に通底するコンセプトは「実際そうではないけれど」です。

仮定法現在:動詞の原形を使う

①「今実際にそうではないけれど、これからこうしてね」
I suggest that the plan be postponed.(その計画の延期を提案します)
⇒suggest(してみてはどうか)、demand(~するよう強く要求する)、recommend(~するよう推奨する)など、「やれよ、やろうよ」的な意味を持つ動詞の後ろにくるthat節、つまり「やれよ、やろうよ」の中身を表す節の動詞に使われます。命令文が動詞原形を使うのに感覚が似ています。

②「今実際にはそうではないけれど、これから仮にこうなったら」
If it rain tomorrow,…(もし明日雨なら…)
⇒現在では使われなくなり、代わりに「if+直説法の現在形」(つまり普通の現在形)が使われるようになりました。
If it rains tomorrow,…
⇒これが現代英語の標準的な形。

つまり、学校で習う「時・条件を表す副詞節では未来のことでも現在形を使う」というのは、もともとは仮定法現在(動詞の原形)を使っていました。

今では仮定法が廃れて、普通の(直説法の)現在形を使うようになっています。

そして現代英文法では、この形は仮定法の文とは異なるものとして区別されています。

なぜなら、「もし明日雨なら」と言っているとき、「本当に雨になるかもしれない。その場合は…」というふうに、少なくとも50%は「実現する」と考えて話しているからです。

ここが「実際にはそうじゃないけど」を前提に話す仮定法とは違うところです。

If it rains tomorrow, the game will be canceled.(もし明日雨なら、試合は中止になるだろう)

仮定法過去:動詞の過去形を使う

「今実際そうではないけれど、今、仮にこういう状態なら…」

If I were (was) you, I wouldn’t make the decision.(もし私が君なら、その決断はしないだろう)
⇒主語がI にも関わらず、動詞がwereになっているのは、もともと仮定法において、be動詞の過去形の形がすべてwereだからです。ここが直説法の過去形の活用と違うところです。

しかし、今では仮定法が廃れて、ただの(つまり直説法の)過去形が使われることが多く、特に話し言葉では主語が単数ならwereではなくwasが使われることが多くなっています。

帰結節(ifがついていない方のS+V~)の助動詞にも注目しましょう。

こちらも「実際にそうはならないだろう(will not)」という話をしているのではなく、「あくまでその仮のお話の中で想像すると、そうはならないだろう」という意味で過去のwouldn’tを使っています。

仮定法過去完了:過去完了の形を使う

「あのとき実際にはそうではなかったけど、仮にあのときこういう状態だったなら」

If you had stayed there, you could have seen her.(もし、(あのとき)そこから離れなければ、君は彼女に会えていたのにね)
⇒過去完了を使うことによって、「あのとき実際にはそこに居なかったけど、仮に…」という話をしています。帰結節では「助動詞の過去形+have+過去分詞」を使います。

帰結節とif節

仮定法であるなしに関わらず、ifの文を作るときは、帰結節(ifを使わない方のS+V~)には助動詞を使うのが基本です。

助動詞には、「心の中で思っているだけのことであり、実際に起きている話じゃないよ」ということを表す働きがあります。

例えば、以下のような感じです。

will:するつもりだと心に思っている(意志)、~だろうなと思っている(予想)
can:やろうと思えばできると思っている(能力)、あり得るなと思っている(可能)
may:~してよろしいと思っている(許可)、~かもしれないと思っている(推量)
must:~しなければならないと思っている(義務)、~に違いないと思っている(断定)

if節は、条件節とも呼ばれ、If it were raining now,…(仮にもし今雨が降っていたら、…)というように、ある条件を心の中で設定する作業をします。

ということは、その後には「こうするだろう」という「心の中で思っていること」がくるのがごく自然で、このために、帰結節では助動詞を使うのが一般的になります。

If it were raining now, I would try the new video game.(仮にもし今雨が降っていたら、新しいテレビゲームをやってみるだろうけど)

以上、仮定法の全体像をざっと見渡してみました。

ifとともに使うことが多いのは事実なのですが、仮定法の核心が「動詞の活用の一種である」ということに着目することが重要です。

2. 仮定法過去

仮定法過去は、「今、実際そうではないけれど、彼にそうだったら」ということを表す文法形式です。

「今のことだけど、動詞は過去形を使うんだよ」ということを教わって、最初は混乱したかもしれません。

まずは、「過去形というのは過去を表すのだ」という呪縛を断つことが大切です。

過去形が表す概念

過去形はもちろん「過去」を表すためにあります。

しかし、物理的・時間的な過去だけを表すものでもありません

これを考えるにあたって、人間が時間をどう見ているのか、を考えることが重要になってきます。

以前にお話ししたように、人間は実際には見ることも触ることもできない時間というものを実際に見ることも触ることもできる「場所」の概念を通して理解しています(このような思考方法を、メタファー(隠喩)と言いましたね)。

時間を一本の道のように考え、未来は前にあり、過去は後ろにあり、今いる場所を現在と考えます。

今いる場所は、自分が生きる現実であり、したがって、現在形は「現在」という時の一点よりも、「自分のいる現実の世界」(場所)を表すことの方が自然で、このため現在形は「いつもそうだ」という話をすることが多くなります。

一方で、英語の過去形は「あれはあのときの話で、今は現実ではない」というニュアンスの話をするのが普通です。

つまり「今いる場所とは違う」「現実とは離れている」ことを過去形が表すという用法が生まれてくるわけです。

この感覚のせいで、例えばThat may be true.よりもThat might be true.の方が、現実である可能性が低いことを表しているわけです。

また、この現実離れ感は「婉曲・丁寧」にも応用され、Will you~?やCan you~?でお願いするよりも、Would you~?やCould you~?でお願いする方が丁寧だという文法が成立します。

敬意や丁寧さは「相手と距離をとる」ことで成立するからです。

そして、仮定法過去ですが、「今実際に現実ではないけれど、仮にもしそうだと仮定して話すと…」ということが言いたいわけですから、「現実から離れている」ことを表現するために、過去形を使っているのだと考えることができます。

日本語で例を挙げてみましょう。

例えば、面と向かって聞き手に「甘え、いい奴だったよな…」と言えば、相手は「何で過去形だよ!」とツッコミを入れるでしょう。

お母さんや、恋人の女性に向かって「綺麗だったよね…」なんて言ったら、「今は違うっていうの?」と怒られるでしょう。

このように、過去形は「今は違う・現実には違う」という前提を含めることができるのです。

この感覚が英語の仮定法過去にあるわけです。

ifを使わない仮定法に慣れておこう

仮定法過去は

If S 動詞の過去形~, S 助動詞の過去形+動詞原形~.

という形が基本ですが、もっと柔軟に使えるようにしておきましょう。

エッセイライティングなど、議論においては、上記の形を使うことが多いと思います。

しかし、会話の中では、if節の部分は話し手と聞き手の間ですでに文脈として了解されていることがよくあり、したがって、後半の帰結節だけが使われる場合がよくあります

I wouldn’t accept the offer.((私だったら)その申し出は受けないな)
⇒「If I were (was) you」は言わなくてもわかっているので省略されています。wouldn’tが表すのは話し手である「私」の「予想」。

You couldn’t say such a thing in such a circumstance!(そんな状況で、(あなただったら・人って普通)そんなこと言えないでしょうよ!)
⇒仮にそんな状況になったら…という文脈の中で。ここでのyouは人一般を表すことも、あるいは話し相手を直接指すこともあります。

This is the last thing I would eat.(こいつは絶対食わないな)
⇒the last thing S+Vを直訳すると「SがVする最後のもの」。実現する可能性の高い順に並べたときに最後にくるもの、つまり最も可能性が低いもの。I would eatとなっているのは、「実際には、絶対食わないけど、仮に食うと考えたとしても」という意味の「食べるだろうとしても」ということです。wouldは「非現実の予想」を担当しています。

“How’ it going?” “I couldn’t be better!”(「調子はどう?」「最高だよ!」)
⇒「(実際にこれ以上良くなろうとは思わないけど)彼にこれ以上良くなろうとしても、なることはできないだろうよ」が直訳。

3. 仮定法過去完了と仮定法の慣用表現

仮定法過去完了は「あのとき、実際にこうじゃなかったけど、仮にそうだったら、こうしていたのに」というのが基本の形で、

If S had+過去分詞~, S 助動詞の過去形+have+過去分詞~.

という形をとります。

If you had attended the meeting, they would have taken your plan more seriously.
(もしあなたがその会議に出ていたなら、彼らはあなたのプランをもっと真剣に検討していてくれていただろうに)

if節のところで、過去実際にはそうじゃなかったということを過去完了で表しているわけです。

帰結節のところでは、助動詞の過去形の後ろにhave+過去分詞をつけることで、「あのときこうしていただろうに(でも、実際にはしなかったけど)」という、過去を振り返った「非現実の思い(例文の場合は非現実の予想would)」を表しています。

前項の仮定法過去と同じく、仮定法過去完了も、話し言葉では、後半の帰結節だけを使用するパターンがよくあります。

口癖になるくらいよく使われるのが、「後悔を口にする」、should have+過去分詞のパターンです。

~しとくべきだった!(実際にはやってないけど)」ということですね。

I should have done that!(それ、やっとくべきだったなぁ!)
⇒シュッドハヴではなく、シュダヴと発音されるのが普通。それくらい固定した表現として定着しています。I shouldn’t have done that!で「やるんじゃなかった!」というのもよく使われます。発音はシュドゥンダヴ。

他には「もっとうまくできてたはずなのに!」というのもよく使われます。

I could have done better!(もっとうまくできてたはずなのに!)
⇒クッドハヴではなく、クダヴと発音されるのが普通。慣用表現化しており、doneの後ろの目的語(例えばitとかthat)は発話されないのが普通です。

仮定法の慣用表現

①I wish+仮定法

叶わない夢だとわかっている願望を表す表現です。

I washの後ろに、「if節からifを除いたもの」をくっつけると出来上がりです。

I wish+if you were here now →I wish you were here now.
「夢は叶わないとわかって願う」+「もし仮に今あなたがここにいたら」→「今あなたがここにいたらなぁ、と思うよ」

I wish+if he had not left his wallet at home →I wish he had not left his wallet at home.
⇒「私は叶わないとわかって願う」+「もし(あのとき)彼が財布を家に忘れていなかったら」→「(あのとき)彼が財布を家に忘れていなければなぁ、と思うよ」

wishの他にも、希望したり、期待したりする言葉にhopeexpectがあります。

なぜwishだけが仮定法と相性が良いのかを説明しておきます。

hopeは「実際にそうなることを希望する」ことを意味する動詞です。

I hope you’ll be back soon.(あなたがすぐに復帰してくれるといいなと思っています)
⇒実際にそうあってほしい、だからそうしてね。という気持ち。

仮定法は「実際は違うけど」ということを言うための文法なので、hopeでは使えないことがわかります。

expectは「この状況では、この後当然こうなるだろう」ということを予測するという意味の動詞です。

このため、実はexpectには、「期待する」という和訳は当てはまらないことがよくあります。

We expect some rain tomorrow.(私たちは、明日は雨だと予想しています)
⇒天気予報で、手元にある気象データから、明日は当然雨だろう、と考えています。これを「私たちは、明日は雨だと期待している」と訳してはおかしくなります。

このようにexpectは「当然現実になるはず」という予測を表す動詞ですので、「実際は違うけど」という仮定法とは相性が良くありません。

しかし、wishは「神頼み」に近く、そのため、「実現しないことはわかっている」という感覚が付いて回ります。

よって、仮定法と相性が良いのです。

以下の例文は仮定法の文ではないので「実現しないことはわかっている」という感覚はありませんが、wishの持つ「神頼み」の性質をよく表しています。

I wish you a merry Christmas.(あなたに良いクリスマスを)
⇒wishの第4文型で、「願う+渡す」。「私が神にかけた願いが、あなたに届くように」ということを表します。ここでもwishは「神」に願っています。

②It is time~の構文

「It is time+仮定法過去の文」で「そろそろ~する時間でしょ」ということを表します。

なぜ後ろに仮定法の文がくるのか?

それは「今、そろそろ~する時間なのだけれど、実際にはまだやってないよね」ということを表しているからです。

It’s time you went to bed.(そろそろ寝る時間だよ)
⇒実際には寝てないよね、だから寝なきゃね、という意味合いがあります。

It’s about time I was leaving.(そろそろ失礼いたします)
⇒(実際にそうはなっていないが)本来なら、今、去りつつある途中のはずの時間です、だから本当においとまいたします、ということです。

「had better+動詞原形」は「助言」というよりは「脅し」

「had better+動詞の原形」は「~した方がよい」と訳されるため、「親切な助言」という勘違いを与えることがありますが、実際には「脅し」に近い表現で、特に主語がyouで、相手に対して面と向かってこの表現を使うと、「やらないとまずいことが起きるぞ」という意味合いになります。

You’d better not.(やめといた方がいいぜ)
⇒やったらどうなるかわかってるんだろうな。

主語をyouにするなら、せめてI thinkを前に付けてもっと柔らかい表現にしましょう。

I think you had better avoid meeting him.(彼に会うのはやめておいた方がいいと思いますよ)
⇒会うと、とんでもないことになると思いますよ。

主語がIやweなどの一人称になると、「やばい、どうしよう。~しないとまずい!」という感じのシチュエーションを表すことになります。

We had better take a taxi.(私たちタクシーで行った方がいいですよ)
⇒そうしないと遅刻ですよ、ヤバいですよ。

この表現を仮定法で紹介しているのはなぜかと言うと、ここで使われるhadは一種の仮定法過去で、「こういう状況をhaveした方がbetterですが、でも今実際にはこういう状況をhaveしていないですよね!」という警告の感じが出る表現だからです。

しかし、had betterの後に動詞の原形がくることでわかるとおり、一種の助動詞的表現として定着しています。

4. 仮定法現在から見えてくる英語の歴史

アメリカの英語は最先端か

英語というのは当然、イギリスを発祥地とするわけです。

そしてそこから、北米大陸やオーストラリア大陸をはじめ、様々な場所に広がっていきました。

イギリスから北米への本格的な移民が始まったのは17世紀、今からおよそ400年位前です。

ではここで質問です。

「古い、昔ながらの英語」が今も残っているのはイギリスとアメリカ、どちらでしょうか?

こう尋ねると、英語の講師含めて結構な人数の方々が、「イギリス英語に古い形が残っている」とお答えになります。

ところが実際は逆で、アメリカ英語の中にこそ、「化石」のように古い英語が残っているものなのです。

これは歴史のいたずらでもなんでもなく、必然です。

日本語を例に考えてみましょう。

明治の末以降、日本から大勢の人々がブラジルに移民しました。

その末裔の日系2世、3世の方々の中には日本語を話す方々もいます。

では彼らの話す日本語はいつの時代の日本語でしょうか?

そうです。大正、あるいは昭和初期の日本語である可能性が高いのです。

なぜなら彼らはその世代の日本人からしか日本語を学ぶ機会がないからです。

一方で、本国の日本は、海外の日系社会と比べて圧倒的に人口も多く、その分すごいスピードで新しい言葉が生まれ、入れ替わっていきます。

このように海外に渡った言語は母国の言語より古い形を残しやすいのです。

ですので、アメリカ英語には17世紀以降の古い形が残っていることがよくあります。

イギリス英語とアメリカ英語でいくつか用法の違うものがありますが、もともとの形はどうだったのかと言えば、すべてではないにしても、かなりの確率でアメリカ英語の方が元々の形だったりします。

suggestやdemandの後ろのthat節

suggest(~してはどうかと言ってみる)、demand(有無を言わせず~しろと要求する)、recommend(推奨する)など、「やれよ」「やろうよ」を意味する動詞の後ろにthat S+Vがくるとき、イギリス英語では一般にthat S should動詞原形~という形をとりますが、アメリカ英語ではthat S 動詞原形~という形をとります(ちなみにこのアメリカ英語の形は日本では好んで文法問題に取り上げられます)。

I suggested to him that he should be nicer to Tom.(イギリス英語)
I suggested to him that he be nicer to Tom.(アメリカ英語)
(私は彼に、トムに対してもう少し良くしてやってもいいのではないか、と言った)

The doctor strongly recommended that my daughter should eat more.(イギリス英語)
The doctor strongly recommended that my daughter eat more.(アメリカ英語)
(その医者は、うちの娘にもっと多くの食事を摂るようにと強く勧めた)

日本の高校などでは一般的に、「もともとS should 動詞原形だったのが、アメリカ英語ではshouldが省略されて使われるようになった」と説明されます。

そこには「アメリカ英語よりもイギリス英語の方が古い。だから、イギリス英語の形が元々で、それが変化してアメリカ英語の形になったのだろう」という誤った思い込みがあるように思えます。

実際には逆で、アメリカ英語のthat S 動詞原形~というのが古い元々の形で、後にイギリスで新しくshouldを使う言い回しが生まれたと考えるのが自然です。

仮定法現在とは何か

これまでお話ししたように、仮定法過去というのは「今実際そうではないけれど、仮に今もしそうだとしたら」という「今の仮定の話」をするときに、動詞を過去形にするものです。

仮定法過去完了というのは「あのとき実際そうではなかったけれど、仮にあのときそうなっていたら」という「あのときの仮定の話」をするときに動詞を過去完了にするものです。

では仮定法現在というのは何かというと、「今は実際そうではないけど、この先仮にこうなったら」ということを表すものです。

よく学校で「未来の話でもifの後ろにwillをつけない。動詞を現在形にして」と言われたのを覚えているでしょう。

If it rains tomorrow, I will not go out.(もし明日雨なら、外には行かない)

これはシェークスピアあたりの昔の英語では、現在形ではなく、仮定法現在、つまり、動詞の原形がきていました。

「今は雨じゃないけど、もしこの先雨になったら」ということで、仮定法現在が使われていたのです。

If it rain tomorrow,…

そしてこの仮定法現在が廃れて、ただの直説法現在形になったのが、現代英語です。

仮定法現在は「今はそうじゃないけど、これからこうなれば」という意味だけでなく、「今はそうじゃないけど、これからそうしてね」という命令や依頼の意味でも使われていました。

ですから、suggestやdemand、recommendなどの「やれよ」「やろうよ」の意味を持つ動詞の後に続く「やれよの中身」を表すthat節にはその名残として仮定法現在である動詞の原形が使われるのです。

命令文が動詞原形を使うのと似たような感じだと思っていいかもしれません。

この構文は文法問題でよく取り上げられるだけではなく、現代アメリカ英語で普通に使われています。

この構文で動詞の原形を使うことに苦手意識を持っていた読者の方は、ぜひ、命令文で動詞の原形を使うのと同じ気持ちで使ってみてください。

きっと、もっとしっくりと使えるようになるはずです。

5. as if~の時制をどうするか

時制の一致を受けるとき・受けないとき

「まるで~であるかのように」という、「実際にはそうではないけれど、例えて言えば~のような」ということを表す、「as if+仮定法のS+V~」という表現があります。

He talked about the accident as if he was (were) a victim.(彼はまるで自分が被害者であるかのようにその事故について話した)

例文では、実際には被害者じゃないけれど、まるで被害者のように話をしているので、「現実じゃないよ」という意味で動詞がwas(書き言葉ではwere)になっています。

ここで問題になるのが、「仮定法は時制の一致を受けない」というルールです。

例えば上記の文を見た英語学習者の方から質問を受けることがよくあります。

「talkedという動詞の形でわかるとおり、この文のできごとは過去のできごとなんですよね?じゃあ、過去を振り返っての仮定法だから、as ifの後ろは仮定法過去完了にならないといけないんじゃないですか?」

確かに普通ならそうです。

ここで言う「普通」というのは、「もしあのとき~だったら、~していたのになぁ」ということを表そうとする場合です。

If I had known the truth, I would have been nicer to him.(もし(そのとき)真実を知っていたら、彼にもっと良くしていたのになぁ)

しかし、as ifの場合はそうはいかないようです。

高校の英語の授業や、大学受験予備校で「仮定法には時制の一致がない」というお話を先生から聞いたことがある、という方もいらっしゃるでしょう。

それが何を表しているのか、少し説明しておきます。

時制の一致:主節の時点からの視点

時制の一致というのは、「自動的に動詞の時制が変化するルール」ではありません。

I think he liked it.(彼はそれを気に入ってくれたのだと思う)

I thought he had liked it.(彼はそれを気に入ってくれていたのだと思った)
⇒「節」は大きな文の中に埋め込まれた小さなS+V~のこと。主節とは、文の主役のS+V~のこと。従属節は小さく埋め込まれた、ここではthink/thoughtの目的語の役割をするS+V~のこと。

上記の文なら、一般的な教わり方としては、「主節の動詞の時制が1つ古くなれば、従属節の動詞もそれに従って1つ時制が古くなる」という感じだと思います。

そこで、多くの英語学習者は「主節の動詞の時制の変化に従って、従属節の動詞も自動的に時制が変わるのだ」という印象を持ちます。

しかし、心の働きとして時制の一致を捉えてみると、もっと自然な感じで捉えることができます。

I think he liked it.なら、彼の過去のあのときの様子を、「彼は満足していた(he liked it)」と、今の自分が判断(I think)していることを表しています。

I thought he had liked it.なら、今の自分が、「あのときの自分はそう判断した(I thought)」と振り返り、その判断した内容は、「自分が判断した、過去のその時点で、彼はすでに満足している状態を持っていたよなぁ(he had liked it)」ということになります。

以上のように考えると、時制の一致は決して機械的なものではないということが感じられるのではないかと思います。

仮定法の時制に一致はない

さて、本題に戻ります。

「仮定法には時制の一致がない」です。

正確には、「直説法の節と、仮定法の節の間には時制の一致がない」と言うべきでしょう。

冒頭の例文をもう一度見てみましょう。

He talked about the accident as if he was (were) a victim.(彼はまるで自分が被害者であるかのように、事故について話した)

2つの節の間には「時間的なつながり」がありません。

なぜなら、片方は現実の世界で、もう片方は現実ではない世界です。

違う世界なので、時間的つながりはないのです。

ですからいわゆる「時制の一致」はありません。

しかしそうは言っても、as ifの後の、仮定法の動詞の時制にルールがないわけではありません。

そしてそのルールは単純です。

直説法の節の動詞が現在形であろうと、過去形であろうと関係なく…

①直説法の節の出来事と、仮定法の節の出来事が同時に起きているなら、仮定法の節、つまりas if節の動詞は仮定法過去。

He looked at me as if he saw a ghost.(彼はまるで幽霊を見るかのような顔で、私を見た)
He always looks at me as if he saw a ghost.(彼はいつも、まるで幽霊を見るかのような顔で、私を見る)
⇒彼が幽霊を見るかのような目つきをするのと、私に目を向けるのは同時に起きていることです。

②仮定法の節の出来事が、直説法の出来事以前に起きているなら、仮定法の節、つまりas if節の動詞は仮定法過去完了。

He ran out of the room as if he had seen a ghost.(彼はまるで幽霊でも見てきたかのような顔で部屋から飛び出してきた)
He always comes out of the house as if he had seen a ghost.(彼はまるで幽霊でも見たかのような顔つきで、いつもその家から出てくる)
⇒「幽霊を見たかのような出来事」が先にあり、その後、「(飛び)出てくる」という出来事が起きます。

このルールが発動するのは、「まるで~のように」という意味を表すas if、as though、likeといった接続詞の後ろの仮定法の節です。

ここでは「時制の一致」というよりは「同時に起きたのか、ずれて起きたのか」ということがポイントになってくるわけです。

6. 「もし万が一」のif+should

If the flight should be canceled, we would have to find a hotel to stay at.(もし万が一飛行機が欠航するようなことがあれば、私たちは泊まるホテルを探さないといけないことになるだろう)

if+shouldで「もし万が一~するようなことがあれば」という意味のフレーズになります。

今回はなぜif+shouldにこんな意味が出るのか、そして、どういうイメージのフレーズなのかを解説していきます。

should=「当然」

shouldはshallの過去形から出来上がった助動詞で、「当然」という根っこの意味を持つ言葉です。

そこから①「当然~するべきだ」「状況から考えて当然~した方がよい」という「助言」の意味と、②「当然~するはずだ」「状況から考えて、この先こういうことが起きるはずだ」という「予測」の意味が生まれます。

①Your coughing is terrible. You should go see a doctor.(咳がひどいね。医者に診てもらった方がいいよ)
⇒咳の状況から考えて、医者に診てもらうのが当然だ。

②He should arrive by eight.(彼は8時には着くはずだ)
⇒状況から考えて、8時に着くと考えるのが当然だ。

ではshallはどういうイメージの言葉なのでしょうか。

shall=「運命」

shallは「決まった運命の流れの上にいる」という意味を根っことする助動詞です。

ただ、未来を表すshallの用法は現在ではほとんど使われず、アメリカ英語ではwillが使われるのが一般的です。

使われたとしても、非常に古風な印象を与えます。

We Shall Overcome(勝利を我らに)(米国公民権運動のシンボルとして歌われた曲のタイトル)
⇒私たちは必ず乗り越える(そういう運命の流れの上にいる、という感じ)。

I shall return.(必ず戻る)(マッカーサー元帥がフィリピンから撤退するときに言ったとされる言葉)
⇒私は必ず戻ってくる(運命はそうなっている、という感じ)。

上記の言い回しは普通の会話では出てこず、芝居がかったセリフっぽい印象を与えます。

とにかく、ここで言いたいことは、shallには、この「運命の流れの上にいる」というイメージがある、ということです。

さて助動詞の過去形は「現実から遠ざかる」という意味で使われることが多いのです。

mayよりもmightの方が、「ひょっとしたら感」が強くなるのがその典型です。

shallとshouldにもその関係があり、shallの「運命的に必ずそうなるだろう」という「現実になるだろう感」が、shouldではshallに比べて現実感が薄れ、「状況から言えば普通はそうなるだろう」という感じになるのです。

そしてそこから「普通はそうするべきだ」と「普通はそうなるはずだ」という意味がshouldに出てきます。

if+shouldに「万が一」という意味が出る理由

なぜここまで、shouldだけでなく、shallの意味まで詳しく述べてきたのでしょうか。

実は、if+shouldの「もし万が一~」という意味は、shouldではなく、shallから出ていると考えられるのです。

どういうことか、説明していきます。

It is raining now.(今雨が降っている)…直説法の現在進行形
⇒100%の現実として、今雨が降っている最中にある。

If it was (were) raining now, you wouldn’t go out, would you?(仮に今雨が降っているとしたら、君は外出しないでしょう?)…仮定法過去の進行形
⇒実際には100%雨は降っていないのだけど、仮に降っているとしたら…

このように、直説法と仮定法では、現実であるのかどうかが正反対になります。

これを直説法のshallと、それを仮定法にしたshouldに当てはめると以下のようになります。

念のためにもう一度申し上げておきますと、このshouldは「~すべき」のshouldではなく、直説法のshallを仮定法として使うためにshallの過去形になったshouldです。

It shall rain tomorrow.(明日はきっと雨が降ることになるはずだ)…直説法
⇒shallは「運命的にそうなる流れになっている」。98%は現実にそうなるであろうという考え。

If it should rain tomorrow, the game would be canceled.(もし万が一明日雨が降るというようなことになれば、試合は中止になるだろう)…仮定法

shallを直説法で使えば「98%は現実にそうなる」という意味になります。

そして、直説法と仮定法では、現実であるかどうかが正反対になるので、この直説法のshallを仮定法のshouldにしてif+should~の形で使うと、「実際には98%現実にならないのだけど、仮にもし残り2%の可能性で現実になったら…」という発想が出てきます。

この「2%の現実になる可能性」が「もし万が一そうなったら」という意味を生むのです。

if+shouldの形は倒置の形でもよく使われます。

If he should call me, tell him I’m for the plan.
→Should he call me, tell him I’m for the plan.
((まあ、ないとは思うが)万が一彼が私に電話をかけてくるようなことがあれば、私はその計画に賛成だと伝えておいてくれ)

「これは仮定の話だ」ということを強調するために、それを表すshouldが文頭に出てきています。

ややこしいのは、この仮定節が文末にくる場合、気を付けないと構文の形が読み取れない英語学習者が結構いるということです。

Tell him I’m for the plan / should he call me.

if節というのは文末に回されるときはカンマを使わないことが普通です。

そういうこともあり、上の例文ではthe planとshouldの間に切れ目があることがわかりにくいわけです。

if+shouldの構文は、帰結節の言い回しにも特徴があります。

上記の例文のように、帰結節に命令文が使われて「万が一こうなったら、こうしておいてくれ」という言い回しになることが多いというのが1つです。

あとは、控えめなお願いとしても使われます。

以下の例文ではifの代わりにin case S+V~(SがVする場合において=もしSがVしたら)を使っています。

In case you should change your mind, here’s my number.(万が一気が変わったら、ここに私の電話番号がありますから)

それから、帰結節にwillを使う場合もあればwouldを使う場合もあります。

使い分けは、話し手がどれくらい現実的な予想をしているかによります。

「まずあり得ない」という気持ちでしゃべれば帰結節にwould、「ひょっとしたらあるかも」という気持ちがあれば、willを使います。

動詞の原形について考えてみよう

動詞の原形について考えてみよう

1. 動詞の原形を考える

動詞の原形って一体何なのでしょう?

動詞の原形は、現在形でもなければ過去形でもありません。

初めて習った時は一体なぜこんなものがあるのか不思議でした。

現在の話を表すために現在形があり、過去の話を表すために過去形がある。

では原形って何なのか?

動詞の原形は、現在も過去も表しません。

動詞から「時間」を差し引くと、その残りは「『○○する』とはどういう動作なのか?」という「動作の概念」です。

例えば、「液体を、口を通して体内に取り込むこと」の名札が「飲む」という動詞名であり、これは名詞で言えば、例えば「4月に咲く日本人が最も愛する花のこと」の名札が「桜」という名詞名だというのと同じようなものです

つまり動作の「こと」化、名詞化が起こり、ここから動詞の原形を名詞として使う、不定詞の名詞的用法が生まれたと考えられます。

不定詞には名詞的用法の他に形容詞的用法や、副詞的用法もありますが、不定詞の中で一番初めに生まれた用法は、ラテン語などでもそうですが、名詞的用法です。

To walk is good for your health.(歩くのは健康に良い)
To know is one thing, and to practice is another.(知っているということと、実践するということは、また別の話です)
⇒いずれも「歩く」「知っている」「実践する」というのはどういうことなのかという「概念」の話をしています。

英英辞典でも、動詞の意味を解説するときは、不定詞の名詞的用法であるto+動詞原形を使います。

そうやって動詞の「概念」部分を説明するわけです。

eat:to put food in your mouth, chew it and swallow it.
「食べる:食べ物を口の中に入れ、噛み、飲み込むこと」
⇒「食べる」という行為をいつやるのかはどうでもよくて、「食べる」とはどういう行為なのかということだけを説明するのに「to+動詞の原形」が使われています。

「まだやっていない」ことを表す傾向

動詞の原形は、全体的な傾向として「まだやっていないこと」を表すことが多いようです。

to+動詞原形は「これからやること」を意味することが多いですね。

I want to eat something.(何か食べたい)
⇒何か食べたいと思う(want)のは今だけど、食べるのはこれから。

命令文も動詞の原形です。

Stop!(止まれ!)
⇒今やっていないことをこれからやれ、ということ。

仮定法現在と呼ばれる用法も動詞原形で、主節の動詞には「やれよ」を意味する言葉がきます。

これはshouldが省略されたものではなく、純粋に仮定法現在という活用形です。

They suggested to her that she stay with me.(彼らは彼女に、私と一緒に居たらどうかと言った)
⇒suggestedでわかるとおり、過去の話なのに、stayとなっていることに注目。これは動詞の原形です。that節の内容はsuggestが「(これから)やったらどうか」と提案しています。

動詞の原形が「まだやっていないこと」を表しがちなのは、動詞の原形とは時間から解放された、頭の中の「概念・想念」だけを意味し、そのため、「考えているだけのこと(=やるのはこれから)」という意味に結びつきやすいからと考えることができます。

助動詞の後にも動詞の原形がきます。

Yes, we can!(そう、私たちならできる!(と思ってますよ!))
⇒canの後に「do it」が省略されています。

The meeting will start at eight.(会議は8時に始まるだろう(と思います))

助動詞の後ろに動詞の原形が来るのも、上記と同じ感性がありそうです。

助動詞は「現実の話ではなく、思っているだけ」ということを表す言葉であり(例:will=~だろうなと思う、may=~かもしれないと思う、should=~するべきだと思う)、「現実にいつもそうだ(現在形)」とか、「過去に現実としてそうだった(過去形)」というふうに、事実を表す言葉ではありません・

動作の概念だけを表す動詞の原形は、「頭の中に思うだけ」という意味で、助動詞の世界と相性が良いのだと思われます。

すでに時間の概念を表していたら原形

一方で、疑問文や否定文のdoやdoesも広義での助動詞ですが、こちらはwillやcanなどの法助動詞とは違い、do、does、didが人称や時間をすでに表しているので、動詞は原形になっていると考えられます。

He swam across the river.(彼は川を泳いで渡った)
Did he swim across the river?(彼は川を泳いで渡ったのですか?)
⇒didで時間を表しているため、swimで時間を表す必要がありません。

最後にまとめます。

動詞の原形は、現在とか過去といった時間から解放された、動詞の「概念」だけを表すのであり、そこから「ものの概念」を表す名詞にならって、「動作の概念」を表す名詞的用法で使われるようになりました。

これが不定詞の起源です。

そして、動詞としても用法で見ていくと、「概念・想念」を表す動詞の原形は「頭の中に浮かんでいるだけでまだやっていない、これからやる動作」という使い方にも発展していったようです。

大昔の英語には動詞の原形にも、命令形にも、仮定法現在にも個別の活用の形があり、現在のように同じ形(=動詞の原形)ではないのですが、少なくとも、現代英語においてどれも同じ形になったのは、単なる偶然というものを超えた、認知的必然性を感じさせます。

2. 不定詞(=to+動詞原形)その1:「こちらへどうぞ」

前項で、動詞原形は「時間から解放された動詞」であり、動詞の概念(つまり、「どんな動きなのか」というイメージ)だけを持っている言葉であることをお話ししました。

そして、不定詞は、名詞的用法を起源として、形容詞的用法や、副詞的用法も生まれました。

私が中学生の時、用法について、いろいろと問題のある教え方がなされていました。

中には今でも同じ教え方をしている人がいると聞きます。

ここでは主な問題点2つを挙げてみます。

①各用法を日本語訳で教える人がいる。
⇒「~すること」=名詞的用法、「~するべき○○」=形容詞的用法、「~するために」「~して」など=副詞的用法などとしていますが、日本語訳などというものは、文脈次第でいくらでも変わります。

②「用法がわからなければ訳せない」と教えている人がいる。
⇒英語のネイティブに、用法をいちいち考えている人などいないし、日本人でも英語に慣れれば慣れるほど、用法などいちいち考えません。

働きを考える

まずは①ですが、名詞とか形容詞とか副詞とか言って用法を区別したいなら、少なくともそれぞれの品詞の働きに応じて区別できるようになりましょう

(1)名詞的用法不定詞(to+動詞原形を含むひとまとまりの意味のかたまり)を代名詞であるitで置き換えても意味が通るなら、それは名詞的用法です。
・I want to buy the car. →I want it.
「この車が欲しい」→「それが欲しい」
・The idea is to generate electricity out of wind. →The idea is it.
「風で電気を発電しようというのが狙いです」「それが狙いです」
・It is fun to swim with friends.
「友達と一緒に泳ぐのがおもしろいんだよね」
⇒to swim with friends は仮主語itの具体的内容を表します。

(2)形容詞的用法:形容詞は名詞を修飾する言葉、つまり名詞の様子を説明する言葉。「軽い情報が先、重い情報が後」という英語の語順に従い、「名詞の詳しい様子説明」である不定詞の形容詞的用法は「重い情報」として、名詞の直後につきます。要するに、名詞の直後にあり、名詞の様子説明をしている不定詞は形容詞的用法です。

He doesn’t have any power to hire or fire someone.(彼には誰かを雇ったりクビにしたりするような権力は一切ない)
⇒to hire or fire someoneは「どのようなpowerなのか」の詳しい説明です。

(3)副詞的用法その1:副詞には様々な働きがありますが、まずは、動詞の修飾、つまり動詞の様子を説明するのが主な働きです。例えば、「走る」という動詞があったら、どんな風に走るのかを説明する「速く走る」とか「友達と走る」は副詞です。

・I went to the station to see my friends.(友達に会いに駅に行った)
⇒to see my friendsはwentという動作の目的を説明しています。
・He grew up to be a rock star.(彼は大人になったらロックスターになった)
⇒to be a rock starはgrew upという動作の結果たどり着いた状態を説明しています。

(4)副詞的用法その2:副詞や形容詞の「程度」がどのくらいなのかを説明するのも副詞の働きです。例えば、「赤い」という形容詞の程度を説明する「とても赤い」は副詞です。「速く走る」という副詞の「速く」に関してどのくらい「速く」なのかを説明する「世界一速く走る」も副詞です。

His offer is too good to be true.(彼の申し出は話がうますぎる)
⇒to be true(真実であるには)は何を基準にtoo good(良すぎてダメ)なのかを説明しています。

「→」と考える

英語教師の意見で「不定詞の用法がわからなければ訳せない」という話をよく聞きますが、果たしてそうでしょうか。

不定詞のtoはすべて「→」です。

ただそう捉えればよいのではないでしょうか。

「訳す」の意味が、「正確な日本語に訳す」ということを意味するのなら、確かに用法に応じて日本語訳も変えていく必要はあります。

しかし、彼らの話を聞いていると、「英語の意味を理解する」という意味で「訳す」という言葉を使っているように思える方もたくさんいます。

英文を読んだり聞いたりして、ただ意味を理解するだけなら、むしろ日本語に置き換えることは頭の中でマルチタスクを引き起こし、かえって意味の理解の妨げになります。

[名詞的用法]
・My plan is to hire more people for the project.(そのプロジェクトのためにもっと人を雇う、というのが私の計画だ)
⇒「私の計画はこちらですよ(→)」という感じ。
・It is impossible to finish it in a day.(それを1日で終わらせるのは不可能だ)
⇒「それって不可能ですよ。それを1日で終わらせることに向かうのは」という感じ。

[形容詞的用法]
This pair of pants don’t have any pockets to cut things in.(このズボンには物を入れるポケットが1つもない)
⇒「このズボンにはポケットが1つもないですよ。それって物を入れることに向かうやつですけど」という感じ。

[副詞的用法]
I went to the supermarket to buy some food.(食べ物を買うためにスーパーへ行った)
⇒「スーパーへ行ったよ。食べ物を買うことに向かって。」という感じ。

このようにto不定詞というのは、「より詳しい情報へとtoが導いてくれる」という形ですべて読めるようになっています。

用法をきちんと区別できることは良いことですし、正確な日本語訳を作るには必須の知識ではあります。

しかし、瞬間的に読み、聞き、また瞬間的に英文を作り話すのに、その知識はあまり使いません。

枝葉にとらわれず、根っこは何かを考えて学習すれば、もっと直感的な英語の操作が可能になります。

3. 不定詞(=to+動詞原形)その2:「→」をどこから見るか

不定詞は「to+動詞の原形」つまり、「[→]+[時間から解放された、動詞の概念]」です。

そしてto、つまり「→」は3つの意味を持ちます。

①これからすることに向かう。
②到達している。
③指差している。

どれも同じ「→」。

ただ、それをどこから見るかで意味が違ってくるのです。

①これからすることに向かう

不定詞のかなりの部分を占めるのがこの「これからすることに向かう」という意味です。

[名詞的用法]
・I want to see him tomorrow.(明日彼に会いたい)
⇒「これから会う」ということに向かってwantな気持ちでいます。
・I don’t know what to do.(どうしたらいいのかわからない)
⇒「これから何をすることに向かうのか」。このため「疑問詞+不定詞」は「~すべき」という意味になります。what to doなら「何をすべきか」。

ちなみにto see him tomorrowも、what to doもitに置き換えてそれぞれの文の意味が通るので、これらの不定詞は名詞的用法です。

[形容詞的用法]
・We need to buy something to drink.(何か飲み物を買う必要がある)
⇒「これから飲む」ことに向かう「何か・もの」。
・I have nothing to talk about.(何も話すことはない)
⇒「これから話す」ことに向かう「ことがゼロ」。

ちなみにto drinkとto talk aboutは、直前にあるsomething、nothingという名詞の内容を詳しく説明する言葉なので、これらの不定詞は形容詞的用法です。

分詞の形容詞的用法は、~ingですので「やっている最中の」という感じが出ます。

We got closer to the man talking with Mr. Morita.(私たちは森田氏と話している男性に近づいていった)
⇒森田氏と話している最中の男性。

[副詞的用法]
・I went to the movie theater to see the movie.(その映画を見に映画館に行った)
⇒「これから映画を見る」ことに向かって「行った」。
・I am ready to go.(行く準備はできている)
⇒「これから行く」ことに向かってreadyの状態にある。

to see the movieはwentという動詞の目的を説明しているので副詞的用法です。to goはbe readyという動詞句の内容(何の準備ができているか)を詳しく説明しているので副詞的用法です。

[独立不定詞]
文頭に置かれる、慣用句です。

「今からこうさせてもらうけど」という、一種の「これから向かう」感があります。

To be frank, I don’t want to make friends with a guy like him.(ぶっちゃけて言うと、私はああいう男と友達にはなりたくない)
⇒(今から)率直にならせてもらうと…
Needless to say, your company pays for it.(言うまでもなく、費用は君の会社が持つ)
⇒(今から)言う必要はないのだが

②到達している

「到達してしまっている」ことを意味する不定詞は主に副詞的用法で使われます。

これらの不定詞は「すでにこういう動作が現実に起きている」ことを意味します。

[副詞的用法(結果)]
・He grew up to be a doctor.(彼は大人になって医者になった)
⇒成長して大人になった結果、「医者である状態」に到達する(growは成長するという意味しかないが、grow upは「成人する」という意味)。
・I studied without sleeping a wink, only to fail the exam.(一睡もせずに勉強したが、結局テストに落ちた)
⇒「努力+only to+失敗」の構文。「努力したが、結局失敗にしかたどり着かない」という意味を出します。

[副詞的用法(原因)]
・It’s good to see you.(会えて嬉しいです)
⇒「あなたに会う」ということにたどり着いて、「状況(it)は良い」。

[副詞的用法(判断の根拠)]
・He must be a genius to solve the problem within a few minutes.(その問題を数分で解いてしまうなんて、彼は天才に違いない)
⇒「判断・評価+to+判断・評価の根拠」の構文。「ある出来事にたどり着いて、それを根拠として判断・評価を下す」。

[副詞的用法(条件)]
To hear her talk, you would think she was Chinese.(彼女が話すのを聞けば、君は彼女のことを中国人だと思ってしまうだろう)
⇒文頭に「to+条件」がくるパターンです。「その条件に到達すれば」ということです。条件の部分には「to see~」か、「to hear~」の知覚構文がくることが普通です。

③指差している

「これから向かう」にも「到達」にもあてはまらないto不定詞もあります。

この「→」は「想念」を指す、純粋に「指示機能」の「→」です。

「こちらですよ」と指差している感じですね。

[名詞的用法]
To eat vegetables every day is good for your health.(毎日野菜を食べることは健康に良い)

「実際にやった」わけでも、「実際にこれからやる」わけでもない、「一般的に、こういうことをすること」という概念・考えを表す、想念のto不定詞です。

動詞原形は時間から解放された、動作の概念のみを表す言葉ですから、こういう用法も生まれるわけです。

to eat vegetables every day はitで置き換えても文の意味が通るので、名詞的用法です。

以上、不定詞のtoが持つ「→」の意味を3つに分けてみました。

toを「→」で捉えると、言葉の意味がもっと生き生きと感じられるようになりますよ。

4. 次に進む前に…あらためてbe動詞を考える

この項では、be動詞とは何なのか、そして様々な文法で使われるbe動詞は何をやっているのかを見ていきながら、これまで手に入れてきた知識を「点から線へ」つなげるようにしていきます。

be動詞は一番基本的でありながら、英語学習ではその意味の学習が軽視されているように思える動詞です。

「文法上必要だからそこに使われているけれど、文の意味にとってはあまり重要ではない」というような捉え方をされている感じがします。

例えば進行形や受動態では、「be動詞+~ing」「be動詞+過去分詞」という形式上、be動詞が必要だけど、なぜそこにbe動詞があるのか、そしてそこでbe動詞は何をしているのか、ということに関する説明はほとんどありません。

また、I am a student.を「私は学生だ」と訳すとき、「だ」は何を表しているのか、という説明はありません。

さらに言えば、これが、I am in Tokyo.になると、「私は東京にいる」
という訳になるわけですが、「だ」になったり「いる」になったりするbe動詞の正体は一体何なのか、ということの説明もありません。

ここでは、そんなそもそものお話を考えてみます。

be動詞の正体は「~という状態で存在している」

be動詞の正体は、「~という状態で存在している」です。

ちなみに日本語の「学生だ」の「だ」は、「学生という状態で存在している」ということを表しています。

つまり、「昨日も今日も明日も、変わらず学生の状態が続いている」ということを表しています。

「東京にいる」の「いる」は「in Tokyoという状態で存在している」ということを表しています。

ですから、be動詞の「~という状態で存在している」という意味のうち、I am a student.(第2文型)ではbe動詞の「状態」の意味がクローズアップされ、I am in Tokyo.(第1文型)ではbe動詞の「存在」の意味がクローズアップされているわけです。

補語の形容詞の前になぜbe動詞がつくのか

第2文型では、補語に「学生」のような名詞だけでなく、形容詞もつきます。

・He is happy.
・This flower is beautiful.

形容詞は名詞の様子を説明する言葉で、

①変わらずその状態が続いていることを表す。
⇒つまり、「美しい」なら、「美しくなる」という変化とは違い、「美しい」状態がずっと続いていることを表す。
②いつの話なのか(=現在なのか、過去なのか)を表せない。

という特徴があります。

したがって、形容詞は「状態」を意味するbe動詞ととても相性がよく、また、be動詞が時間を表します。

進行形になぜbe動詞がつくのか

進行形の be動詞の役割は、まず、~ingだけでは表せない「現在」「過去」をbe動詞が表してあげている、ということです。

He is reading a book.
He was reading a book.

という違いですね。

be動詞がなければ、「本を読んでいる最中なのは、今の話なのか、過去の話なのか」がわからないわけです。

次に、じゃあ使われるのがなぜbe動詞なのか、他の動詞じゃないのか、ということになるわけですが、~ingというのは「ある程度の時間、何かしている最中の状態がずっと続いている」わけで、これは「動作」「変化」ではなく、「変わらない状態」の世界なわけです。

したがって、~ingに何か動詞をつけるなら、「状態」それ自体を意味するbe動詞がぴったりなわけです。

受動態になぜbe動詞がつくのか

受動態において、過去分詞につくbe動詞は、~ingと同様、「現在」「過去」という時間を表します

また、過去分詞にhaveがつけば現在完了ですが、be動詞なら受動態です。

さて、受動とは、「なされた後の状態」と考えられることが第一であり、「されていなかったものが、される」という「変化」として捉えられることは二次的であるようです。

・This idea is accepted across all generations.(その考えが幅広い世代に受け入れられている)
⇒acceptは「受け入れる」という動作動詞ですが、受動態で使うと「受け入れられてしまっている状態がある」という「受動+完了した状態」のイメージ。

・John is said to have been fired two weeks ago.(ジョンは2週間前に解雇されたという話だ)
⇒sayは「口から言葉を出す」という動作(変化)を表す動詞ですが、is saidでは「そういう噂がずっとある」という「状態」を表しています。

・My watch is broken.(私の時計は壊れているんだ)
⇒特に文脈がなければ「私の時計は壊される」という「変化」ではなく、「壊れている」という「状態」で解釈されます。つまり、「なんらかの原因により壊された後の状態」にあるということです。

・The door was closed.(そのドアは閉まっていた)
⇒特に文脈がなければ、「ドアは閉じられた」という変化よりも「ドアは閉まっていた」という状態で解釈されることが多いです。もし「閉じられた」という変化を表したいなら後ろにbyがつくことが多いです。

・The door was closed by the tall man.(その背の高い男によってドアは閉じられた)
⇒受動態のbyは「する側」を呼ぶ言葉であるので、「する」という変化、つまり状態ではなく動作の意味が受動態に色濃く出てきます。

このように、受動態は動作(変化)を表すこともできますが、どちらかというと、状態(変化しない)を表す方がデフォルトに近い表現です。

したがって、状態を表すbe動詞が、相性が良いのだと思われます。

5. be to不定詞

be to不定詞は少し硬めの書き言葉に必須の文法事項で、「be動詞+to不定詞」という1つの形に5種類もの意味があるということで英語学習者を悩ませる項目の1つです。

①確定した予定
The president is to visit China next month.(大統領は来月中国を訪れることになっている)
運命
She was never to see him again.(彼女が彼に会うことは2度となかったのであった)
可能
No one was to be seen in the street.(通りには人影が全く見られなかった)
意志
If you are to be successful, you need to work harder.(成功したいというなら、もっと努力すべきだ)
義務・命令
You are to come to my office.
(私のオフィスまで来るように)

しかし、形(言い方)が同じということは、何かそこに共通の意味の根っこがあるはずで、それをつかむと、理解がかなり楽になります。

また、直感的な理解は英語のアウトプットに必要なものです。

「~するということに向かっている状態にある」

be動詞は「~という状態で存在している」が根っこの意味、to不定詞は基本的には「これから~することに向かう」ということですから、「be to不定詞」の根っこの意味は「~するということに向かっている状態にある」という感じです(ただし、③は例外的に少し異なります)。

この根っこの意味に一番近いのが①の「確定した予定」です。

①確定した予定

be to不定詞の中で一番よく使われる用法です。

一番よく見かけるのは新聞の見出しで、英語で新聞の見出しは慣習的にbe動詞と冠詞は省くものですから、以下のような書き方がなされます。

Trump to visit China(トランプ大統領、訪中へ)

普通の文に直せばPresident Trump is to visit China.になります。

この表現はwillや他の未来表現とはどう違うのでしょうか?

(1)willだと…
President Trump will visit China.(トランプ大統領は中国を訪れるだろう)
⇒willは「訪れる」という方向に心がパタンと傾く、ということです。つまり心の中で行う「予想・判断」。話し手がそう思っているだけという意味で予定の確定度はそれほど高くありません。

(2)be going toだと…
President Trump is going to visit China.(トランプ大統領は中国を訪れる予定だ)
⇒未来に「Chinaをvisitする」という出来事があり、今トランプ氏はそこに向かって進んでいる途中だ、ということです。すでにその予定に向かって進んでいるという意味で「思っているだけ」のwillより確定度は高いです。

(3)進行形だと…
President Trump is visiting China next week.(トランプ大統領は来週訪中する)
⇒「訪中に向けてすでに事態が進行中」。例えトランプ氏がまだ米国にいたとしても、もう訪中モードで生活が動いているという意味です。「訪中というイベントはまだ先にあって、今はただ、そこに向かって進んでいる」というbe going toよりもはるかに慌ただしくなっています。

(4)be to不定詞だと…
President Trump is to visit China next week.
⇒新聞の見出しに使われることでわかるとおり、硬い、書き言葉的表現で、政治日程や、会社同士の取り決めなど、「キャンセルしたら、かなりまずい」予定に使われることが普通。「近い未来」「遠い未来」というよりは、「公式日程」という感じで捉えると感じがつかみやすいです。

②運命

必ず過去形で使われる表現です。

これから先のことは誰にもわからなくても、過去を振り返ってみたとき、「ああ、あのとき、こうすることに向かっていたんだよなぁ」ということはわかります。

ドラマの最後の、「そのとき、このような運命が待ち受けているとは、○○は知る由もなかったのであった」というナレーションの感じです。

He was never to return home.(彼が故郷に戻ることは二度とないのであった)
⇒故郷に帰ることには、決して向かっていない状態だった、ということを未来から振り返って見通している表現です。

③可能

形式上の特徴として、否定文で使われるのが普通なので、「可能」というよりは、「不可能」を表す構文です。

そして、to不定詞が受動態、つまり「to be過去分詞」という形になります。

このパターンのtoだけは、「これから向かう」ではなく、「たどり着く」という意味ではないかと考えられます。

そう考えると、「(~されるということに)たどり着くという状態にはなかった」=「(~される)ということが実現しなかった」という意味で解釈できます。

be to不定詞の否定文で「to be過去分詞」なら、「不可能」を意味する文だと思ってください。

My wallet was not to be found.(私の財布は見つからなかった)
⇒「私の財布は発見されるという状態にたどり着かなかった」が直訳。

④意志

この表現はifを使い、If S be動詞 to (do~)の形をとるのですが、直訳すると、「もしSがdoするというところに向かっているというのなら」と捉えることができます。

時には「実際はそうなっていないよねぇ」というふうに説教臭く聞こえたりもします。

こなれた形で和訳すると「もしSがdoするつもりなら」というふうに「意志」で訳します。

しかし、「意志」という意味がbe to不定詞の中にあるというよりは、結果的に「意志」と訳せるだけという感じです。

帰結節では必ず「助言」が述べられます。

やはり説教臭い表現ですね。

If you are to be successful, you need to work harder.
直訳:「もしあなたが成功に向かっている状態だというのなら…」→「もし成功するつもりなら、もっと努力した方がよい」

⑥義務・命令

主語は必ずyouです。

目の前の相手に対して面と向かって「あなたは~することに向かっているから」と言えば、それは「やれ」ということですよね。

You are to come to my office later.(後で私のオフィスまで来るように)
⇒「あなたは後で私のオフィスにくるということに向かっている状態だ」が直訳。

以上、これらの表現は話し言葉ではありませんが、ビジネス文書では場合によっては使うこともあります。

そして、多義(1つの形に複数の意味がある)の問題として興味深いので取り上げてみました。

根っこを押さえたうえで、各用法の形式を押さえ、使いこなせるようにしましょう。

6. 不定詞の意味上の主語と「of 人 to不定詞」

今回は「不定詞の意味上の主語」と言われる「for+名詞 to不定詞」の形がなぜ起きるのか、そして、似た形である「It is 性質/性格 of 人 to不定詞」において、なぜforではなくofが使われるのかについてお話しします。

不定詞というのは英語で話すとき、かなり便利な表現で、必然的に上記の2つの表現はよく使うことになります。

構文が持つ意味を深く知れば、それだけ直感的な操作が可能となります。

「(人)」にとってのforとto

My family is very important to me.(自分の家族は自分にとって、とても大切です)
Mr. Goldberg is very important for us.(ゴールドバーグ氏は私たちにとって、とても重要だ)

上記の例文にあるように、「~にとって」を意味するとき、toもforもどちらも使えます。

しかし、これらの意味には微妙な違いがあります。

toが前置詞で使われるときは、ほとんどの場合、「たどり着く矢印」の意味を持ちます。

important to meなら「importantだ」という評価が直接meの元にたどり着いていること表し、これはネイティブスピーカーに言わせると「打算も何もなしに、とにかく重要」という「無償の愛」的な感覚をもたらします。

一方で、forは「遠くに見える目標」というのが根っこの意味ですから、important for usなら「何かを成し遂げる目標が私たちにあって、その達成のために重要だ」という感覚が出てきます。

forの後に目標内容を詳しく補足するのが不定詞

さて、文脈上forの持つ「目標」の内容が、言わなくてもわかるようなものである場合は、上記の例文のようにfor us(私たちにとって)だけで大丈夫です。

しかし、実際には「私たちにとって、どう重要なのか」ということまで説明する必要がある場合がよくあります。

そのための補足説明をしてくれるのがto不定詞です。

Mr, Goldberg is very important for us to carry out this plan.(ゴールドバーグ氏は私たちがこの計画を実行するのに(直訳:私たちにとってこの計画を実行するのに)、とても重要です)
⇒この会話が会社の身内だけで行われ、なおかつ「この計画の話」だということを全員了解している文脈の中でなら、for usだけで十分ですが、そうでない場合には「この計画の実行」という補足説明が必要になります。

これがいわゆる「不定詞の意味上の主語」のfor~の正体です。

不定詞の意味上の主語などと教わると、不定詞が主役で、意味上の主語である「for+人」は添え物のような感じがするでしょうが、成り立ちとしては逆であったと考えられます。

「意味上の主語」はいるかいらないか

一方で、実際に使っているときには、確かにこの不定詞の意味上の主語は「添え物」のような感じがする場合がよくあります。

不定詞の意味上の主語が不要だと感じられるときはどういう場合なのか、見てみましょう。

It’s impossible to finish this work in a day.(この仕事を1日で終わらせるのは無理だ)

不定詞の意味上の主語がない場合は、一般的な性質の話、つまり、誰にとってみても、「この仕事を1日で終わらせるのは無理だ」という話をしています。

しかし、これに意味上の主語が加わると、

It’s impossible for him to finish this work in a day.(彼がこの仕事を1日で終わらせるのには無理がある)

他の人はともかく、彼は」という、より具体的な話になります。

彼にそれをこなすだけの能力や経験がないとか、今日は、彼は他にもたくさん仕事を抱えているとか、そういう事情があって、「他の人はともかく、彼には無理だ」という話ができるようになります。

性質・性格を表す形容詞+of+人+to不定詞

次の文を見てください。

例えば「前もって私にその情報をくれるなんて、彼って親切だね」と言おうとするとき

×It is kind for him to give me the information in advance.
〇It is kind of him to give me the information in advance.

「for 人 to不定詞」をうっかり使ってしまう英語学習者は結構いるのですが、ここではofを使わないといけません。

どういう場合にforではなく、ofを使うのかというと、ofの前に「人の性質・性格」を表す形容詞がくる時で、「人の性質・性格に対する感想を述べようとする文」となるときにofが出てきます。

ではなぜ、ofが使われるのでしょうか?

ofというのは「全体から、それを構成する一部を取り出す」というのが根っこの意味です。

a piece of cakeなら「ケーキ全体から、その一部を取り出す」ということですし、a student of the schoolなら「その学校から、(学校を構成する)1人の生徒を取り出す」ということです。

そうすると、「性格 of 人」というのは、「その人から、その人を構成する性格の一部が出てきたね」という話をすることになるのです。

It’s kind of himなら「彼の親切なところが出てきたね」ということになります。

話し手と聞き手にとって、「何が原因で彼の親切なところが出てきたと思ったのか」が了解済みの場合は、It’s kind of him.で話は終わりです。

しかし、その原因まで補足説明する必要がある場合、後ろにto不定詞がつき、It’s kind of him to give me the information in advance.となるわけです。

このように、不定詞は「さらなる補足説明を行う」ときによく使われます。

そして、英語では「軽い情報(旧情報、抽象的情報、情報の骨組み)」は先に話し、「重い情報(新情報、具体的情報、情報の肉付け)」は後に話すのが鉄則なので、補足説明の働きをする不定詞は、文の後半に出てくることが多くなるのです。

7. tough構文攻略その1

意味も形も「合った」文を作る

以下の文を見てください。

〇This fridge is too large to get in the kitchen.
×It is too large to get this fridge in the kitchen.
(この冷蔵庫は大きすぎて台所に入らない)

文法の形だけを見ると、どちらもいけそうに思えるのですが、上の文は大丈夫でも、下の文は英文として意味がおかしくなります。

言葉とは、「意味と、その意味を表すための文法形式(=言葉の形)の組み合わせ」です。

したがって、意味がおかしければ、当然その言葉の形は認められなくなります。

なんでも書き換えられるというわけにはいきません。

This fridge is too large to get in the kitchen.から見ていきましょう。

「冷蔵庫」にサイズがあり、それが「大きい」と感じられるのは極めて自然です。

ですので、This fridge is too large (この冷蔵庫は大きすぎてダメだ)という冷蔵庫の大きさに対する評価の表明があり、さらに「何をするのに向かって大きすぎてダメなのか」という補足説明を表すto get in the kitchenが続きます(ちなみにtooは「~すぎる」だけでは解釈が不十分で、「~すぎてだめ・失格」というネガティブな意味まで持つ言葉です)。

一方で、It is too large to get this fridge in the kitchen.ですが、itというのは「状況」を意味する言葉です。

仮主語や仮目的語を、「形式だけがあって意味はない」と考えることは、よくありません。

さて、そうすると、It is too largeは「状況は大きすぎてダメだ」という、明らかにおかしな意味になります。

この「状況」を詳しく補足説明するのはto get this fridge in the kitchenですが、「冷蔵庫が大きい」のではなく、「冷蔵庫を台所に入れることが大きい」という意味になり、「(入れるという)行為」に大きさがあるかのような表現になるため、意味の上ではおかしいということになるわけです。

人が主語になれない表現もある

逆のパターンを見てみましょう。

今度はit isの文が自然で、人が主語になると意味がおかしくなるものです。

〇It is impossible for him to cancel the meeting.
×He is impossible to cancel the meeting.
(彼がそのミーティングをキャンセルすることは不可能だ)

it is impossibleは「状況が不可能」と述べているわけで、これは自然です。

不可能なのは「彼がそのミーティングをキャンセルする」という状況なわけです。

ところが、He is impossibleは不自然です。

heが主語で、impossibleはheの中身を表す補語です。

heの中身として、he is happyとか、he is kindなど、「彼の性格・性質」を表すのは自然でも、impossibleは彼の性格や性質とは無関係の言葉です

「彼は不可能な人だ」とは言えません。

このような「状況の性質」は表しても「人の性質・性格」は表せない形容詞の仲間には次のようなものがあります。

〇It is natural for him to be angry.(彼が怒るのも当然だ)
×He is natural to be angry.
⇒「彼」が自然なのではなく、「彼が怒るという状況」が自然。

〇It is convenient for me to visit her tomorrow.(明日彼女を訪ねるのが、都合がよい)
×I am convenient to visit her tomorrow.
⇒「私」が「都合のよい性質・性格」を持っているのではなく、「私が明日彼女を訪ねる」という状況が、私にとって都合がよい。

〇It is necessary for us to buy it before the party.(パーティの前にそれを買う必要がある)
×We are necessary to buy it before the party.
⇒「私たち」に必要性があるのではなく、「私たちがパーティの前にそれを買う」という状況が必要だということです。

人もItも主語になれる表現

では、どちらでもいける場合を見てみましょう。

This computer is easy to use.(このコンピューターは使いやすい)
It is easy to use this computer.(このコンピューターを使うのは簡単だ)

This computer…から見てみると、コンピューターの属性として「使いやすい」「使いにくい」というのは自然なので、この文は問題ありません。

It is easy to…も、「コンピューターを使う」という状況が簡単なわけですから、問題ありません。

簡単に対処できる状況ということです。

tough構文

以下の3つの例文を見てください。

〇It is difficult for him to solve this problem.(彼がその問題を解決するのは難しい)
×He is difficult to solve this problem.
〇He is difficult to get along with.(彼は付き合いにくい人間だ)

不思議なのは、同じhe is difficultでも、自然な場合と不自然な場合があるということです。

そして、difficultというのは、kindやnice、mean(意地が悪い)、arrogant(傲慢な)などと比べると、人の性質や性格を表すとは言いにくい言葉です。

なぜ3番目の文ではhe is difficultと言えるのでしょうか?

英語にtough構文と呼ばれる構文があります。

3番目の例文はtough構文の一種です。

tough構文というのは、一般に、人や物に対する「しやすさ、しにくさ」の評価を表す構文です

なぜtough構文などという名称がついたのかと言うと、toughというのは「紙ちぎれない肉」のような、「やりにくさ」のイメージを持つ形容詞で、この構文の例文で典型的に使われることから、いつの間にか通称tough構文となりました。

3番目の例文はdifficultが使われていることでわかるとおり、「しにくさ」を表しています。

すでに出てきたThis computer is easy to use.も「使いやすさ」を表すtough構文です。

次項ではtough構文の形の特徴、意味の特徴、さらに、仮主語itを使う文とはどうニュアンスが違うのかを解説していきます。

8. tough構文攻略その2

ここではtough構文の形と意味の両面から、理解を進めます。

tough構文の形の特徴

形の特徴は、「不定詞の目的語が主語になっている」ということです。

仮主語itの文:It is easy to use this computer.
tough構文:This computer is easy to use.
⇒不定詞句to useの目的語であるthis computerがtough構文の主語になり、to useの後ろの目的語は省かれる。

形でtough構文が判断できると、以下の文が正しいかどうかわかります。

×He is impossible to cancel the meeting.
⇒不定詞句to cancel the meetingの目的語であるthe meetingがそのまま残っており、主語にもなっていません。

The meeting is impossible for him to cancel.(彼にとってその会議は絶対にキャンセルできない)
⇒to cancelの目的語を主語にしています。

前項の最後で出た

×He is difficult to solve this problem.も、不定詞句to solve this problemの目的語であるthis problemがそのまま残っており、主語にもなっていないので不適格な文だということがわかります。

this problemを主語にして、This problem is difficult to solve.とすれば自然な文になります。

一方で、

He is difficult to get along with.

は、to get along withの目的語であるhimが主語heになって文頭で使われています。

よって形式的にtough構文として適格な文だということがわかります。

tough構文の意味の特徴

tough構文は意味に大きな特徴があります。

話し手が対象に対応するときに感じる「やりやすさ、やりにくさ」を表すというものです。

そして、もう1つ大事なのが、恒常的な性質・性格を表す構文だということです。

人に対しての評価なら「この人っていつもこうだよね」、物に対しての評価なら「これって、いつもこうなんだよね」という感じです。

This computer is easy to use.
⇒このコンピューターが持つ恒常的性質(いつも使いやすい)を話し手が評価しています。

こう考えると、普通は人の性質・性格を表さないeasyやdifficultなども、その人に対する「やりやすさ・やりにくさ」を表すために使えることがわかります。

×He is difficult to solve this problem.
⇒意味の面から考えたとき、「この問題を解決するのが難しい」のは、彼の性質・性格を評価することと何の関係もないから、この文はtough構文としておかしいです。

The meeting is impossible for him to cancel.(彼にとってその会議は絶対にキャンセルできない)
⇒その会議が持つ性質(どんなときもキャンセルができないという類の会議)を述べています。impossibleは「やりにくさ」の極致を表す形容詞と考えます。例えば社長が直接出席する定例会議などです。

He is difficult to get along with.(彼は付き合いにくい人間だ)
⇒意味の面から考えたとき、「一緒にうまくやっていくのが難しい」のは、彼への対処の「しやすさ・しにくさ」を評価する要素となります。したがってこの文はtough構文の表そうとする意味として自然です。

仮主語itの構文とtough構文の意味の違い

He is difficult to get along with.と、It is difficult to get along with him.は、ただの書き換え表現であり、両者はほぼ同じ意味だと考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際には意味が違います。

まず、tough構文ですが、主語にitではなく、人や物がきます

これが意味するところは、「情報の主役(主語)が、状況(it)ではなく、人や物だ」ということです。

このため、今回限りの状況の話ではなく、その人や物が持つ「いつもこうだよね」という性質に焦点が当たります。

He is difficult to get along with.(彼は付き合いにくい人間だ)
⇒「彼っていつもこういうやつだよね」というところに話の焦点が当たります。

一方で仮主語itは「状況」を意味しますから、それが主語になると、「いつもというわけではないけれど、今回に関しては(現在形)とか、そのときに関しては(過去形)、そういう状況だった」ということを表せるようになります。

It is difficult to get along with him.((今回)彼とうまくやるのは難しい)
⇒例えば、彼1人が強固に今回のプロジェクトに反対していて、とても非協力的になっている、という「今回の状況がもたらす事情」を反映した言い方にできます。

It was difficult to get along with him.((あのとき)彼とうまくやるのは難しかった)
⇒過去を振り返り、「あの状況の中では、彼とはうまくやれなかったな」と思っています。

もちろん、彼の恒常的な性格を表す文として、上記の仮主語の文を使ってもかまいません。

しかし、はっきりと「彼はそういう人間だ」ということを表してくれるのは、tough構文です

to不定詞の「態」

最後に、応用編として、to不定詞の「態」についてお話しします。

×John is tough to be pleased.(ジョンは喜ばせにくい男だ)

上記の文のどこがおかしいか、わかりますか?

不定詞to be pleasedですね。

英語学習者の中には、「主語がJohnでしょ。pleaseは『喜ぶ』じゃなく『喜ばせる』という意味の動詞。Johnは喜ばされる立場だからbe pleasedというふうに受け身にしないといけないんじゃないの?」と考える人がいます。

しかし、意味をよく考えてみると、We please John.することが難しいわけです。

つまり、tough構文であるこの文は

It is tough for us to please John. →John is tough (for us) to please.
(ジョンは、(私たちにとって)喜ばせにくい)

というふうに、「話し手(we)」から見たジョンの「喜ばせやすさ」の評価ですので、「話し手=『喜ばせる』立場」として、不定詞の部分はto pleaseという能動態にならないといけないのです。

したがって、John is tough to pleaseとなります。

9. haveやgetの使役構文

haveやgetを使って「~してもらう」とか「~される」という意味を出す構文があります。

・I had my son carry my bag.(私は息子にカバンを運んでもらった)
・I got Andy to fix my car.(私はアンディに自分の車を直してもらった)
・I had my car stolen.(私は車を盗まれた)

特に3つ目の例文は英語学習者が

×I was stolen my car.

とやってしまうことで有名なものです。

なぜhaveやgetを使ってこのような意味が出るのか、文の構造と意味の発生原因を見ていきましょう。

haveのこの構文は典型的な第5文型です。

I had my son carry my bag.
⇒my sonはカバンを選ぶ「立場」

直訳すると、「私は『自分の息子=私のカバンを選ぶ』という状況を持った」ということになります。

動詞hadは主語Iから出る力なので、「私の意図によりそういう状況を持った=私の意図により息子にカバンを選んでもらった」という意味が出てきます。

haveの後ろにくる目的語が「する立場」なのか「される立場」なのかで補語の動詞の形が変わります。

目的語が「する立場」の場合、補語は動詞の原形が、「される立場」の場合、補語は過去分詞がきます。

I had my car stolen.
⇒my carは人によって「盗まれる」立場

直訳すると、「私は『自分の車=盗まれる』という状況を持った」ということになります。

意地の悪い解釈をすれば、「私は自分の車を盗んでもらった」というふうに取れないこともないですが、(言葉選びのレベルではそういうこともジョークとして言ったりします)、常識で考えて依頼し盗んでもらうというのは特殊なことなので、普通は「被害」の意味で解釈します。

ついでに、「私は車を盗まれた」がI was stolen my car.ではなぜダメなのかも説明しておきます。

能動態の文でこういう文が考えられます。

Someone stole my car.(誰かが私の車を盗んだ)

stealは主語に「盗む側」、目的語に「盗まれる側」がくるという構文をとります。

この文には被害者である「私」は一切出てこないのです。

ですから、これを受動態にしても、

My car was stolen by someone.(私の車が(誰かに)盗まれた)

というふうになります。

やはり被害者である「私」は文に出てこないのです。

英語は「する側とされる側の関係」を語りますので、「盗む側(盗人)と盗まれる側(車)」の関係だけが語られます。

日本語の受け身はそこに「被害の影響を受ける人」を加えることができるので(「迷惑受け身」「間接受け身」などと呼ばれます)、「私は車を盗まれた」などと言うことができます。

英語でそれをするなら「私はある状況を抱えた。その状況の内容は、私の車=盗まれるという状況」という考え方をしなければいけません。

そこでI had my car stolen.という文が出てくるわけです。

もちろん、この構文では、過去分詞が必ず被害を表すわけではありません。

基本の意味は「Sが『O=~される』という状況を抱える」にすぎません。

・I had the wall painted.(私は壁にペンキを塗ってもらった)
・She had her shoes repaired.(彼女は靴を修理してもらった)

get 人+to不定詞:人に頼んだり、説得して~してもらう

getで使役を表すときに、to不定詞を使う構文があります。

I got Jim to drive me to school.(私はジムに頼んで、学校まで車で送ってもらった)

この構文では単に「してもらう」というよりは、お願いしたり、説得したりして、やってもらうという感じが出てきます。

まず、I got Jimで、文字通り「私は彼を手に入れた」わけです。

で、その後、drive me to schoolという行動にto(たどり着く)わけです。

ジムを捕まえて、頼むよ、とお願いして、それからdrive me to schoolにたどり着く。

to不定詞のtoという「→」も、「まず人を手に入れてお願いして、それから目的の行為にたどり着く」という「説得と実現の間にある時差」を表すのに一役買っていると考えることができます。

補語が形容詞か過去分詞のパターン

getの第5文型で、補語が形容詞か過去分詞というパターンもあります。

He got his children ready for school.(彼は子供たちに学校の準備をさせた)
⇒彼は「子供たちに学校への準備ができている」という状況を手に入れた。

We got the project started.(私たちはその計画を始動させた)
⇒プロジェクトは「始動される」立場。私たちは「その計画=始動される」という状況を手に入れた。

ここはgetの代わりにhaveを使っても構いません。

しかし、getの方が「頑張ってそうした」という感じが出ます

getは「手に入れる」ということですから、「手に入れるために頑張った」という感じが出やすいのでしょう。

一方haveは例えばI have a pen.(私はペンを今持っている)というように、「(すでに)持っている」ということですから、手に入れる苦労は表れず、努力のいらない決まり切った行為に使われるのが普通です。

上記の例文を応用すると、We had the project started.なら、もうプロジェクトがスタートするのはごく当たり前のことで、すごくスムーズに何事もなく始動している感じがします。

一方で、getでは「やっと手に入れた感」があり、そのため「いよいよ、ついに始動」という感じがします。

またこのような、getの「手に入れる」という「力を加える感」は、相手に「グイグイ行く」感じを与えることから、フレンドリーな表現になると英語のネイティブスピーカーは感じています。

逆にhaveは力を与える感じが少ないからか、少し突き放した、冷たい事務的な言い方に感じられるそうです。

したがって、仕事などで使うときはhaveが多くなります。

I got my boyfriend to buy me dinner for the celebration.(お祝いに、彼氏に晩御飯おごってもらっちゃった)
I had my boyfriend to buy me dinner for the celebration.
⇒何か事務的で、命じておごらせたような言い方。二人の関係はそんなに冷え切っているのかな、と思わせてしまうかもしれません。

10. 原形不定詞と~ing

第5文型で「~させる」という使役の意味を出す動詞にkeep、leave、make、haveなどがあります。

このうちkeepとleaveは~ingと相性がよく、makeとhaveは動詞原形(つまり原形不定詞)と良い相性を持ちます。

原形不定詞と~ingの大きな違いは「動作の最初から最後までの丸ごと」なのか「動作の途中・最中」なのか、ということです。

以下の例文を見てみましょう。

・He kept me waiting for two hours.(彼は私を2時間待たせた)
・Someone left the water running.(誰かが水を出しっぱなしにした)
・He make his children stop it.(彼は子供たちにそれをやめさせた)
・They had us close the gate.(彼らは私たちにその門を閉めさせた)

keepとleaveでは~ingを使っていますが、一方でmakeやhaveでは動詞の原形を使っています。

ルールとしてそう覚えておくことは悪いことではありませんが、欲を言えば「ここは~ingのほうが自然」「ここは動詞原形のほうが自然」と感じられるようになりたいところです。

そうすればよりスムーズに、瞬間的に、英語を書いたり話したりできるようになります。

ingとkeep、leaveが相性が良い理由

~ingは動作の途中を表しますので、keepやleaveのような動詞とは相性が非常に良いです。

keepは「ある動作の最中の状態を保持しておく」ことですし、leaveは「ある動作の最中の状態をそのままにしてその場を立ち去り、放置する」ことを意味するからです。

ですから~ingと一緒に使います。

keepは力を抜いたら止まってしまう動作を、止まらないで継続できるよう力を込め続けるイメージを持ち、leaveは、その場を去ることで、放置する、力を抜くイメージを持ちます。

原形とmake、haveが相性が良い理由

動詞原形は動詞の「裸」系ですから、動作動詞なら動作の開始から終了までの丸ごとを意味します

makeは使役動詞で「~させる」ということを意味しますが、それはつまり、「ある動作を完成させる」ということです。

He made his children stop it.ならば、「それをやめる」という動作を、完全に「作り上げる」ということを意味しています。

したがって、stopは「やめる」という動作丸ごとを表すことになり、ここに~ingなどは使えない、動詞原形を使わなければいけない、ということがわかります。

haveの使役構文も同様です。

「あることをしてもらう」=「ある動作が完成した状況を持つ」ということで、動詞の原形を使うと考えられます。

~されるなら過去分詞

keep、leaveグループとmake、haveグループの間には上記のような違いがありますが、目的語の名詞が「される」立場の場合は両者とも補語には過去分詞がきます。

・Keep the door closed.(ドアを閉めたままにしておいて)
・Don’t leave the door closed.(ドアを閉めっぱなしにしないでね)
⇒目的語であるdoorの立場で考えます。ドアは人によって「閉められる」立場なので、補語には過去分詞のclosedがきます。
・I tried to make myself heard.(自分の声が届くように頑張った)
⇒自分(の声)は人によって「聞かれる」立場。
・I had my parcel sent.(小包を送ってもらった)
⇒小包は人によって「送られる」立場。

これらがすべて過去分詞になるのは、「なされる」ということが、「なされてしまった後(完了)」と解釈されるのが自然で、この状態を維持するのがkeep、この状態のまま放置するのがleave、この状態の形を作る(実現する)のがmake、この状態を持つのがhaveということだからです。

知覚構文での原形不定詞と~ingの違い

すでに、現在進行形の項で、知覚動詞とは何かということを説明しました。

see、hear、feelなど「入ってきた情報に、五感を通して気付く」という意味の動詞です。

そこで出てきた知覚動詞には、知覚構文という構文をとることがよくあります。

I saw him enter the room.(私は彼が部屋に入るのを目にした)
⇒動詞原形の場合は「動作の開始から終了までの丸ごと」。ここでは「部屋への入り始めから入り終わるところまでの一部始終」を目にしたことを表します。

I saw him entering the room.(私は彼が部屋に入るところを目にした)
⇒~ingの場合は「動作の途中・最中」ということ。ここでは「部屋に入ろうとしているその途中」を目にしたことを表します。

I heard my name called.(私は自分の名が呼ばれるのを耳にした)
⇒目的語が「する立場」なら、補語は原形か~ingだが、「される立場」なら補語には過去分詞。「私の名」は人によって「呼ばれる」立場。

さて、大体の感じがつかめたところで、問題です。

I smelled something [burn/burning].(何かが焦げる匂いがした)

これはburnとburningのどちらが自然でしょうか?

「焦げ始めから焦げ終わりまでの一部始終」の匂いを嗅ぐのと、「焦げている最中」の匂いを嗅ぐのとでは、当然後者の方が自然ですね。

このような感覚がつかめれば、自身の直感で原形と~ingの選択を意識的にできるようになります。