現在分詞、過去分詞を理解しよう

現在分詞、過去分詞を理解しよう

1. ingとは何か

ingの根っこを考える

現在分詞、つまり~ingは現在進行形だけでなく、動名詞、分詞の形容詞的用法、分詞構文、というふうに様々な形で使われています。

これらはすべて、~ingの形はとっても全く異なるものなのでしょうか?

それとも品詞や用法は違っていてもそこに流れる共通の感覚はあるのでしょうか?

言語的な答えを言えば、「形が同じなら、共通する意味はある」のです。

現在進行形のところで述べたとおり、~ingの根っこの意味は「動作の途中・最中」です。

この項では各用法の中に~ingのこの「根っこの意味」がどのように生きているのかをざっと見渡してみます。

進行形:~ingの動詞用法

「be動詞+~ing」の形にして、文の中で動詞として使うのが進行形です。

1つの動作を「やり始め」「やっている途中」「やり終わり」の3つのアスペクト(相)に分けたうちの、「やっている途中」の部分を抜き出したものです。

He was listening to the music.(彼は(そのとき)音楽を聴いていた)
⇒「よし音楽を聴こう」と耳を向け(動作開始)、その後、「音楽を聴いている途中」という状態が出現します。この後しばらくして「彼」は音楽を聴くのをやめます(動作終了)。

動名詞:~ingの名詞用法

動名詞や不定詞の名詞的用法は日本語で言えば「~すること」です。

「~する」という動作を「事柄化」することで、動詞を名詞化しているわけです。

ここでは動名詞~ingのイメージを説明します。

動名詞のイメージは、動画の一部を写真にして切り取り、取り出す感じです。

例えば「テニスをする」という動作を写真にして切り取ると、どんな絵が写るでしょうか?

それは「テニスをしている最中・途中」の絵ですよね。

つまり~ingの絵が出来上がります。

それが「テニスをすること」を表すplaying tennisです。

Playing tennis is fun.(テニスをするのは楽しい)

動名詞は動詞を名詞化したものである、というのは、動名詞を代名詞itで置き換えて意味が通ることでもわかります。

He likes traveling. →He likes it.
「彼は旅行が好きだ」→「彼はそれが好きだ」

分詞の形容詞的用法:形容詞とは、名詞の様子を説明する言葉

~ingを「~している(最中の)〇〇」というふうに形容詞としても使うことができます。

a running man「走っている(最中の)男の人」

形容詞は名詞を修飾します。

修飾とは「様子を説明すること」だと考えるとわかりやすいでしょう。

ここでは「男の人」という名詞がどんな男の人なのかを説明するために「走っている」という言葉が使われています。

そして、ここでも~ingには「~している最中の」という意味がこもっています。

I don’t know the girl speaking Chinese.(中国語を話している(最中の)その女の子を私は知らない)

「~している最中の」ということは、「一時的に今そうなっている」ということを表します。

上の文でも「今中国語を話している最中である女の子」ということです。

今一時的にそうなっているだけです。

ですから、「いつもそうする○○」という言い方はできません

そういう場合は関係代名詞が出てきます。

I don’t have any friends who speaks Chinese.(中国語を話す友人は1人もいない)

上記の文などは、「いつも話す言葉は中国語」という意味で現在形が使われています。

any friends speaking Chineseとすると「今一時的に中国語を話している最中の状態にある友達」という意味になり、ふさわしくありません。

分詞構文は「分詞の副詞的用法」

分詞構文は現在分詞(~ing)や過去分詞(~ed)を副詞として使っているものです。

副詞にはいろんな働きがありますが、一番大きな働きは、動詞を修飾すること、つまり、動作の様子を説明することです。

例えば「走る」は動詞ですが、どんな風に走るのかを説明する「速く(走る)」「ゆっくり(走る)」「友達と(走る)」などは副詞です。

Seeing me, he ran away.(私を見て、彼は逃げた)

Seeing meは分詞構文です。

「逃げた」という動作がどうして起きたのかを説明しているので副詞の働きをしていると言えます。

2. MEGAFEPSなんて暗記するなその1:不定詞編

「英語って暗記科目だなぁ~」と多くの人が思うようになる項目の1つに、いわゆる「MEGAFEPS」というのがありますね。

これは動詞の後ろにくる目的語が不定詞にならないといけないのか、それとも動名詞にならないといけなきのかを判断するときに、「mind、enjoy、give、avoidなどといった動詞の目的語には動名詞がくるよ」というのを覚えるためにそれぞれの動詞の頭文字をとって並べたものです。

確かに外国語を勉強するのに「覚える」ということは避けて通れません。

しかし、「何でも丸暗記する」というのと「効率よく覚える」というのは話が違います

この項ではもっと直感的にこのルールを使いこなせるよう、不定詞と動名詞のイメージを掴みながら自分の感覚で使い分けを判別できるようになりましょう。

皆さんは、「ルールに従う」側から「ルールを使役する」側へとなっていくのです。

不定詞のto①これから向かう

toの根っこの意味は「→」です。

ただし、その「→」をどういう方向から見るかによって意味が大きく2つに分かれてきます。

1つは「これから向かう」、もう1つは「到達している」です。

to不定詞は多くの場合、「これから向かう」の意味となります

前置詞のtoはほとんどの場合「到達している」という意味になり、あとは、I am happy to see you.(あなたに会えて嬉しい)というような「感情の原因」を表す不定詞や、He grew up to be a doctor.(彼は大人になって医者になった)のような「結果」を表す不定詞などが「到達」を表すtoを使います。

動詞の目的語に不定詞を持ってくる場合、ほとんどの場合は「これから向かう」のto不定詞です。

例えば「何か食べたい」という願望を表すとき、食べたいと願っているだけで、食べるのはこれからになるはずです。

英語で言えばwantは願望を表します。

そして、wantの後にくる「願望の内容」は「これからすること」になるはずです。

そこで「これからすることに向かう」を意味するto不定詞がwantの目的語にやってきます。

・I want to eat something.(何か食べたい)
⇒何をすることに向かってwantな気持ちなのか。

・They never expected to see the rock star.(彼らはそのロックスターを目にすることができるとは、つゆとも思っていなかった)
⇒何をすることに向かって全くexpectしていなかったか。expectは「期待する」というよりは「状況からして当然こうなるものと予測する」という感覚の言葉であることに注意。

・Attention needs to be paid.(注意を払う必要がある)
⇒何をすることに向かってneedなのか。

このようにwant(欲しい)、expect(当然これからそうなるものと思う)、need(必要である)などすべて、「今は思っているだけで、実現するのはこれから先」という特徴を持っています。

そこで「これからすることに向かう」ことを意味する不定詞のtoがうまくマッチするのです。

agree to (do~):~することで合意する
⇒合意するのは今。実行するのはこれから。
hope to (do~):~することを希望する、~できるといいなと思っている
⇒希望するのは今。実現するのはこれから。
decide to (do~) :~することにする
⇒決心するのは今。実行するのはこれから。
promise to (do~) :~すると約束する
⇒約束するのは今。実行するのはこれから。
offer to (do~) :(他人のためにすすんで)~しようと申し出る
⇒申し出るのは今。実行するのはこれから。
refuse to (do~) :~することを拒絶する
⇒これから~する、ということを拒絶する。

不定詞のto②「到達している」

一方で、少数派ですが、「到達」のイメージのtoが使われている不定詞もあります。

これら「到達」組は少数派なので、覚えてしまった方がよいでしょう。

manage to (do~):どうにか~する
⇒動作の完成になんとか「到達」する。
He managed to finish the beer.(彼はなんとかビールを飲み干した)
learn to (do~):(学んだり、訓練した結果)~することができるようになる
⇒(学んだ結果)~するという技術を身につけるところまで「到達」する。
She learned to drive a car during the summer.(彼女は夏の間に車を運転できるようになった)

こうした動詞の目的語を動名詞にするとなぜおかしくなるのか?

では、これらの動詞の目的語をためしに動名詞にすると、どのようにおかしくなるのでしょうか?

動名詞は~ing。つまり、「動作の途中」です。

例えば、I want eating something.としてしまうと、どうなるのか?

eatingは「食べている最中」ですので、「食べたいなぁ」と思っているときに「食べている最中」になってしまいます。

極端に言えば「食べながら、『何か食べたいなぁ』と思っている」感じですね。

他にも例えば、We decided to go camping.(私たちはキャンプに行くことにした)をWe decide going camping.にしてしまうと、「行くことを決めたときにはもう行っている最中」という感じになってしまいます。

3. MEGAFEPSなんて暗記するなその2:動名詞編

ここではどういう動詞の目的語に動名詞がくるのかを説明します。

動名詞は~ingですから、「動作の途中・最中」というイメージは必ず影響力を発揮します。

その1:同時発生。「Aしている最中にBを行う」

目的語に動名詞をとることで有名な動詞にenjoyや、finishがあります。

その理由を見てみましょう。

I enjoyed swimming.(私は水泳を楽しんだ)
⇒「泳いでいる最中」に「楽しいなぁ」と感じている。
×I enjoyed to swim.
⇒楽しいなぁと思っているのは今なのに、実際に泳ぐのはこれからという矛盾。

He finished reading the new novel.(彼はその新しく出た小説を読み終わった)
⇒「読んでいる最中」の本を終わらせる。
×He finished to read the new novel.
⇒終わらせたのは今なのに、実際に読むのはこれからという矛盾。

このように「動詞+動名詞」になることで、「Aしている最中にBを行う」という意味が出ます。

つまり、同時発生とでもいえるイメージが発生するわけです。

同時発生の形をとる動詞には以下のようなものがあります。

give up ~ing:~するのをやめる
I gave up smoking.(私はタバコをやめた)
⇒finish ~ingと同じ感覚。これまでずっとやり続けていた最中のものを、あきらめてやる。他にも例えば、I gave up trying to convince her.(私は彼女を納得させようとするのをあきらめた)ならこれまで説得を試み続ける最中の状態が続いていたが、それをやめた、ということです。

avoid ~ing:~するのを避ける
Avoid using the same password.(同じパスワードを使うのは避けてください)
⇒例えばボクシングで、相手がまだパンチを打っていないのに避ける人はいません。相手のパンチがやって来る「最中」に、避けられる動作を行うはずです。したがってavoidは「Aが来る最中にそれを避ける」という同時発生の感覚が出ます

put off ~ing:~するのを延期する
I put off buying a house.(私は家を買うのを延期した)
⇒offは「離れている状態で」という意味なので、put offで「いったん脇へ置いておく」
「延期する」という意味になります。買うのをやめたわけではなく、延期しているだけなので、「買うモード」の最中に居続けています。put offと同じく「延期する」という意味のpostponeの目的語にも動名詞がきます。

stop ~ing:~するのを中断する
I stopped smoking.(タバコの火を消した)
⇒stopは「いったん中断する」というイメージが強いです。stop ~ingは「やっている最中のものをいったん中断する」ということです。もし、「タバコ(という習慣を)をやめる」「禁煙する」という意味ならI quit smoking.が一番よく使われます。

以上で、いわゆる“megafeps”のうちのenjoy、give up、avoid、finish、put off (postpone)、stopは「同時発生」のイメージに基づいて目的語に動名詞をもってくることがわかりましたね。

その2:「頭に浮かぶ映像」は必ず~ingになる!

動名詞を目的語に持ってくるシステムは、もう1つあります。

それは「頭に映像が浮かぶことを表す動詞は、目的語に~ingをとる」というものです。

例えば皆さん、今朝は何を食べました?思い出してください。

私は鮭の切り身を食べました。

私の頭の中にはちょうど鮭の切り身を箸でほぐしている「最中」の映像が浮かびましたよ。

皆さんはどうでしたか?

人間が何かを思い出すとき、そこに浮かぶ映像は「何かをしている最中の映像」になるはずです。

remember
I remember seeing him at the party.(私はそのパーティーで彼に会ったことを覚えている)
⇒rememberは「記憶」を表す動詞。目的語に~ingが来ているときには「何かをしている最中」の記憶の映像が頭に浮かんでいることを表します。記憶の映像だから必然的に「過去の出来事」になります。
Remember to see him next Sunday.(次の日曜日に彼に会うことを忘れないでね)
⇒「予定を覚えている」ということを言いたいなら、「これからやること」の話になるのでto不定詞がrememberの目的語になります。

forget
Oh, no! I forgot buying a sandwich.(わぁ、サンドイッチ買ったの忘れてた)
⇒記憶である~ingの映像を失ってしまうことが、「忘れる」ということです。ここではサンドイッチを買ったという記憶をなくしてしまっていたということになります。
Oh, I forgot to buy a sandwich.(あ、サンドイッチ買うのの忘れてた)
⇒これからサンドイッチを買うつもりだった、買う予定だったのを忘れていたということです。「これからやるべきこと」を忘れているので目的語にはto不定詞がきます。

admit(認める)、deny(否定する)も「過去に~したことを認める・否定する」という意味のときに、目的語に動名詞をつけます。

これも、過去の記憶を思い浮かべながらそれを認めたり、否定しているからだと考えられます。

ただし、rememberやforgetと違い、admitとdenyは、意味の上では明確に「記憶」を表すための動詞とは言えません。

そこで、「過去の記憶の話である」ということをはっきり表すために「having+過去分詞~」という完了動名詞の形にして目的語に使う人もよくいます。

・He admitted breaking (having broken) into the house.(彼はその家に押し入ったことを認めた)
⇒admitは認めたくないことを「しぶしぶ」認めるイメージを強く持ちます。
・I denied being (having been) by myself on that night.(私はその夜1人でいたということは認めなかった)

最後になりますが、「想像」も「頭に浮かべる映像」です。

したがって、「想像する」を意味するimagineの目的語には動名詞がきます。

I imagined flying in the sky.(私は空を飛ぶところを想像した)

consider(~かどうか考える)は、いろいろ頭の中で迷いながら「どうしようかな」と考える、つまり頭に映像を浮かべることを意味します。

He considered attending the meeting.(彼は会議に出席しようかどうかと考えた)

megafepsのmであるmindも「頭の中で想像してから、『いや、やっぱりいいや』という気持ちになる」動詞です。

Do you mind helping me?
直訳:私を手伝うのはやっぱり嫌ですかねぇ…?
和訳:私を手伝ってもらえませんか?
⇒手伝うところを想像して、やはり嫌だなと思うかどうかを尋ねることで、すごく控えめに手伝うよう依頼しています。

4. 分詞構文の読み方

分詞構文は、多くの英語学習者が苦手とするパートです。

慣れてしまえばすごく楽に使うことができる便利な表現方法なのですが、そこに至るまでに、「何かよくわからない形のルール」みたいなものがあり、それが学習者の気持ちをくじいています。

本項では分詞構文の「読み方」を、次項では「作り方」を解説していきます。

そうすることであなたの理解は複眼的になり、より簡単に分詞構文を身につけることができるようになるはずです。

「この位置に来れば副詞」3つの位置

本項では、分詞構文の読み方を中心に理解していきましょう。

まずは、「この文は、分詞構文だな」と判断できなければ、その読み方を当てはめることもできません。

したがって、どういう文なら分詞構文だと言えるのかを見ていきましょう。

分詞構文は分詞の「副詞的用法」です。

副詞は主に「動詞の様子を説明する」ための言葉です

例えば、「起きる」という動作を考えてみると、どのように「起きる」のかを説明する言葉があります。

「早く起きる」とか、「ゆっくり起きる」とかですね。

この「早く」とか「ゆっくり」というのが副詞です。

英文の中で副詞がくる位置というのは大まかに決まっています

したがって、その位置に~ing(=現在分詞)が過去分詞で始まるかたまりがあれば、それは分詞構文だと言えます。

その位置は以下の3つです。

①文頭:S+Vの前

At the party, I found myself very nervous.(パーティで、私は自分がとても緊張しているのがわかった)
⇒at the partyは「どこで緊張している自分をfoundしたか」という「動作の発生場所」を説明しているので、副詞です。

Talking with her, I found myself very nervous.(彼女と話をしていて、私は自分はとても緊張しているのがわかった)
⇒talking with herは、「どういう状況で緊張している自分をfoundしたか」という「動作の発生状況」を説明しているので副詞です。

②文中:否定文にしたときにnotが来る位置

He didn’t remain silent.(彼は黙ったままではいなかった)
⇒didn’tは「remain」という動作がなかったことを説明しているので副詞です。

He, not knowing what to do, remained silent.(どうしたらよいかわからなくて、彼は黙ったままでいた)
⇒not knowingはdidn’tと同じ位置にきています。また、「なぜremain silentしたのか」という「動作の理由」を説明しているので副詞です。

③文末:文が終わった後に「カンマ+分詞~」の形

She ate breakfast at eight in the morning.(彼女は朝8時に朝食を食べた)
⇒at eight in the morningは「いつeat breakfastしたのか」という「動作の発生時間」を説明するので副詞です。

She ate breakfast, reading the newspaper.(彼女は新聞を読みながら、朝食を食べた)
⇒reading the newspaperは「何をしながらeat breakfastしたのか」という「動作の様子」を説明しているので副詞です。

いろいろな訳し方がある分詞構文の「根っこ」の読み方

「これは分詞構文だな」と判断できたら、次にその読み方です。

分詞構文は「」「理由」「条件」「付帯状況」など、様々な訳し方があります。

だから学習者は「どういうときにどういうふうに訳し分けをすればいいの?」と困ってしまいます。

しかし、分詞構文の形は~ingで変わらないのですから、根っこの読み方も変わらないわけで、そこから枝葉のようにいろいろな訳し方が広がっていくわけです。

いきなり枝葉を見れば混乱しますが、根っこから辿れば、適切な枝葉にたどり着くのは難しいことではありません。

根っこの読み方
現在分詞(~ing):「~て」
過去分詞(~edなど):「~されて」

Driving a car, he had an accident.(車を運転していて、彼は事故に遭った)⇒時
Being sick, I stayed home.(病気(という状態)で、私は家にいた)⇒理由
Turning right, you’ll find the shop.(右に曲がって(=右に曲がれば)、その店が見つかりますよ)⇒条件
Pushed by me, the shopping cart fell over.(私に押されて、ショッピングカートが倒れた)⇒理由
・He, not knowing what to say, kept looking at the ground.(彼は何と言っていいかわからなくて、地面を見続けた)⇒理由
・She kept talking to me, shaking our hands.(彼女は握手をして(=握手をしたまま)、私に話し続けた)⇒付帯状況
⇒「~しながら・したまま」を表します。文末の分詞構文はこのパターンが多いです。

なぜ「~(し)て」が根っこの読み方になるのかというと、分詞構文は~ingで出来上がっているからです。

受動態の場合には過去分詞を使いますが、それは単に「being+過去分詞」からbeingが省略されただけのものです。

したがって、分詞構文である以上、すべて~ingから出来上がっています

ということは、「動作の最中・途中」という感覚が根っこにあることがわかります。

「Aしている最中、Bを行う」という感覚が基本にあるわけで、この「Aしている最中」が「Aしていて」という感覚の元になっているのです。

5. 分詞構文の作り方

前項に引き続き、本項では分詞構文の作り方を見ていきましょう。

分詞構文を作るポイントは2つです。

①言わなくてもわかることは言わない
②2回同じことは言わない

ではさっそく作ってみましょう。

・When he saw me, he ran away.(彼が私を見たとき、彼は逃げた)⇒時
・Because he saw me, he ran away.(彼は私を見かけたので、彼は逃げた)⇒理由
・If he sees me, he’ll run away.(彼が私を見たら、彼は逃げるだろう)⇒条件

上記の3つの文を見てみると、こんなことが言えないでしょうか?

(1)「時」だろうが、「理由」だろうが、「条件」だろうが、結局全部「~(し)て」と訳せないか?
(2)「彼は」が2回繰り返されるのは、うざくないか?

上記2つのポイントを考えて和訳を作ってみると、

「私を見て、彼は逃げた」(時)
「私を見て、彼は逃げた」(理由)
「私を見て、彼は逃げるだろう」(条件)

となり、自然な日本語の文が出来上がることがわかります。

「~して、~する」という、この感覚をそのまま英語にするのが分詞構文の作り方です

順を追って作り方を見てみます。

[1] When (Because) he saw me, he ran away.
⇒「時」だろうが、「理由」だろうが、どっちでも大して変わりはないので、接続詞(when もしくはbecause)は消してしまいます。
[2] he saw me, he ran away.
⇒heを2回繰り返すのはくどいし、そもそも2回も言わなくてもわかることですので、一方を消します。どちらを消すかですが、he ran awayは結論で、より重要な情報なので、こちらのheは残します。説明のための情報であるhe saw meの方のheを消します。
[3] saw me, he ran away.
⇒「~して」という感覚を出すために、sawをseeingにします。これにより、「meをseeしている最中、heはrun awayした」、つまり「meをseeして、heはrun awayした」という文になります。
[4] Seeing me, he ran away.

重要:主語が同じでなければ残す

前後の節の主語が同じだと、2回同じことを言わなくてもわかるから、片方を消します。

逆に言えば、「前後の節の主語が同じでなければ、両方とも残さないといけない」ことになります。

分詞構文を作るときには一番気を使わないといけないところです。

[1] Because it was sunny, we went to the park.(晴れていたので、私たちは公園に行った)
⇒接続詞becauseを消します。
[2] it was sunny, we went to the park.
⇒前後の節の主語が異なるので、主語を両方とも残します。Becauseがついていた副詞節の動詞であるwasをbeingにして、完成です。
[3] It being sunny, we went to the park.

なぜこれが重要なのかというと、単純に「~して…」というのが分詞構文だとだけ覚えてしまうと、「晴れてて、公園に行った」という脳内の日本語をそのまま英語に置き換えて、

×Being sunny, we went to the park.

としてしまう人が多いのです。

主語に意識を向ける癖をつけていれば、「天気の主語はitだから、前後が異なる主語になるな。じゃあitも残さないとな」と考えることができるようになります。

慣れるまでは大変ですが、はじめのうちはきちんと意識を向けておくべきことです。

このような主語が残された分詞構文を文法的には「独立分詞構文」と呼びます。

このパターンは、There is/are構文の分詞構文でよく見られます。

Since there was no bus service, we had to walk home.
→There being no bus service, we had to walk home.
(バスの運行がなかったので、私たちは家へ歩いて帰らなければならなかった)

ここで皆様の中には、「なぜわざわざbeingにしなきゃいけないんだ?There was no bus service, we had to walk home.じゃだめなのか?」と思う方もいるかもしれません。

しかし英語では2つの「S+V~」(これを「節」と呼びます)を接続詞なしに、カンマだけでつなぐことを文法上、良しとしないのです。

ですから、there was no…なら普通の節なので、接続詞を使ってつなぐ必要があります。

この場合の接続詞はsinceですね。

sinceは「~なので」という「意味」だけでなく、節と節をつなぐ接続詞という文法的役割を持っているのです。

受動態の分詞構文はbeingを省略する

「言わなくてもわかることは言わない」が分詞構文の鉄則です。

したがって、受動態の分詞構文はbeingを省略します

be動詞は「~という状態で存在している」という非常に抽象的な意味で、取り立てて言わなくても意味は通じるからですね。

普通の文なら動詞があることで、それが現在なのか、過去なのかが初めてわかるようになっているのですが、分詞構文なら主語は別にあるので、動詞の時制は主語の動詞に任せればいいわけです。

[1] Because she was pushed by Tom, Mary fell down.(トムに押されて、メアリーは倒れた)
[2] Because she being pushed by Tom, Mary fell down.
[3] Being pushed by Tom, Mary fell down.
[4] Pushed by Tom, Mary fell down.

副詞節の時制が主語より古ければ、「having過去分詞」にする

普通は主節の動詞に時制の説明をお任せするのが分詞構文ですが、副詞節と主語の時制が違えば、それは分詞構文でも説明しなければいけません。

主語より1つ前の出来事を分詞構文では「having+過去分詞」で表します。

[1] Because I drank too much last night, I have a headache today.(昨夜飲みすぎて、今日は頭が痛い)⇒副詞節:動詞が過去形、主節:動詞が現在形
[2] Because Idrank too much last night, I have a headache today.
[3] Having drunk too much last night, I have a headache today.

否定の分詞構文は裸のnot

最後に、分詞構文の否定はdon’tやdidn’tではなく、単にnotです。

なぜなら、分詞構文は時間を表さないからです。

don’tは現在形、didn’tは過去形ですよね。

でも分詞構文は~ingだけですから、「時間」ではなく「動作の最中」であるとしか表さないのです。

Not having eaten anything, he could hardly move.(それまで何も食べていなかったので、彼はほとんど動けなかった)

5. 受動態その1:「気持ち」が受動態をつくる

中学で受動態というものを初めて教わります。

主語と目的語をひっくり返し、動詞はbe動詞+過去分詞にし、byをつけて…。

多くの方々が、受動態を「文の作成の作業」として記憶しているかと思います。

つまり、「ひっくり返す」ことがゴールで、だから何?という印象がないでしょうか

受動態の気持ち、つまり、どういうときに受動態を使いたくなるのか、これがわからないと、話したり書いたりする際にぱっと受動態が出てきません。

まずは受動態の気持ちを一緒に見ていきましょう。

「する側」「される側」、どちらに注目しているのか?

例えばあなたが猫を飼っていたとします。

名前もつけておきましょう。みーちゃん。

みーちゃんは甘えん坊でとてもかわいい猫なのですが、いたずら好きが玉に瑕で、ちょっと目を離すと何かやらかすので、気を抜くことができません。

ある日、みーちゃんが台所の隅っこに頭を突っ込んで何かゴソゴソしていました。

みーちゃんが振り返ると、口にネズミをくわえているではありませんか!

その時あなたは、とっさに下のAとBどちらの文を使いますか?

A. キャー、みーちゃんがネズミを食べてる!
B. キャー、ネズミがみーちゃんに食べられてる!

まず間違いなくAを使うという人が多いはずです。

では続いて、今度はあなたがハムスターを飼っているとしましょう。

名前も付けておきましょう。いつもひまわりの種を美味しそうにもぐもぐしているのでモグちゃん。

ある日、見たこともない野良猫にモグちゃんが食べられてしまいました。

その報告を家族にするとき、あなたは以下のAとBどちらの文を使いますか?

ちなみに野良猫は今日初めてあなたが見たもので、当然ご家族はその野良猫を見たことがありません。

A. 今日、野良猫がモグちゃんを食べちゃったの…
B. 今日、モグちゃんが野良猫に食べられちゃったの…

かなりの人がBの文を使うと思います。

ご家族は「野良猫」のことは見たこともないですし、ニュースの主役はあなたも家族も大切にしていた「モグちゃん」です。

ですから、モグちゃんが主役になるBの文を選択するでしょう。

このように態の選択というのは、話し手が「する側」「される側」のどちらに注目して話をしているか、ということで決まってきます

1つ目の例では「みーちゃん」、2つ目の例では「モグちゃん」が情報の主役になり、注目されている立場です。

そして1つ目の例では「みーちゃん」は「食べる側」なので能動態の文、そして、2番目の例では「モグちゃん」が「食べられる側」なので受動態の文となっているのです。

「される側」に注目しながら話をする。

これが受動態を使うときの、話し手の気持ちなのです。

自動詞、不完全自動詞で受動態はつくれない

多少の例外はあるのですが、受動態は他動詞だからことできるものです。

なぜなら自動詞の文や不完全自動詞の文には「される側」が存在しないからなんです。

受動態というと、機械的に何でも前後をひっくり返せばいいんだと思い込んでいる人もいて、間違った文ができることがあります。

しかし、「する側」と「される側」がひっくり返され、「される側」が主役になって話される文が受動態ですから、「される側」がない文は受動態にはなりません

・I slept seven hours last night.(昨夜は7時間寝た):第1文型では受動態は作れない
⇒自分が自分で寝ているだけで、他の誰にも影響を与えていない自動詞の文。seven hours last nightは動詞の力が届いていない修飾語で、動詞の力が届いていないということは、「される側」ではない、ということです。

・He is happy.(彼は満足している):第2文型では受動態は作れない
⇒happyなのは「彼」の中身であって、「彼」が「happy」に何かをしているわけではありません。したがって、happyは「される立場」にはなりません。

・Many people saw the criminal in the station.(多くの人々が駅の中で犯人を見かけた):第3文型では受動態を作れる。
⇒「多くの人たち」は目撃「する」立場で、「犯人」は目撃「される」立場です。受動態にすればthe criminalが主役になります。
The criminal was seen by many people in the station.(駅の中で犯人は多くの人たちに目撃された)

単に文の前後をひっくり返すのではなく、「する側」と「される側」をひっくり返すことに意識が行けば、どの言葉を主役にすればいいのかがわかりやすくなり、第5文型のような文でも受動態は作りやすくなります。

・We call this flower yuri.(私たちはこの花を『百合』と呼ぶ):第5文型では受動態を作れる
⇒「呼ぶ」側はweで、this flowerは「呼ばれる」側です。yuriはthis flowerの「中身」でしかありません。したがって、受動態にするなら、this flowerが主役になります。
This flower is called yuri.(この花は「百合」と呼ばれる)

・He pushed the door open.(彼はそのドアを押して開けた)
⇒「押す」側はheで、the doorは「押される」側。openはthe doorが押された結果どうなったのかという「結果の状態」を表すだけで、「押される」側ではありません。したがって、受動態にするなら、the doorが主役になります。
The door was pushed open.(そのドアは押されて開いた)

7. 受動態その2:責任をボカす

他動詞構文というのは、基本的に

する側→される側
He broke the cup.(壊す側→壊される側)

という形をとります。

見方を変えると、他動詞構文は「原因と結果の構文」ととらえることもできます。

He broke the cup.
⇒「彼」が原因となって、「カップが壊れた」という結果を生んだ。

このように、他動詞構文というのは「責任の所在をはっきりさせる」構文だと言えます。

「カップが壊れた」という自動詞の文なら、まるでカップが自然に割れたかのようにも聞こえ、責任の所在がわかりません。

しかし、「彼がカップを割った」というなら、責任が彼にあることを明確に宣言しています。

社会での人付き合いの上で、責任を明確にすることは諸刃の剣となることがよくあります。

このため、当然ですが「責任をぼかす」ための表現も発達してきます

それが、受動態のもう1つの使い道です。

例えば、The factory polluted water.(その工場が水を汚染した)という文なら、工場が「汚す側」で水が「汚される側」です。

明らかに工場に責任があることを示しています。

しかしこれを受動態にして、Water was polluted.(水が汚染された)とすれば、「汚す側」が消えて、「汚される側」だけが言語化されます。

誰が汚したのか、つまり、責任の所在が文の中から消えるのです

読者の中には「あれ?by the factoryはどこへ行ったの?」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、受動態では、よほど明確に「誰によってなされたか」を言いたい場合でない限り、8割以上の確率でby~が省略されると言われます。

理由はいくつかあるのですが、その1つに「責任の所在をぼかす」というのがあります。

責任の所在を明確にしないことで、状況が客観的に表される効果が発生します。

During the 1960s, the air and water were more polluted than now.(1960年代には、現在よりも空気と水は汚染されていた)
⇒当時起きていた状況を淡々と客観的に述べています。「by+動作主」をつけると、状況説明よりも責任追及に焦点が移ってしまいます。

This sort of communication is thought to be a key step in perception.(この種のコミュニケーションは知覚における重要な段階と考えられている)
⇒科学論文によくある形式。誰がそう考えているのかに言及しないことで、筆者の主観だけではない、客観的事実という印象を植え付ける効果があります。

「自分が、っていうかみんなが言っているんですよ」

受動態の表現をうまく使えば、「自分が言っているというよりは、みんなが言っているんですよ」というポーズを取りやすくなります。

①It is said that

例えば、所見や意見を述べるとき、

Japanese people don‘t look others in the eye when talking.(日本人は、話すときに、相手の目を見ない)

と仮に言ったとします。

言った後、少し不安になりませんか?

聞き手から「本当にそうか?」「お前、調べたのか?」「証拠はあるのか?」「私は違うけど」などと言われたらどうしよう?なんて気持ちになったりしませんか?

このように、普通の言い方で意見を言えば、話し手の個人的な主張という印象を与えてしまい、場合によっては発言の責任を取らなければいけなくなることがあります

それを避けるには、「だと言われています」「だと考えられています」というような言い方を付け加えればいいですね。

ここで受動態が出てくるわけです。

It is said that Japanese people don‘t look others in the eye when talking.
(日本人は、話すときに、相手の目を見ないと言われています。)

これだと客観的にそういう事実があることを述べている感じが出ます。

ちなみにitは「状況」を意味する仮主語で、「抽象的で軽い情報から先に話し、具体的で重い情報は後ろに回す」という英語の語順の原則に従って、itの具体的な内容(that Japanese people…)は後ろに回されています。

情報の流れから見ると、「状況は、言われているよ、状況の中身は、『日本人は…見ない』ということだよ」という感じです。

②It is thought that S+V

It is said thatの他には、it is thought that S+V~で、「SがVすると考えられている」というのがあります。

The older we get, the more easily we forget things.(歳をとるほど、物忘れをしやすくなる)

と述べるよりも、

It is thought that the older we get, the more easily we forget things.

と言った方が、筆者の個人的な主張という感じを避け世間一般の常識的な考え方という印象を文に与えることができます

③It is believed that

It is believed thatという言い方もあります。

ただし、ここではbelieveという動詞が表そうとしている概念に注意が必要です。

英語学習者なら誰でも「believe=信じる」という意味だと考えています。

間違ってはいないのですが、何でもかんでも「信じる」と訳してはしっくりとこない場合もあります。

特にit is believed that S+V~となるときには、「SはVすると考えられている」と捉えた方がより正確です。

日本語の「信じる」は「根拠はないけど、とにかく本当にそうだと考える」というニュアンスがありますが、英語のbelieveは「実際に見たわけではないけど、そう考えるだけの根拠があって、そう思っている」というニュアンスがあります。

It is believed that dinosaurs went extinct 66 million years ago.(恐竜は6600万年前に絶滅したと考えられている)

科学者は恐竜の絶滅を実際に見たわけではないけれども、いろんなデータや化石から、根拠を持って「恐竜が絶滅したのは6600万年前だ」と考えているわけで、この感覚を英語ではbelieveという動詞で表します。

Scientists believe that dinosaurs went extinct 66 million years ago.

でもいいですが、it is believedを使うことでさらに淡々とした客観性が出てきます。

「説得する英語」の中にこうした客観性を表す受動態表現を組み込むことも有効です。

8. 受動態その3:前置詞を攻略する

前置詞をそれに対応する日本語訳だけで覚えていることが原因で、多くの英語学習者が前置詞の使い方を間違えます。

今回は受動態ですので、byと、by意外に受動態の構文で使われる前置詞について触れていきます。

「~で」:byとwith

以下の文は何がおかしいかわかるでしょうか?

×Cut the meat by a knife.(その肉はナイフで切ってください)

「~で」という日本語につられてbyを使ってしまう英語学習者をこれまでたくさん見てきました。

正解はbyではなくwithです。

withは「一緒にいる」→「自分といつも一緒にある物=自分の所有物」というところから「所有」という、haveに似たイメージを持つようになります。

a girl with long hair「長い髪の女の子」

ここから「道具のwith」とも呼べる用法が出てきます。

「with a knife(ナイフで)」「with a hammer(かなづちで)」「with the stick(その棒を使って)」など、「手に道具を持って(have)」という用法です。

そうすると、最初に出した例文は、下記が正しいとわかります。

Cut the meat with a knife.(その肉はナイフで切ってください)

受動態は「する側」と「される側」がひっくり返り、「される側」が主語になり、「by+する側」が後ろに回ります。

つまり受動態のbyは「する側」、「直接の行為者」を表すわけです。すると、

×The meat was cut by a knife.(その肉はナイフで切られた)

だと、ナイフが生きて意志を持っていて、そのナイフが自分で動いて自分の肉を切っているような感じがします。

肉を切るのはナイフそのものではなくナイフを持った「人」になるはずです。

したがって

The meat in question was cut by Doug with his knife.(問題のその肉はダグによって彼のナイフを使って切られた)

となるのです。

He was hit by a car.(彼は車にはねられた)
⇒車が直接の行為者という感じがします。
He was hit by Tom with his car.(彼はトムによって、車を使ってはねられた)
⇒車はあくまで道具で、直接の行為者はトム、なおかつトムが車を使って故意にはねた感じがします。

上記の文はどちらも間違いではなく、前置詞を使い分ければニュアンスを変えることができるということです。

分野のin

これはあまり覚える人はいないのですが、一応指摘しておきます。

×The letter was written by English.(その手紙は英語で書かれていた)

正解はThe letter was written in English.なのですが、問題は、「なぜinなのかがよくわからない」という人が多いところにあります。

inは「枠の中にいる」ということを意味する前置詞です。

上記の文でin Englishは「さまざまな言語が世の中にはあるが、どの言語の枠内で書かれていたのか」ということを意味します。

このinを私は便宜上「分野のin」と呼んでいます。

一番ポピュラーなのはI’m interested in Indian culture.(私はインド文化について興味がある)のinでしょう。

どの分野の枠内に興味があるか、ということです。

be made of とbe made fromのイメージの違い

中学で、「~でできている」という熟語として、be made ofとbe made fromを習います。

be made ofは「パッと見てそれが何の材料でできているのかがわかる」ときに、be made fromは「製品が何の材料でできているか、一見してわからない」ときに使うのだと習います。

これらのイメージはどのような違いから生まれるのでしょうか。

①of:全体から、構成要素を一部取り出す

ofの根っこの意味は「全体から、構成要素を一部取り出す」ということです。

例えば、a piece of cakeでしたら「ケーキ全体からその一切れを取り出す」ということで「一切れのケーキ」という意味ができ上がりますし、a student of the schoolなら「その学校から、学校を構成する生徒の1人を取り出す」ということで、「その学校の生徒」という意味ができ上がります。

すると、例えば

This desk is made of wood.(この机は木でできている)

なら、木材(wood)から直接机を取り出したような感じが出てきます。

ですので、ぱっと見、それが木で出来ていることがわかる感じがするわけです。

②from:離れている

一方で、be made fromですが、fromの根っこのイメージは「距離」です。

例えば「家から5分」と言われて、家から離れるイメージはあっても、家に近づくイメージは出てきませんよね。

日本語の「から」、そして英語のfromは「起点から遠ざかっていく」イメージを持ちます。

例えばkeep A from Bで「AをBから遠ざけておく」という熟語があります。

Keep this product from children.(この製品はお子様の手の届かないところに保管してください)

というとき、「手が届かない」という意味はkeepからは出ていません。

keepが出す意味は「保つ、保管する」という意味のみです。

もうおわかりの通り、fromの持つ「距離」という意味が、「手の届かないところ」という意味を出すのです。

さて、「距離」「離れている」は「(見た目が)近くない、似ていない」という意味にも発展します。

Paper is made from wood.(紙は木でできている)

と言うときには、木材と紙の見た目が「離れている」ことを表しています。

③by:する側

ちなみにbe made by~はどんな意味なのでしょう?

受動態のbyは「する側」です。

したがって、「作られる側」が例えば「机」ならば、「作る側」は人とか、メーカー名になるはずですね。

・This desk is made by my son.(この机は、私の息子が作った)
・This desk is made by a Japanese company.(この机は日本の会社によって作られた)

9. 過去分詞:She has gone.じゃなくて、She is gone.?

過去分詞は形容詞になり得る

私がアメリカの大学にいたころ、大学のジムでウェイトトレーニングをしていました。

他の人がバーベルを使い終わるのを待っていたのですが、終わった後、その人は私に

I’m done.(終わったよ。)

と言いました。

私はこれを聞いて、意味は分かるものの、「なんでだろう?」と思ったものです。

今思えば単に勉強不足だったのでしょうが、私が日本の学校で習った記憶では「be動詞+過去分詞」は受動態であり、「~される」という意味のはずです。

でも、I’m done.はどう考えても「私はされる」という意味ではなく、「私は終わったよ」という意味で使われているのです。

「すでに終わってしまっている」ということを表したいなら、学校ではI have done it.という現在完了で習ったはずです。

それからもずっと、「こういう言い方があるんだ」くらいでこの知識は私の中にとどまっていました。

形容詞とは何か、ということをいろいろ考えていたときに、たまたま木になっていた赤い木の実を見てはっと思ったのです。

「木の実が赤い」の「赤い」は形容詞です。

形容詞は「変わらず続く状態」を表します(したがって、「~という状態で存在する」を表すbe動詞と相性がいいのです)。

しかし、この「赤い」という状態は、青かった木の実が「赤くなる」という変化(動詞)を起こした後に続いている状態です。

形容詞=動作が完了した後に続く状態

ここから、動作動詞が「動作のし始め」→「動作の最中」→「動作の終了」という3つのアスペクト(相)を経て、完了の過去分詞になったとき、その過去分詞は形容詞の働きができる、と気付いたわけです。

そうすると、doneというのは「やった後に続く状態=終わってしまっている状態」という形容詞であると考えることができます。

なおかつ、この場合のdoneは形容詞ですので、他動詞と違って目的語をとることができません。

他動詞は他者(目的語)に力をぶつけるのがその働きですが、形容詞はただ状態を説明するだけの働きだからです。

したがって、I’m done it.とは言えません。

言うなら、I’m done with it.となります。

もしくはI’m done.だけで十分なのです。

一方で、I have done.とは言えません。

have doneは他動詞doを現在完了で使っているので、目的語が必要です。

ですから、I have done it.とならなければなりません。

I have done it.とI’m done.は、意味に大きな違いがないときも多いのですが、have done itが「やり遂げた感」があるのに対し、am doneが「縁切り状態」という意味での「終わった」感を表すこともよくあります。

形容詞の方が「やった後の状態に、すでにずっといる」感がよく出るからかもしれません。

I’m done with him.(彼とはもう終わりよ)
⇒ここでのwithは「対立・対戦相手」のイメージ。withは「一緒に・共に」のイメージ以前に、語源的には「対立(against)」のイメージから始まっています。例えば、I played tennis with Tom.なら「トムと一緒にテニスをした」ということではありますが、同時に「トム」は対戦相手でもあります。

なぜwasではなくis?

過去分詞の形容詞に着くbe動詞について説明をしておきます。

過去分詞の形容詞は「すでに終わってしまった後の状態」を表すため、日本語訳を見ると過去の話っぽく見えることがよくあります。

それにもかかわらず、be動詞は現在形であることが普通です。

ここで混乱する英語学習者が結構います。

例えば、「be動詞+過去分詞の形容詞」の形でよく使われるのはis goneです。

goneはgoしてしまった後、つまり「いなくなってしまった状態」という意味の形容詞として使われます。

The salt is all gone.(塩は全部なくなってしまった)

「なくなってしまった」は「た」がついているから過去を意味するのではないか?

それならis goneではなくwas goneにした方がよいのではないか?

なぜisなのか?

という質問をよく受けます。

タネを明かしますと、日本語の「た」、つまり「タ形」は必ずしも過去を表すためのものではなく、「すでに現実になっている」という根っこの意味を持つ言葉です。

「過去」というのも「すでに一度現実になっている」ことを意味しますから、「タ形」は日本語の過去形としても使われるので、The salt is all gone.が言いたいことは、「現在、塩はすべて『行ってしまった後(gone)』の状態にある(is)」ということです。

したがって、過去形のwasではなく、現在形のisを使うのが適切なわけです。

10. 「させる系」の動詞

日本語では「驚く」「興奮する」「満足する」などがデフォルトなのに、英語ではsurpriseは「驚かせる」、exciteは「興奮させる」、satisfyは「満足させる」など、「する」ではなく、「させる」というのがデフォルトです

私もこうした単語を覚えたときは「変なの」と思いましたし、さらには文法問題で例えばexcitingなのか、それともexcitedなのかを判断する際には頭を抱えたものでした。

「ワン、ツー、スリー、はい、驚いて!」

surpriseは、日本語のように「驚く」となるのではなく、なぜ「驚かせる」という、持って回った意味になるのでしょう?

exciteはなぜ「興奮させる」なのでしょう?

どういう動詞が「~させる」という意味になるのでしょう?

「させる」系の動詞には、何か共通する特徴があるのでしょうか?

一般にはよく「感情を表す動詞」という言い方で一括りにされます。

確かに、驚き、興奮、満足、がっかり、など感情を表す動詞にこのような特徴がありまそうです。

しかし、それではなぜ、感情を表す動詞に「させる」系が多いのでしょう?

それでは1つ実験してみましょう。

ワン、ツー、スリー、はい、驚いてみてください。

…芝居でもない限り、「驚け」と言われて驚くことはできませんね。

それでは、興奮してみてください。無理ですね。

退屈してください。満足してください。がっかりしてください…

全部無理だということがわかります。

なぜでしょう?

それは「原因」がないからです。

驚く原因がないのに、自分から驚くことは無理です。

その他の上記の感情もそうです。

原因がないと成立しない感情ですから、ヨーロッパ語の感覚から言えば、

原因があなたを「驚かせる」「興奮させる」「満足させる」「がっかりさせる」という方が自然

なのです。

逆に日本語を勉強している欧米人は日本語の「驚く」とか「興奮する」という言い方に違和感を覚えます。

「日本人って、自分からやろうと思って驚いたり興奮したりできるの?」と言いたくなるような感覚だそうです。

というわけで、これらの動詞の力の流れは以下のようになります。

すべて、「原因が人にある感情を起こさせる」という形をとります。

・The news surprises me.(そのニュースが私を驚かせる)
・The report excites us.(その報告が私たちを興奮させる)
・The results satisfy her.(その結果が彼女を満足させる)
・What he did disappoints me.(彼がやったことが私をがっかりさせる)

現在分詞(~ing)や、過去分詞は形容詞扱い

こういった動詞が「be動詞+~ing」や「be動詞+過去分詞」の形で使われるとき、それぞれの分詞は形容詞として扱われます

すでに説明したとおり、形容詞は「変わらない状態」を表す言葉です。

「赤い木の実」なら、その木の実は赤い状態がずっと続くわけです。

~ingは「動作の途中の状態がずっと続いていること」を表せます。

例えば、He is reading a book.なら、「本を読んでいる最中の状態がずっと変わらず続いている」わけです。

過去分詞は「終わった後の状態がずっと続いていること」を表せます。

She is gone.(彼女は行ってしまった)なら、「行ってしまった後、いなくなった状態がずっと続いている」わけです。

したがって、現在分詞(~ing)も過去分詞も形容詞として使われるわけです。

現在分詞は能動、つまり、原因が主語にきた時に「原因+be動詞+~ing」という形で使われます

・The news was surprising.(そのニュースは驚きだった)
・The game was pretty exciting.(その試合はとても興奮するものだった)
⇒surprisngやexcitingは形容詞なので「平静→驚く」「冷静→興奮する」への変化ではなく、主語である「ニュース」や「試合」の内容への「評価(=驚くべきニュース・興奮させられる試合)」を意味します。

名詞の前に分詞の形容詞をつけるときにはその名詞が「感情の原因」であれば、~ingがその名詞の前につきます

・This is surprising news.(これは驚きのニュースだ)
・This is an exciting event.(これはワクワクする出来事だ)
⇒newsもeventも感情を引き起こす原因。

過去分詞は受動、つまり、(原因によってある感情を引き起こされた)人が主語にきた時に「人+be動詞+過去分詞」という形で使われます

I was surprised at the news.(私はそのニュースに驚いた(=驚かされた状態だった))
⇒atは「動いている最中の一点を指す」が根っこの意味。ここでは銃の照準を合わせるかのように、ある点に、パッと注意が向くことを意味します。驚いて、そのニュースの方に注意がパッと向く、という感じを表しています。

She was excited about the event.(彼女はその出来事に興奮した(=興奮させられた状態だった))

名詞の前に過去分詞の形容詞をつけるときは、その名詞が「(原因によって感情を引き起された)人」である必要があります。

・An excited man was shouting.(興奮した男が叫んでいた)
⇒a manは何かの原因によって、「興奮させられた男」。

・A lot of disappointed people wandered into the building.(大勢のがっかりした人々が、建物の中へふらふらと入って行った)
⇒peopleは何かの原因によって、「がっかりさせられた人たち」。

いかがでしたでしょうか?

こうした規則に沿って使われる動詞にはsurprise、excite、disappoint、satisfyの他に、bore(退屈させる)、tire(疲れさせる)、amaze(驚かせる)、embarrass(ドギマギさせる)、interest(興味を引く)など、たくさんあります。

注意すべきは日本語にもなっているshockと、panicですね。

どちらも「原因が人にショックを与える」「原因が人をパニックに陥れる」という動詞です。

日本語の感覚から、「shock=ショックを受ける」という使い方をしたり、(例:×I’m shocking→〇I’m shocked.「私、ショックだわ」)、「panic=パニックになる」(例:×I was panicking.→〇I was panicked.「私、パニクっちゃったの」)という誤用を起こす人がたくさんいます。

時制:実は私たちは時間をこう捉えている

実は私たちは時間をこう捉えている

1. 時制を理解する

以下の日本語表現の下線部分に注目してください。

「今何しているの?」「今宿題をやっているところ。」

「過去を振り返るな。未来を見つめてまっすぐに進め。」

これらはすべて時間表現ですが、どれもが「場所」を表す言葉を使っていることに気付くでしょうか?

「している」の「いる」は存在を表します。

存在するには場所が必要です。

「やっているところ」の「ところ」は「所」で、文字通り「場所」です。

「過去を振り返る」と言っているということは、私たちは過去を「後ろ」にあると考えていることになります。

「未来に向かって進め」という言い方から、私たちは、未来は前にあり、そして進めばたどり着く場所だと考えていることになります。

人間の思考にとってものすごく重要なもの:メタファー

時間は、見ることも触ることもできません。

見ることも触ることもできないものを人間は一体どうやって理解し、どうやって思考の中に組み込んでいるのでしょうか?

それを助けてくれるのがメタファ―(隠喩)という比喩の一種です。

人間は見ることも触ることもできない抽象的な概念を、具体的に見たり触ったりすることができるものに例えて理解しているのです。

人間は、時間という触ることも見ることもできないものを、場所に例えて理解しているのです。

時制は物理的な時間とは違う

英語で「現在形」「過去形」「現在完了形」「進行形」などといった「時制」は、常に学習者を悩ませます。

その大きな原因の1つに、多くの学習者は「物理的な時間」の話なのだと勘違いしているということがあります。

考えてみてください。

物理的時間を言葉で表すのは大変です。

「今現在」というのは刻々と移り変わり、一瞬後には過去になってしまいます。

何秒前から何秒後までを「現在」と定義すればいいのでしょう?

「現在」とは点なのでしょうか、幅なのでしょうか?

過去は何秒前から始まり、未来は何秒後以降のことを言うのでしょう?

そんなことは考えるだけ不毛です。

人間はそんなふうに時制を考えていないのです。

実は時制を「場所」として捉えることによって、その理解は驚くほど明確になるのです

「今」は自分がいる現実の世界

現在というのは「何秒前から何秒後まで」という時間の範囲ではなくて、単純に自分がいる現実の世界なのです。

この「現実の世界」は「繰り返される日常」の世界です。

太陽は東から昇る、私は毎朝ウォーキングをする、うちはいつも夕飯を7時に食べる…こういう繰り返される日常を表すのが「現在形」です。

「過去」は「今はもう現実ではない場所」→「距離がある場所」

過去について考えてみましょう。

過去というのは今自分がいる場所から後方に離れた場所です。

以前は現実だったけど、今はもう現実ではない」という世界です。

「過去の栄光」とか「それはもう終わったことなんだよ」とか、「現実ではない」という意味で「過去」が使われることが日本語でもよくあります。

また、「遠い過去」という言い方でわかるとおり、人間は、「過去」を現在(つまり現実)から離れたものとして考えてもいます。

英語の過去形には、「昔」という意味以外に、変わった使い方があります。

例えば、助動詞の過去形。

It might rain.(雨が降るかもしれない)のmightはmayの過去形ではありますが、過去は表しません。

It may rain.よりも「雨が降る可能性」が低いことを表します。

なぜなら、「過去=現実(現在)から離れている」ことが「実現の可能性の低さ」という意味で転用されているからです。

Will you~?やCan you~?でお願いするより、Would you~?やCould you~?でお願いする方が丁寧だと言われます。

偉い人にうかつに近づきすぎると、「馴れ馴れしすぎる」と怒られることがあります。

敬意というのは距離をとることで表現されます。

Would you~?やCould you ~?が表すのは「距離をとることで表す敬意」なのです。

「未来」は「まだ現実になっていない場所」

今度は未来について考えてみましょう。

未来は「まだたどり着いていない(=現実になっていない)、先にある場所」です。

「現在」は「自分がいる現実の場所」、「過去」は「かつて現実だった場所」ですから、どちらも「実際にある(あった)場所」なのですが、未来は実際にある場所ではなく、「心に思うだけ」の想像の場所です。

後に詳しく述べますが、willの意味の本質は「未来」ではなく、「意志(するつもりだ)」と「予想(~だろうな)」です。

つまり、「心に思っているだけで、実際にはまだやっていない」という意味を持ちます。

willが、未来という「まだ現実にはなっていない場所」を表すのに(も)使われるようになったというのも、頷けますね。

ここからは、人間が時間をどう理解しているかを見ながら、様々な時制を見ていきましょう。

2. 現在形は「いつもそうだよ」形、過去形は「今は違うんだよ」形

現在形=「いつもそうだよ」形

英語学習者にとって、英語の現在形というのは苦手な時制です。

その原因は多くの学習者が「現在形は、(今この瞬間という意味で)現在を表す」という誤解をしているところにあります。

名前のせいで混乱してしまい、現在形というのがしっくりと理解できない。

理解に自信がないからライティングや会話でもうまく使えないか、使うこと自体を避けて通ろうとする状況がよく見られます。

現在形は、今この瞬間という意味では「現在」を表しません。

下の例文を見てください。

I usually get up at seven.(私は普段、7時に起きます)

まず、仮にもし現在形が現在を表すために使われるなら、このセリフを喋っている今この瞬間にベッドから起きるところでないといけないのですが、もちろんこの文はそんな意味は表していません。

そして、「普段7時に起きる」ということが表すのは今日だけでなく、昨日も一昨日もその前の日も、明日も明後日も、7時に起きる、ということです。

つまり、時間的に言えば、現在形というのは過去も現在も未来も表せていることになるわけです。

今この瞬間という意味で現在を表さないのなら、現在形とは一体何を表しているのでしょうか?

現在形が表すのは、「いつもそうだよ」ということです。

現在形は、「習慣」形なのです。

例えば、何かの性質を説明する文は基本的に現在形で表されます。

ものの性質というのは「いつもそうだ」ということを表すからです。

A dog has four legs and a tail. People keep it as a pet. It runs very fast.
(犬には4本の足と、1本の尻尾があります。人々は犬をペットとして飼います。犬はとても足が速いです。)

過去形=「今は違うんだよ」形

一方で、過去形は文字通り「過去」を表します

しかし、日本語の「~した」、専門的には「タ形」と呼ばれる形と英語の過去形は少し働きが違います。

日本語の「タ形」は純粋な過去形とは言えない側面があります。

・そうだ、今日は火曜日だった。
・美しいお肌の秘訣は、実はビタミンにありました。

これらの「タ形」は過去を表していません。

どちらかというと「今すでに現実としてある」ということを表す「已然」(已然の反対語は未然)の意味を持つといった方がよさそうです。

つまり、英語の現在完了に近い側面も持つのです。

「すでに現実になっている」ことも過去といえば過去じゃないか、と思われる方もいるでしょう。

そのとおりです。

ですから「タ形」は過去を表す表現にも使われますし、英語の過去形と同じ働きをする部分もたくさんあります。

しかし、本質的に違うものであり、その認識が不足したまま、「~した」だから過去形を使えばいいと思って機械的に英文を作ってしまうと、奇妙な英文ができてしまいます。

英語の過去形は「(それは終わった話だから)今はもう現実ではないよ」ということを表すのが主な働きです。

日本語の「タ形」が「現実とつながっている」のに対して、英語の過去形は「現実から離れている」 のです。

例えば先ほどの「そうだ、今日は火曜日だった」を英語に直すと、”Oh, it’s Tuesdaay today.”となり、”Oh, it was Tuesday today.“とはなりません。

過去形のwasだと、「もう今日は火曜日でない」ということになり、todayが持つ、「今日という、自分が今いる現実の世界」という概念に反してしまいます。

「秘訣はビタミンでした」という日本語も、英語に直すと”The secret is vitamins.“でありwasではありません。

wasにしてしまうと「かつてはビタミンだったが、今は違う」という感覚が強く出ます。

以前「Love is over.は『愛は終わった』と訳すのに、なぜwasじゃなくてisを使うのか」と質問されたことがあります。

これも同じで、「今の現実世界に『愛が終わっている状態』が存在している」のでisなのです。

wasにすると、「あのとき愛は終わっていて、でも今の自分にはそのことは関係ない話だよ」という感じが出てしまいます。

そういうわけで、英語で話すとき、「それは終わった話で、今は違うんだよ」という気持ちなら、過去形を使いましょう

例えば、「昨日は体調が悪かったんだ。(今は大丈夫だけど)」という気持ちなら、”I was sick yesterday.”です。

この「今は違うんだよ」という認識は過去形と現在完了を区別するのに必要な感覚ですので、覚えておいてくださいね。

3. 現在完了その1:「動作動詞の現在完了」

現在完了は英語を学習する上で、学習者を最も悩ませる単元といっても過言ではありません。

でも大丈夫。これを読めば必ずわかるようになります。

現在完了は「have+過去分詞」で表されますが、過去分詞は何をやっているのか、そしてhaveは何をやっているのか、個別で考えていくといろんなことがわかってきます。

動作動詞とは何か?

現在完了や、進行形を理解するうえで、わかっておいた方がよいことがあります。

それは動作動詞と状態動詞の違いです。

動作動詞とは、「動作することで、変化が起きる動き」です。

例えば、I opened the door.「私はドアを開けた」といえば、「閉まっていたドアが開く」という変化を起こしています。

ですから、openは動作動詞だといえます。

一方、状態動詞とは、「ずっと変わらずその状態が続く」ことを表す動詞です。

例えば、I am a student.「私は学生だ」なら、「昨日も今日も明日も変わらず私は学生だ」ということを表しています。

ですからここでのbe動詞は状態動詞だといえます。

動作動詞を現在完了にする場合と、状態動詞を現在完了にする場合では意味が違ってきます。

今回は動作動詞の現在完了の仕組みとそれが過去形とはどう違うのか、ということを見ていきましょう。

アスペクト:動作のどの段階にいるのか

動詞には、その動作が「現在、過去、未来」のいつの時点で行われるのか、を表す時制(テンス)があり、これが現在形、過去形、未来形という形で表されます。

そしてもう1つ、その動作が「やり始め、やっている最中、やり終えた後」のどの段階にあるのかを表すアスペクト(相)と呼ばれるものがあります。

例えば、eat「食べる」という動作動詞を見てみましょう。

いわゆる普通の現在形・過去形であるeat、ateは「食べ始めから食べ終わりまでの一通りの過程」を表します。

I eat lunch at noon every day.(私は毎日正午にお昼を食べる)
⇒毎日お昼に「いただきます→もぐもぐ→ごちそうさまでした」までのひとまとまりのプロセスが行われます。

I ate lunch at one in the afternoon.(私は午後1時にお昼を食べた)
⇒午後1時に「いただきます→もぐもぐ→ごちそさまでした」までのひとまとまりのプロセスが行われました。

これは動詞の原形であるeatでも同じです。

They need to eat something.(彼らは何か食べる必要がある)
⇒「いただきます→もぐもぐ→ごちそうさま」までのひとまとまりのプロセスを行う必要があります。 

そしてその一通りの過程のうち、「途中」という一部分を表すのが~ingです。

They’re eating lunch now.(彼らは今昼食を食べているところだ)
⇒今「食べている途中であり、まだ食べ終わっていない」

それでは過去分詞(ここではeaten)は何を表すのでしょうか?

過去分詞が表すのは、食べ終わった後の状態の部分です。

例えば、「今どういう状態を持っている?」と問われて、「今は食べ終わった後の状態を持っているよ」というのがhave eatenです。

I have eaten lunch.(私はもう昼食を食べてしまった)
eaten lunch(昼食を食べた後の状態)をhaveしている(=持っている)。

これが過去形のI ate lunch.とどう違うのかについて考えてみましょう。

過去形は「今は関係ないよ」形であることを思い出してください。

過去形の文では「それが過去のいつ行われたのか」に意味の焦点があります

“When did you eat lunch?”(いつ昼食食べたの?)
“I ate 30 minutes ago.”(30分前に食べたよ)
⇒30分前に食べたのであり、今ではない。「今現在」から切り離されているという感覚が重要です。

一方、現在完了では「今どういう状態を抱えて(haveして)いるのか」に焦点があります。

「それはいつの話なのか」ということは話していません。

“Hey, let’s go out for lunch.”(ねぇ、お昼食べに行こう)
“Oh, I’ve already eaten it.”(ああ、もう食べちゃったよ)
⇒今どういう状態を抱えているのかに焦点があり、いつ食べたのかは話の焦点ではありません。

それでは動作動詞の現在完了を整理してみましょう。

eatは動作動詞です。

「食べる」という動作によって、そこにあった食べ物はなくなり、空腹は満たされるという変化が起きることで、動作動詞だということがわかります。

eatenという過去分詞はアスペクトの一種で、動作動詞の「やり始め、やっている途中、やり終えた後」のうち、「やり終えた後」の状態を表します。

動作動詞の「have+過去分詞」は「今は、やり終えた後の状態を抱えているよ」ということを表します

一方で普通の過去形は「今ではなく、過去のいつそれをやったのか」に意味の焦点があります。

4. 現在完了その2:状態動詞の現在完了

前項では動作動詞の現在完了を説明しました。

本項では状態動詞の現在完了を説明します。

状態動詞と動作動詞の大きな違いはアスペクトの有無です。

動作動詞では1つの動作に「やり始め」「やっている最中」「やり終わった後」という3つの相がありました。

状態動詞ではそれがないのです。

状態動詞にはアスペクトがない

I live in Yokohama.(私は横浜に住んでいる)
⇒「いつ暮らし始め」て「いつ暮らし終わる」ということを考えながらこの発言をすることはありません。漠然と、毎日そこに居住し続けている、ということだけを述べています。

動作のはっきりとした始まりと終わりは考えず、ただ漠然と状態が続いていることを表しているのが状態動詞です。

動作動詞の過去分詞はアスペクトに従って「やり終わった後の状態」(完了)を表していました。

ではアスペクトのない状態動詞が現在完了で使われるとどうなるのでしょうか。

I’ve lived in Yokohama for 10 years.(私は横浜に住んで10年になります)
⇒過去のある時から今に至るまで、「ずっと続く状態」をhaveしていることを表します。

例文を英語に近い形で直訳すると「私は10年間、横浜に暮らしている状態を持っています」となります。

状態動詞は「変わらない状態」を表すので、それを現在完了にすると、「(ある期間)変わらない状態をずっとhaveしている」という意味になります。

現在形が期間を切り取らず、「今現在のいつも続く状態」を表すのに対し、現在完了は「過去のある時点から今に至るまでの、変わらず続く状態」という「時間の切り取り」が発生します。

have beenとhave gone to

状態動詞の王様と呼べるのはbe動詞で、その根っこの意味は「~という状態で存在している」なのですが、現在完了でbe動詞を使うときには少しややこしいところがありますのでここで説明しておきます。

まずは結論から。

have been 補語:過去のある時から今に至るまで、ずっとその状態である
have been in 場所:過去のある時から今に至るまで、ずっとその場所にいる
have been to 場所:~に行ったことがある、(今しがた)~に行ってきたところだ
have gone to 場所:~に行ってしまって、今ここにはいない

have been 補語

これは例えば、He is a teacher.を現在完了にするということです。

He is a teacher.なら「現在の普段の現実として、彼はずっと先生という状態だ」ということを表します。

これを現在完了のHe has been a teacher.とすると、「彼は(過去のあるときから)今に至るまで、ずっと先生という状態をhaveしている」ということなので、「彼はここのところ、ずっと先生をしているよ」という意味になります。

期間をつけて、He has been a teacher for 5 years.なら「彼は先生になって5年になる」という意味になります。

have been in 場所

これは例えば、He is in Tokyo.(彼は東京にいる)を現在完了にするということです。

「in Tokyoという状態で存在している」ということを現在完了にするわけですから、He has been in Tokyo.は「彼は(過去のある時から)今に至るまで、ずっとin Tokyoという状態で存在している」、つまり「彼はここのところずっと東京にいるよ」という意味になります。

He has lived in Tokyo.のような、「そこに居を構え住んでいる」感じは薄く、仕事の関係などで一時的に東京に滞在している感じが出やすいです。

have been to 場所

これはちょっと特殊で、現在完了・過去完了に特有の表現です。

「~に行ったことがある」という意味にも、「~に行ってきたところだ」という意味にもなりますが、共通の根っこの意味は「過去にそこに行って、戻ってきた結果、今はここにいる」ということです。

He has been to Hawaii three times.(彼は三度ハワイに行ったことがある)
⇒彼は過去ハワイに行って、戻ってきて、現在はここにいる、という経験を三度haveしています。

“Where have you been?” “I’ve been to the station.”
(「どこへ行ってたの?」「駅に行ってたんだよ」)
⇒「過去(ついさっき)にどこに行って、戻ってきて、今ここにいるの?」「過去(ついさっき)駅に行って、戻ってきて、今ここにいるんだよ」

have gone to 場所

goneという言葉の感覚を理解するためにはgoを単に「行く」という日本語訳だけで捉えてはダメです。

comeとgoの対比で考えるべきです。

Hey, come here.(ねえ、こっちにおいで)
⇒comeは「近づいてくる」という意味です。
Hey, I must go now.(ねえ、もう私行かなきゃならない)
⇒goは「離れていく」ことを表します。

そうすると、I’m going to Shibuya.(私は渋谷に向かっているところだ)は、話し手が聞き手から離れていく形で渋谷に向かっている最中・途中であると表しているということになります。

そして、He has gone to Shibuya.は「彼は渋谷に行ってしまった」つまり「離れてしまった後で、今はもうここにいない」ことを表します。

goneが表す「行ってしまった後の状態」というのは、「主語が出発し、離れて行って、視界から消えた状態になる」ということを表しています。

5. 現在完了その3:everの本当の意味を知る

現在完了が経験を表すときに出てくるeverという言葉ですが、そのときに「今まで」とか「これまで」という日本語訳がついてくることが普通です。

Have you ever been to Australia?(今までにオーストラリアに行ったことはありますか?)という文を肯定文にして、日本語で「私は今までに、オーストラリアに行ったことがあります」というのは不自然に聞こえません。

少なくとも間違った日本語とは言えないでしょう。

しかし、これを英語にして、I have ever been to Australia.とすると、明らかにおかしな文になります。

何がおかしいのか、どんな風に奇妙に聞こえるのか、わかるでしょうか。

everの本当の意味は

everの根っこの意味は「どの時の一点をとってみても」です。

「今まで」とか「これまで」という和訳は文脈を通して、この根っこの意味から出てきた便宜的なものにすぎません。

Have you ever been to Australia?(今までにオーストラリアに行ったことはありますか?)
⇒「1歳の時でも、5歳の時でも、3年前でも、1週間前でも昨日でも、どの時の一点でもいいんだけど、オーストラリアに行ったことはありますか?」という意味です。

ではこれが、I have ever been to Australia.ではどうおかしくなるのか、見てみましょう。

その前に前項でやった「have been to 場所」の意味を確認しておきましょう。

「行ったことがある」とも「今しがた行ってきたところだ」とも訳される根っこの意味は「行って、戻ってきた結果、今はここにいる」でした。

これを先ほどの文にあてはめると、

「1歳の時でも、5歳の時でも、3年前でも、1週間前でも昨日でも、どの時の一点をとってみても、オーストラリアに行って、戻ってきて、今ここにいる」

となり、あらゆる時の一点において、目にも留まらぬ超高速で、オーストラリアに行っては日本に戻るという神業を成し遂げていることになります。

everは肯定文に使えない?

学習者の中には表面的な文の形だけを見て、「everは現在完了の肯定文に使っちゃいけないんだ」というルールを勝手に考えつく方もいるのですが、そんなことはありません。

He is the funniest guy that I have ever seen.(彼はこれまで私が見た中で一番面白い奴だ)

上記の文は肯定文でeverを使っていますし、everの和訳も「これまで・今まで」として問題はありません。

なぜ問題ないのか?

それはeverの根っこの意味「どの時の一点をとってみても」を当てはめてみればわかります。

「1歳の時でも、3歳の時でも、10歳の時でも、去年でも、昨日でも、どの時の一点で見た奴と比べてみても、彼が一番面白い」

そうです。要するに、文の表面的な形によって言葉が使えるかどうか決まるのではなく、言葉の根っこの意味がその文に合うかどうかが大事なのです。

別項で説明しますが、someが存在を疑問視したり否定する文に使えなかったり、willが時や条件を表す副詞節で使えないのも同じ原因が働いています。

ちなみに、everの根っこの意味が分かると、everに「常に」という和訳がつくことがあるのも簡単に理解できます。

We are living in an ever-changing society.(私たちは絶え間なく変わりゆく社会の中で来ている)

ingというのは「動作の途中」という意味ですが、ever-changingというのは「どの時の一点をとってみても、変化の最中・途中にある」ということです。

したがって、「常に変わりゆく」「絶え間なく変わりゆく」という和訳が出てくるわけです。

そしてneverはnot+everです。

どの時の一点をとってみても、not」ですから、「一度もない」「決してない」という意味が出てきます。

I have never seen such a guy.(そんな男は見たこともないよ)
⇒どの時の一点をとってみても、そんな男を見たという経験はhaveしていない。一回もない・決してない。

I have not seen such a guy.(そんな男はこれまで見ていない)
⇒そんな男を見たという経験はこれまでhaveしていない。

上記例文の和訳ではneverは単純に「notが強くなったやつ」というような感じにしか見えません。

読んだり聞いたりする分にはそれで構いませんが、自分でneverという言葉を使うときに「言葉の気持ち」がピンとこないのは大きな障害になります。

単純に経験を持っていないことを淡々と表すhave notと、どんなときの一点の記憶を検索してみても、そんな事実はない、ということを表そうとするhave neverの違いを意識して、使い分けをすることをお勧めします。

疑問詞+ever

whatever、however、whenever、wherever、whoeverといった、「疑問詞+ever」では、everは「時」の意味が薄れ、「どの1つをとってみても」という「ランダムな検索」のイメージが使われています。

たとえば「なんであろうと」というwhateverなら「どの1つのwhatであろうと」であり、「誰であろうと」のwhoeverや「どこであろうと」のwhereverなども同様です。

様子を尋ね、「どんな風?」「どうやって?」という意味を出すhowにeverがついたhoweverは後ろに形容詞や副詞をつけ、however hard you may try(どれだけ君が一生懸命やろうと)というような使われ方をします。「どの1つの『どれだけ一生懸命』をとってみても」という感じです。

最上級+ever

現在完了とは直接関係はありませんが、単純で使いやすく、しかも非常によく使われる言い回しをご紹介します。

それは「最上級+ever」です。

・This musical is the best ever!(これは史上最高のミュージカルだ!)
・This year’s sales were the highest ever.(今年の売上は史上最高だった)
・That was the nicest present ever.(あれはこれまでにない最高のプレゼントだったなぁ)

「最上級+ever」でも「最上級+名詞+ever」でもどちらでも構いません。

everが「どの一点を考えてみても」という意味なので、最上級と共に使うことで「史上最高」という意味が簡単に出せます

典型的には「主語+動詞+補語」の第2文型で使われ、その際の時制は現在形か過去形です。

現在完了と一緒に使う必要はありません。

6. 現在完了形その4:現在完了進行形

ここで一度復習をしておきましょう。

現在完了は大きく言うと、動作動詞の現在完了と状態動詞の現在完了の2つに分かれます。

動作動詞の現在完了は「動作してしまった後の状態を、今haveしている」というところから「してしまった」という完了を表し、状態動詞の現在完了は「過去のある時点から、今に至るまで変わらない状態をhaveしている」という、期間を伴う継続を表します。

ちなみに「したことがある」という「経験」は「生まれてから今までの時間の中で、してしまった後の状態を一度、もしくは複数回haveしている」ということで、動作動詞の現在完了である「完了」用法の延長線上にあります。

[動作動詞の現在完了]

例えばeatという動作動詞の場合…

We have eaten lunch.(私たちは昼食を食べ終わった)

[状態動詞の現在完了]

例えばliveという状態動詞の場合…

I have lived in Yokohama for ten years.(私は横浜に住んで10年になる)

[「~したことがある」の現在完了]

I have seen the movie twice.(その映画は2回見たことがある)

進行形=未完了形

さて、なぜこんな復習をしたかというと、現在完了進行形を理解するうえで、進行形が状態動詞と同じような働きをしているということに注目する必要があるからです。

進行形は「動作の最中・途中」にあるということで、別の言い方をすれば、「まだ動作は終わっていない」という「未完了形」の性格を持ちます。

My dad is reading the newspaper.(父さんは新聞を読んでいる)
⇒読んでいる途中・最中であり、まだ読み終わっていない。

これは「新聞を読んでいる途中」の状態が今現在、変わらず続いていることを表しています。

ということは、これは状態動詞と同じ感覚を持っているということになります。

readingの部分だけを取り出して考えてみると、「読み始め→読み終わり」の間、ずっと変わらずreadingの状態が続くわけですから、reading自体は状態動詞と同じ性質を持つわけです。

ちなみに状態動詞のI live in Tokyo.が「東京に住んでいる」というふうに日本語で進行形風に訳されるのは、状態動詞と進行形に共通する「状態の継続」という性質によります。

したがって、進行形を現在完了にすると、「過去のある時点から、今に至るまで、ずっと~している最中の状態をhaveしている」ということを意味することになります。

状態動詞の現在完了と似た感じになるわけです。

My dad has been reading a newspaper for three hours.(父さんはもう3時間、ずっと新聞を読んでいる)
⇒3時間前から今に至るまで、新聞を読んでいる最中の状態をずっと変わらずhaveしている。

状態動詞の現在完了を思い出してみましょう。

I live in Tokyo.という普通の現在形は「私は東京に住んでいます」という「漠然と今続く状況」を表します。

これに対し、I have lived in Tokyo for ten years.という現在完了は、「私は東京に住んで10年になります」という、「10年前から今に至るまで」という時間の切り取りを表しています。

それと同様に、My dad is reading a newspaper.は「漠然と今続く、何かをしている最中の状況」を表し、My dad has been reading a newspaper for three hours.は「3時間前から今に至るまで」という時間の切り取りが表されているのです。

have studied English for 10 yearsとhave been studying English for 10 years

I have studied English for 10 years.「これまで英語を10年間学んできました」
I have been studying English for 10 years.「これまで英語を10年間勉強しています」

上記の文はどちらが正しいのか、そして意味の違いは何なのか、という質問を受けることがあります。

日本人が英語で自己紹介をするときに使いやすい文だからでしょうね。

どちらを使っても構わない」というのが答えですが、少し解説をしておきましょう。

I study English.(私は普段英語を勉強しています)というような言い方でstudyを使うときは、I eat breakfast every day.(毎日朝ご飯を食べます)のような動作動詞の「繰り返し」のイメージはなく、状態動詞の持つ継続のイメージが出てきます。

したがってI have studied…は「10年前から今に至るまでずっとやってきた」という「継続」のイメージが出ます。

ただし、これからも勉強を続けるのかどうかは、この文には情報として現れていません。

一方でI have been studying…だと、~ingは「やっている途中であり、まだ終わっていない」ことを表すので、「今も勉強しているところであり、これからも勉強を続ける」という意味を明確に表します

7. 現在完了形その5:「未来完了」の呪縛を解く

英文法の時制には、学習者の気持ちを萎えさせる用語があって「過去未来」という、昔なのか、先の話なのかわからないものや、「未来完了」という、終わっているのかこれからの話なのかわからないものがあったりします。

しかし、英語も人間が話す言葉ですから、決して無茶なルールを文法に組み込んだりはしません

今回お話しする「未来完了」も、人間が持つ、ごく自然な観念を文法にしたものです。

willは「未来」というよりは「意志」と「予想」

「未来完了」のうちの、まずは「未来」の部分から見直していきましょう。

willは現在の日本の英語教育で様々な混乱を引き起こしている言葉です。

「willは未来形だ」とか、「時間的に未来の時点の話はwillを使う」という教え方がその混乱の原因です。

willは正確には「未来を表すこと『も』できる」と言っていい言葉です。

つまりwillの根っこの意味はもっと別のところにあるのです。

willの根本的な意味は「心が揺れて、バタンと傾く」ことで、そこから

①「よしやろう、と心が傾く」→「意志決定」→「~するつもりだ」という意味
②「こうなるだろうな、と心が傾く」→「予想」→「~だろうな」という意味

の二本柱となる意味が出てきます。

例えば①では、We will go out for lunch after finishing this.(これを終わらせたらみんなで昼食に行こう)という「意志」を表している文が出来上がります。

②では、The meeting will start at nine.(会議は9時に始まるだろう)という「予想」を表す文が出来上がります。

意志決定はこれから何かをやることを決めることがほとんどであり、予想も未来に何が起きるかを予想することが多いので、結果的にwillは未来を表すときによく使われます。

しかし、一方で、以下のように、未来とは何ら関係のない「意志」「予想」の表現もあり、そこでwillという言葉の本質を見ることができます。

This door won’t open.(このドアったら、開こうとしやしない)
⇒willは擬人化されたドアの意志。

You will be Mr. Johnson.(ジョンソンさんでいらっしゃいますよね?)
⇒「あなたはジョンソンさんだ」と断言すると失礼なので、「きっと、ですよね」というwillの予想表現を入れて言い方を和らげています。

未来完了で使われるwillは②の「予想」の用法です。

例えば「明日の今頃は、もう私はアメリカに着いてしまっているだろうな」という感じで、未来のある時点において、「もう~してしまっているだろうなぁ」ということを「予想」するための表現なのです。

I will have arrived in the U.S. by this time tomorrow.(明日の今頃は、もうアメリカに着いてしまっているだろうなぁ)

このように、「未来完了」の本質は、「そのころにはもう、やってしまっているだろうなぁ」というふうに「完了してしまっていることを予想する」という、「予想完了」とでも言えるものなのです。

では、普通のwillの文、つまりwill+動詞原形の文とはどう違うのでしょうか?

比較してみましょう。

I will arrive in the U.S. tomorrow at eight.(明日の8時にアメリカに着くだろう)

この文ではarriveという動作動詞の原形を使っています。

動作動詞は変化を表しますから、「(明日の8時に)着いていない状態から、着くという状態への『変化』を起こすだろう」と予想していることを表す文になります。

以下のような会話を想像してもらうと、will arriveとwill have arrivedの違いがよく分かると思います。

「君は明日何時にアメリカに着くの?」
「明日の8時に着くだろうね」
⇒I will arrive in the U.S. tomorrow at eight.
「え?着くのは明日の今頃じゃなかった?」
「明日の今頃は、もうとっくに着いてしまっているよ!」
⇒I will already have arrived by this time tomorrow!

「着いていない」から「着く」への変化を起こすことを予想するのがwill arrive、「その頃にはもう着いた後の状態を抱えているだろう」の状態を予想するのがwill have arrivedです。

締め切りのby

未来完了には、「~までには」とか「~の頃にはもう」という意味を表す「by+時間」がよく出てきます。

このbyは「締め切りのby」とでも呼べるものです。

同じく「~まで」という和訳がつくuntilとの区別がややこしいところです。

untilは「その時点まで1つの状態や行動がずっと続く」ことを意味します。

I’ll be with Kathy until seven.(7時までキャシーと一緒にいると思うよ)
⇒7時まで「キャシーといる」という状態がずっと続く。

「by+時間」では「その時点には、すでにある状態が発生している」ことを意味します。

Finish it by seven.(7時までにそれを終わらせなさい)
⇒7時にはすでに、それが終わっているという状態が発生している。

8. 過去完了:物語の舞台はいつか

過去完了の「気持ち」を考える

この世に存在する「客観的で物理的な時間」と、人間が時間をどう理解して文法に組み込んでいるのかは、まったく別の話です。

例えば、「今から何時間後の未来ならwillを使うのがふさわしいのか」とか、「何時間前までが現在完了と過去形の境目なのか」というトンチンカンな質問をされることがあります。

これは英文法の時制を、物理的・客観的時間に沿って使うルールとして教わってしまい、時制に潜む人間の心象風景(=気持ち)、つまり人間の時間の捉え方について、考える機会がなかったから起きてしまうことです。

過去完了の時によく出てくる、「過去完了は過去の1つ前」という解説も、悪い意味で時制を物理ルール的に捉えてしまっているケースの1つです。

次の文を見てください。

He entered the room and turned on the TV.(彼は部屋に入り、テレビをつけた)

turnedという過去形が表すとおり、テレビをつけたのは過去の話です。

そして、物理的に考えれば、部屋に入ったのは、テレビをつけた時点より、1つ前の時点で行われた行為です。

では、turnedよりも1つ前の時点で発生した、enteredという動作は過去完了であるhad enteredにしなくてはいけないのでしょうか?

もちろんその必要はありません。

上記の英文はまったく自然な文です。

なぜ過去完了を使わなくてもいいのか?

それは、「過去完了の気持ち」を表そうとする文ではないからです。

では「過去完了の気持ち」とは一体どんなものなのでしょうか?

過去その時点で、もうすでにその状態を抱えていた

過去完了が表そうとする気持ちは「過去その時点で、もうすでに~という状態を抱えていた」です。

「過去完了の気持ち」は、例えば「私がテレビをつけたときには、彼はもう私の部屋に忍び込んでしまっていた」という文に現れます。

英語にすると以下のようになります。

He had sneaked into my room when I turned on the TV.

過去完了が苦手な人は、こう考えてください。

過去完了は主に、「~したときには、すでに…してしまっていた」という構文で使われるものなのです。

文法というよりは、一種の構文、熟語みたいなものだと考えてください。

すると、同じ状況でも言い方ひとつで過去形だけの文になったり、過去完了を使う文になったりすることがわかります。

「終電が出た後、彼らは駅に着いた」という状況を考えてみましょう。

They arrived at the station after the last train left.
⇒過去形の文の「そのときにはもう、~なってしまっていた」という感覚がありません。

The last train had left when they arrived at the station.
⇒過去完了を使う文。

セットになるもの:舞台となる過去の一点

過去完了で注意するのは、実は過去完了だけではありません。

過去完了とセットになって、ある表現がついてくることに注意しましょう。

それは、物語の舞台となる時点を表す、過去の時の一点の表現です。

「そのときにはもう、~してしまっていた」の「そのときには」の部分です。

普通の過去形の文と、表す意味を比べながら読んでみましょう。

He had arrived 10 minutes ago.(今から10分前には、彼はすでに着いてしまっていた)
⇒10分前の時点で、すでに「到着してしまった後の状態」をhadしていた。
He arrived 10 minutes ago.(彼は10分前に到着した)
⇒10分前に「到着していない」から「到着した」の変化が起きた。

I had already finished it when I saw you.(君に会った時点では、すでに私はそれを終わらせてしまっていた)
⇒君に会った時点で、すでに「終わった後の状態を」hadしていた。
I finished it when I saw you.(私は君に会った時にそれを終わらせた)
⇒君に会った時に、「終わっていない」から「終わった」への変化が起きた。

過去完了の持つ、「その時点ではすでに終わった後だったよ」という感覚がよくわかると思います。

いわゆる「大過去」は時制の一致でよく起きる

「過去完了は過去の1つ前」という感覚が、その通りに発生している場合もあります。

それは、時制の一致の場合です。

He told me that his car had broken down.(彼は、自分の車が壊れたと私に言った)

ここでは、過去形の時点、つまりhe told meした時点が「物語の舞台となる時点」で、この時点ですでに起きてしまった後だった状態が、his car had brokenです。

この文を過去形だけで表すと、こんな感じになります。

“My car broke down.” he said to me.(「僕の車は壊れたんだ」と彼は私に言った)

後置修飾にもよく使われます。

I lost my camera that I had bought the day before.(前の日に買ったカメラをなくしてしまった)

ここでは、過去形の時点、つまりlostした時点が「物語の舞台となる時点」で、この時点ですでに起きてしまっていたこと、つまりこの時点の前日に起きた、「買った」行為がhad boughtで表されています。

否定語を伴い、「するやいなや」を表すパターン

以下の文に使われているbarelyという否定語は「かろうじて、どうにか」ということを表します。

「ギリギリであり、完全・完成とは言えない」という意味で一種の否定語です。

・I had barely sat on the sofa when I felt asleep.(ソファに座るやいなや、私は眠ってしまった)
⇒私が眠りに落ちる前の時点で、私はすでにまだ、かろうじてソファに座ったところという状態を抱えていた。

・He had barely left home when he was involved in an accident.(家を出るやいなや、彼は事故に遭った)
⇒彼が事故に巻き込まれたとき、彼はかろうじて家を出たところという状態を抱えていた。

9. 進行形その1:進行形によくある誤解

現在完了などと比べると、現在進行形に関する英語学習者のアレルギーはそれほど多くありません。

多くの学習者が進行形を理解しやすいと感じているようです。

一方で、実際に英語を使う場になると、英語学習者による進行形の使用ミスの頻度はかなり高いものがあります。

この項では多くの学習者が英語の進行形に対して持っている誤った思い込みを指摘し、進行形の持つ本当の「気持ち」を解説していきます。

日本語の「~している」と、英語の進行形の違い

日本人の英語学習者が英語の進行形を間違って学習する根本的な原因は、「進行形=~している」と教わることにあります

もしくは教師がそう教えているつもりはなくても、生徒はそう考えた方が楽なので、結局「進行形=~している」と覚えてしまう場合もよくあります。

She is playing tennis now.(彼女は今テニスをしている)

確かに和訳するとき、進行形は「~している」という日本語が当てはまる場合がたくさんあります。

しかし、「~している」というのは進行形の和訳に当てはまる場合があるという程度の日本語表現であって、英語の進行形の「意味」などではありません

「進行形=~している」と機械的に覚えてしまっている英語学習者は以下のような間違った英文を作ることがあります。

×The fridge is breaking.(その冷蔵庫は壊れている)
△I’m living in Osaka.(私は大阪に住んでいる)

実際には以下の英文が自然な表現です。

The fridge is broken.(その冷蔵庫は壊れている)
I live in Osaka.(私は大阪に住んでいる)
※I’m living in Osaka.という表現は、文法的に間違いではありませんが、「現在一時的に大阪に住んでいる。しばらくしたら大阪を離れる」という意味が出ます。

上記例文のis brokenはbe動詞+過去分詞ですが、「壊れている」という日本語訳が適切であり、「壊れる」とか「壊される」という和訳は不適切です。

同じく現在形であるliveも「(大阪に)住む」と訳すのは不自然で、「(大阪に)住んでいる」という和訳に落ち着きます。

日本語の「~ている」という表現は一体何を意味しているのでしょうか?

日本語の「~ている」は変わらず続くこと

日本語の「~ている」が持つ根っこの意味は「ある状態が変わらず継続する」ということです。

「今テニスをしている」というのは「テニスをしている最中の状態が、今続いている」ということを意味し、「その冷蔵庫は壊れている」というのは、「正常だった冷蔵庫が壊れるという変化を起こした後、壊れたままの状態が今も続いている」ということを意味しています。

前者は「動作の途中・最中の状態の継続」であり、後者は「動作が完了した後の状態の継続」です。

そして、「大阪に住んでいる」というのは「住んでいる状態が今ずっと続いている」ということを意味しています。

liveは状態動詞です。

状態動詞とは「動作の始まり、途中、終わり」というアスペクトが存在しない、同じ状態が漠然と続くことを表す動詞のことでしたね。

英語の進行形は「動作の途中」

日本語の「~ている」の意味が、「ある状態が変わらず続く」ことを表すことがわかりました。

それでは英語の進行形は何を表すのでしょう?

すでに現在完了のところで説明したとおり、「動作の途中」ということです。

eat/ateという動作動詞の「動詞原形・現在形・過去形」は「食べ始めから食べ終わりまでプロセス全体」を意味します。

このプロセス全体のうちの「食べている最中・まだ食べ終わっていない」部分だけを取り出して表現するのが進行形です。

つまり、日本語訳の「~している」のうち、英語の現在進行形を意味するのは、「動作の途中が続いている状態にある」という意味での「~している」だけなのです。

「~している」の呪縛から離れて進行形を理解する

進行形が「動作の途中・未完了の状態」を表すことがわかると、「~している」以外の進行形も理解しやすくなります。

それでは英語の進行形は何を表すのでしょう?

すでに現在完了のところで説明したとおり、「動作の途中」ということです。

eat/ateという動作動詞の「動詞原形・現在形・過去形」は「食べ始めから食べ終わりまでプロセス全体」を意味します。

・It seems the kids are understanding my English.(どうやら子供たちは私の英語を理解しつつあるようです)
⇒「理解し始め」と「理解し終わる」の間にいる、ということです。「理解しつつある途中」。

・He is becoming popular in Japan.(彼は日本で人気が出てきている)
⇒become popular「人気が出る」「人気者になる」。ここでは「人気者になりつつある途中」という意味です。

die「死ぬ」という動詞は「生きている状態(alive)から死んでしまった状態(dead)へと変化を起こすこと」という意味です。

それを踏まえて、以下の文はどういう意味になると思いますか?

Oh, no. I’m dying.

これは例えば、銃で撃たれた人がばたりと倒れて、「ああ、もうダメだ」とか「もう死ぬ」という意味で使いますし、すごく辛い目に遭っている人が、比喩的に「もう死んじゃうよ!」と言いたいときに出てくるセリフです。

「生から死への変化の途中」を表すわけですから、I’m dying.は「私は死にゆく途中にある」というのが直訳です。

次に紹介するのも、進行形に絡んで日本人英語学習者がよく犯すミスです。

×A little child drowned in the river.(小さな子供が川で溺れた)

上記の文がなぜおかしいかわかりますか?

drownは「溺れる」という意味なのだと勘違いしている方が多いのですが、実は「溺れ死ぬ」「溺死する」という意味の動作動詞です。

つまり、「溺れ始める→溺れる→水死する」というアスペクトを持った動詞ですから、「溺れる」と言いたければ、「水死しつつある途中」であるdrowningを使わないといけないのです。

A little child was drowning in the river.(小さな子供が川で溺れた)

10. 進行形その2:状態動詞はなぜ進行形にできない?

現在進行形を高校で習うと、様々な「例外用法」を教えられます。

その代表的のものの1つに、「状態動詞では進行形は使えない」というのがあります。

ここでは、なぜそういう現象が起きるかを説明します。

現在進行形は、動作動詞で発生する用法です。

動作動詞は動作の「始め、途中、終わり」という3つの相(アスペクト)を持ち、動作を行うことによって、「変化」が起きる動詞です

例えば、She ate dinner.なら、eatは動作動詞で、「食べる」ことによって「空腹の状態」から「満腹の状態」へと変化が起きます。

そしてこの、「満腹への変化の途中」の段階が、

She was eating dinner.(彼女は夕食を食べているところだった)
⇒食べ終わる前の、食べている段階。

といった進行形なのです。

大事なことなのでもう一度言いますが、進行形は、「変化していく」途中の状態を表します

一方で状態動詞は、「いつ始まった」とか「いつ終わる」とかを意図しない、「ただ漠然とその状態が変わらず続いている」ということを表す動詞です。

例えば、「君、部活は?」「私、バスケ部」という会話が行われるとき、「いつバスケ部に入って、いつ辞めるつもりだ」ということを考えながら「私、バスケ部」と言うでしょうか。

そうではないですよね。

漠然と、「バスケ部に所属している状態が変わらず毎日続いている」という意味で、「私、バスケ部」と言うのが普通のはずです。

I belong to the basketball club.(私、バスケ部)

このように、状態動詞は「変化のない状態が続く」ことを表しますから、「変化の始まり・途中・終わり」というものも存在しないわけです。

よって、「変化の途中」にあることを表す「進行形」というものも存在しないのです。

進行形にできない状態動詞で他に有名なものはknowです。

これは「知る」という変化ではなく、「知っている」という状態を表す動詞です。

例えば、I know him.は「私は彼を知っている」という日本語訳がつきます。

そして、昨日も今日も明日も、知り合いという状態が変わらず続いていることを表します

ですから「変化してゆく途中」を表すことになる、I’m knowing him.とはできないのです。

状態動詞でも進行形にできるものもある

しかし、使い方によっては、状態動詞でも進行形にできるものもあります。

ただし、わけのわからない例外規定のようなものではありません。

進行形になる理由がちゃんとあるのです。

I resemble my mother very much.

このresembleは「似ている状態が変わらず続いている」ことを表す状態動詞です。

「似る」という変化を表す動作動詞ではありません。

ですから、通常は進行形にはなりません。

しかし、以下のように、day by day(日に日に)というような、「時間とともに変化が起きている」ことを表す言葉と一緒に使うと、進行形にすることができます

My daughter is resembling me more day by day.(娘は日に日に私に似てきている)

これは「1日ごとに似る度合いが増していく、その変化の途中にいる」ということを表しているので、進行形にすることができるのです。

think「思う」という動詞も状態動詞です。例えば…

I think he is a nice person.(私は、彼はいい人だと思う)

ならば、「彼はいい人だ」という意見・感想を昨日も今日も明日も変わらず持ち続けているということで、状態動詞だということがわかります。

例えばこれを「私は、彼のことをいい人だと思っている」という日本語にしたとしても「思っている」というのはずっと変わらない状態であり、変化の途中ではありませんので、

×I am thinking he is a nice person.

というような進行形にするわけにはいきません。

しかし、「考えをまとめる」という意味でthinkを使う場合には話が変わってきます

I am thinking about it now.(今それについて考えているところなんだ)

このthinkなら、「考え始め→考えている最中→考えがまとまる」という変化を表すことになり、「考えている最中=考えがまとまっていく変化の途中」という意味で、進行形が自然なものとなります。

haveも本来は「所有の状態が変わらず続いている」という状態動詞ですが、「食べる」という意味で使われる場合には、eatがeatingになるのと同様、進行形にすることができます

I have a car.(私は車を持っている)
⇒変わらない所有の状態。
×I’m having a car.

I’m having dinner.(私は夕食を食べているところだ)
⇒食べ物がなくなっていく変化の途中。

11. 知覚動詞はなぜ進行形にできない?

知覚動詞とは「ハッと気付く」もの

知覚動詞とは、ざっくり言ってしまえば「入ってきた情報に、五感を通して気付く」ことを意味する動詞です。

(1)seeとlookとwatch

例えばseeは「視界に飛び込んできた情報に、気付く」ということです。

I saw a cat in the yard.(庭で一匹の猫を見かけた)
⇒見ようとして見たのではなく、視界に入ってきた猫に気付いた。

このようにseeは知覚動詞の条件を完全に満たします。

ちなみにlook atは「何かを見ようとして、ある方向に目線を向ける」ということを意味します。

Hey, look at that!…Did you see it?(ほら、あれ見て!見た?)
⇒「あれに目を向けて!…ちゃんと視界に入った?」ということ。

watchは「成り行きを見守る」ということを意味します。

何かが動いていて、「この後どうなるのだろう?」と思いながら見ていることを意味します。

I watched TV.(私はテレビを見た)
⇒テレビ番組の中身を「この後どうなるのか」と思いつつ映像を追いかけて見守る。

×I watched a picture.(私は写真を見た)
⇒写真の画像は動かないので、映像を追いかけて見守ることができない。

このようにlook atとwatchは、seeと比べると「知覚動詞」とは言えません。

知覚動詞とは「入ってきた情報にハッと気付く」感じのものだからです(それでもlook atとwatchは知覚構文には使われるのですが、それは今回は割愛します)。

(2)hearとlisten to

seeは視覚ですが、聴覚ではhearがこれに相当します。

I heard some strange noises.(変な音が聞こえた)
⇒聞こうとして聞いたのではなく、耳に入ってきた音に気付いた。

listen toは「自分の周りにある無数の音を無視して、ある音だけを聞き取ろうと耳を傾ける」ということを意味します。

Hey, are you listening to me?(ねぇ、私の話聞いてる?)
⇒自分の話に集中して耳を傾けてくれているかどうか。

“Did you hear me?“ ”No, I can’t hear you. We’ve got a bad connection.“
(「私の声、聞こえる?」「いや、聞こえない。電波が悪いみたい」)
⇒声が耳に入ってきているか、つまり、声を知覚できているかを聞いている。

知覚動詞はなぜ進行形にできないのか

このようにseeは視覚の、hearは聴覚の知覚動詞です。

そして、高校で習う重要なルールに、「知覚動詞は進行形にできない」というのがあります。

こうした文法をただのルールとして覚え、なぜそういうルールが成立するか理由がわからないと、パッと書いたり、話したりすることができなくなります。

そこで、なぜ知覚動詞は進行形にできないのか、考えてみましょう。

ヒントは「気付く」です。

例えば、「パーティで彼女を見かけた」というときに、「見かけた」というのは「視覚を通して、『おや、彼女がいる』と気付いた」ということです。

「気付く」という動作は「気付いていない」から「気付いた」への変化を起こすという意味で確かに動作動詞なのですが、ここで問題になるのは、「気付く」という動作が一瞬で行われるということです。

進行形は「やり始めからやり終わりへと変化していく途中・最中」の状態を表します。

例えば「食べる」という動作なら、「食べ始めから食べ終わりへと変化していく途中の状態=食べている最中」という進行形は成立します。

しかし、「見かける」という動作において、その途中というのは成立するでしょうか?

「おや、彼女だ」という気付きは一瞬で成立します。

「気付きかけているその最中」というのはいかにも不自然です。

もう少し詳しく説明すると、「食べている最中」というのは、「まだ食べ終わっていない(未完了)」ということでもあります。

ということは、

×I was seeing her at the party.

にすると、「パーティで彼女がいるのに気付きかけたけど、まだ完全には気付いていない、その途中だった」という意味になってしまい、おかしいわけです。

smellとtaste「気が付く」が「意識的な観察」か

smellとtasteには2つの使い方があります。

まずは、「鼻・舌を通して入ってきた情報に気付く」という、知覚動詞としての使い方です。

This smells bad.(これ、臭いね)
This coffee tastes good.(このコーヒー美味しいね)
⇒知覚する対象である、匂いや味を発するものが主語になるのが特徴。

これは「鼻に入ってきた匂いに気付く」「舌に入ってきた味に気付く」という瞬間的に完結する動作ですので、知覚動詞であり、進行形にできません

一方で、smellとtasteは「どんな匂い・味なのだろうと意識的に観察する」動作にも使えます。

Let me smell the soup.(そのスープの匂いを私に嗅がせてみて)
Let me taste the soup before you add salt.(君が塩を入れる前に私にスープの味見をさせて)

これは「よし、今から匂いを嗅ぐぞ」→「嗅いでいる最中」→「嗅ぐの終わり」、もしくは「よし今から味見をするぞ」→「味見をしている最中」→「味見、終わり」という動作になりますから、進行形にできます。

I’m smelling the soup now.(今スープの匂いを嗅いでいるところだよ)
I’m tasting the soup now.(今スープの味見をしているところだよ)
⇒人が意識して行う動作なので、人が文の主語になるのが特徴。

「単にそういうルールだから」で終わらせるのではなく、「なぜそうなるのか」がわかることが大事です。

そうすることで、自信を持って意識的に正確な文法が使いこなせるようになりましょう。

12. 進行形その4:一時的な状態

Why are you being so nice to me today?(なぜ今日は私に親切にしてくれるのですか?)

上記の文は、“You are nice.”(あなたいい人だね)とは違って、「いつもはそうじゃないけど、今日だけいい人」という意味が出ます。

You are being nice.という形は進行形で、You are nice.のareが現在進行形のbeingに変わり、進行形ですから、さらにその前にareというbe動詞をつけたものです。

このように「be動詞+形容詞」を進行形にすると、「いつもはそうじゃないけど、一時的に今そういう状態になっている」という意味になります

なぜ進行形に、こんな意味があるのでしょうか?

「途中」があるから「始まりと終わり」がある

途中というのは何かの間にあることですから、必ず「始まり」と「終わり」を伴います

進行形というのは「動作の途中」ということを表しますので、進行形は必ず「動作の始まりと終わり」をセットで伴うのです。

状態動詞を思い出してみましょう。

James is nice.(ジェームズはいい人だ)のisも状態動詞です。

ジェームズがいい人だというのは、ずっと変わらず続く状態です。

何時いい人になり始めて、何時いい人でいることをやめるのか、ということは表していません。

ところがこれを「無理やり」進行形にしてJames is being nice.とすると、「いつもはいい人じゃないけど、今一時的にいい人になっている」ということが表せるわけです。

ここでは「お愛想でいい人のふりをしている」とか、「今だけ相手に合わせて下手に出ている」とか言った文脈で使います。

・How come he can be so rude to me. I was not being nice for this!
(彼はなんであんなに私に無礼でいられるんだ。下手に出てればいい気になって!)
⇒後半の文章の直訳:私はこんなことのためにいい人になっているんじゃなかったんだぞ。

・I was just being nice.(私は気を遣っただけだ)
⇒一時的にいい人の体裁をとった。

他にも、この構文は人のキャラクターを表す形容詞と共によく使われます。

Stop telling stupid jokes. You are being foolish.(くだらないジョークを言うのはやめなよ。馬鹿みたいだ)
⇒いつも馬鹿な人間というわけではないが、今は一時的に馬鹿な人間になっている。

状態動詞の進行形

「be動詞+being+形容詞」の他にも、「一時的な状態」を表す進行形はあります。

状態動詞が進行形にされたときに起きやすくなります。

I’m living in Yokohama.(私は一時的に横浜に住んでいる)

I live in Yokohama.に比べると、何か事情があって一時的に横浜に住んでいるのであって、いつか横浜を出て行くという意味が出ます。

なぜか?I live in Yokohama.だと、liveは状態動詞ですから、「いつ住み始め、いつ住み終わるのか」などと考えずに、「自分がずっと暮らしているところは横浜」ということを表します。

しかし、これを進行形(途中形)にすると、始まりと終わりが強制的にできます。

したがって一時的に住んでいるという意味が出るのです。

日本人の英語学習者がよく使い方を間違える動詞にstandがあります。

standは「立っている状態が続いている」ことを表す状態動詞として使うことが普通で、「立ち上がる」という動作動詞はstand upです。

日本語の「~ている」は進行形にも状態動詞にも使う言葉なので、例えば「丘の上にその家は立っている」という日本語を英語に直すのに、

×The house is standing on a hill.

としてしまう人が結構いますが、正解は…

The house stands on a hill.

になります。

standを進行形で使うと「一時的にある場所に立っている」という意味になります。

The man was standing in front of your car.(その男は君の車の前に立っていたんだよ)

「その男」は車の前に立ち止まり、そこで「stand開始」です。

その後に続くのが「車の前で立っている最中」であり、これが上記の文の表す意味です。

その後、車の前から離れ、「stand終了」となります。

「意見を和らげる」ための進行形

他にも状態動詞が進行形になる例を見てみましょう。

ただし、ここから「意見を和らげる」ために使われる進行形が応用されるというものです。

まずはthinkです。

意見を表す意味でのthinkも、本来は昨日も今日も明日も変わらずhave an ideaしているということなので状態動詞です。

I think he is a kind man.(彼は親切な男だと思う)

しかし進行形にすると、「一時的に思っている」、つまり「ずっとそう思い続けるわけではない」という意味が出て、そこから「そんなに強く思っているわけではない。軽くそう思っているだけだ」というニュアンスが出ます。

I’m thinking of buying that book.(その本を買ってみようかと思ってるんです)
⇒ちょっとそう思っているだけ、というニュアンス。

この「自分の意見を和らげて表明する」ための進行形は、同じく自分の「思い」を表すhopeにも出てきます。

例えばI hope…なら比較的しっかりと、そう願っているという感じが出ます。

I hope the plan will be successful!(その計画がうまくいくといいですね!)

これをI’m hoping…とすると、「~だといいなぁ、なんて思っているんですが」くらいの「軽い」感じになります。

I’m hoping the plan will be successful.(その計画がうまくいくといいなぁ、って思ってるんですが)

これが進行形が持つ「一時的」という感覚が「ずっとではない=弱い・はかない」という意味で応用されたものです。

13. 様々な「未来」表現

「未来表現」を作るのは未来への「気持ち」

人間が時間を言葉で表すための文法である「時制」は、物理的な時間の法則に基づいてできているものではない、ということはすでに述べました。

未来表現もその1つで、未来を英語で話す人がどう見ているのかで表現は変わってきます

ここでは「現在形」「現在進行形」「be going to」「will」そして「be about to」といった未来表現がどのような気持ちを表しているのかを見ていきましょう。

未来を語る現在形は「いつもそうだよ形」

現在形が表す未来は「昨日も今日もそうで、明日もそうだよ」という「繰り返される出来事」に使われるのが一般的です。

この「いつもそうだよ」という感覚はつまり、「私たちが住んでいる世界ではいつもこうなんだよ」という「現実」を表してもいます。

ですから、現在形は「いつもそうだよ」形、「現実」形と考えるとしっくりきます。

・I get up at seven.(私は(いつも)7時に起きます)
・He teaches English.(彼は(普段)英語を教える⇒彼は英語の先生だ)
・The sun rises in the east.(太陽は(いつも)東から昇る)

すると、未来の話でも、現実として確定している気持ち、言い換えれば、まず間違いなく起きると考えている出来事があると、現在形を使います

Tomorrow is Thanksgiving Day.(明日はサンクスギビング・デイ(感謝祭の日)だ)
⇒カレンダーに記されている、確実に起きる出来事。つまり話し手と聞き手にとって自分の住む世界の現実。

The express train leaves Shinjuku station at 7:20 tomorrow moning.(その急行は明日朝の7時20分に新宿駅を出る)
⇒時刻表に記載されている情報は「いつもそう」という情報で明日も確実に起きること。

現在進行形は「変化していく途中・最中」

現在進行形は「やり始めからやり終わりの間にある、途中・最中」を表します。

We are leaving for London tomorrow.(私たちは明日、ロンドンに向けて発つ)

この文が表す気持ちは、「もうその事態・モードに突入している最中」です。

例えば「ロンドンには行くんだけど、まだ先の話で、今はまだ関係ない」なら進行形は使いません。

別に明日でなくても3日後でも1週間後でもいいんですが、気持ちとして、「ああ、もうロンドン行きが迫ってきた。今の自分のスケジュールも基本、ロンドンに行くことの準備や何やらでかかりっきりだ」というのがあれば、進行形が出てきます。

自身がロンドン行きモードに入ってしまって、ロンドン行く、ということに向かって進んでいる最中だからです。

では例えば、be going toを使った、We are going to leave for London in July.(7月にロンドンに向けて発つ予定だ)というのと、進行形が表す未来とはどう違うのでしょうか?

be going toも元々一種の進行形で、文字通り「あることをすることに向かって、今、進んでいる最中」という意味です。

この表現はWe are leaving for London tomorrow.と比べると、それほど切羽詰まっていません。

We are going to leave…を直訳すると、「7月にロンドンに向けて発つ、というイベントがあるのだが、それに向けて、私たちは今向かっているところだ」という感じです。

「事態に突入」し、生活や気持ちがロンドン行きのモード一色に染められているWe are leaving…とは違い、まだずっと先にある予定に向かって今進んでいる最中という感じです

willは「思っているだけ」

willは未来完了のところで説明したとおり、「心がバタンと傾く」という意味が根っこにあります。

そこから「よしやろう」という意思決定を表す「~するつもりだ」の意味と、「~だろうな」という判断・予想を表す意味に分かれていきます。

ここからわかるとおり、willというのは「心の働き」を表す言葉であり、物理的な未来を表す純然とした「未来形」というものではありません

心の働きを表す動詞とすごく相性がよいのもそのせいだと思われます。

thinkやhopeは目的語の節にwillがくることがよくあります。

特にhopeの目的語節はwillがつくのがデフォルトと言ってもいいくらいです。

I think he will be successful.(彼はうまくいくだろうと思う)
⇒「思っている(think)」の内容を表す節に「予想」を表すwillがあります。

I hope someday my prince will come.(いつか王子様が来てくれるといいな)
⇒「希望する未来」の内容を表す節に「予想」を表すwillがあります。

さて、willはこのように心の働きであることがわかれば、willの持つ「未来への確定度合い」もつかめてきます。

It will rain tomorrow.(明日は雨だろう)

は「思っているだけ」です。一方…

It’s going to rain tomorrow.(明日は雨だろう)

は「雨が降る」というイベントに向かって状況が進んでいる最中であることを表します。

すると、心の中で予想しているだけのwillよりも「確実にそこへ向かっている」感覚が出てくることがわかります。

be about toは「~する寸前」

最後にbe about toについて説明します。

aboutという言葉は「周辺」というのが根っこの意味です。

例えば、「およそ10時」というのは、「10時の周辺」ということです。

「彼についてのエピソード」と言うとき、それは「彼を取り巻く様々なエピソード」ということを表します。

I was about to get on the train.(私は電車に乗り込もうとしているところだった)

というのは直訳すると「私は、電車に乗る(get on the train)ということに向かう(to)周辺(about)という状態で存在していた(was)」となります。

つまり、be about toは「~する寸前」という意味で、非常に近い未来を表すことになります。

英語の特徴・文型を理解しよう

英語の特徴・文型を理解しよう

英文法を学ぶ前に少しだけ、日本語と違う英語の世界の基本についてお話しします。

1. 日本語の世界、英語の世界

人間はかなりの部分、言語を使って思考をします。

そのため、母語の違いが、ある程度ものの見方や考え方に影響を与えると言われています(あくまである程度です)。

極端な例では、この世には「左右」にあたる語彙がない言語が結構あり、そういった言語を母語とする人たちは、「自分の左側に・右側に」の代わりに、「東側に」とか「南側に」というふうに表現するので、何かを説明するときに、自分の向く方向が変わっても指差す方向は必ず同じ方向、つまり常に東側とか南側とかを指すそうです。

そこまで極端ではないにしろ、英語と日本語の間にも物の見方の違いがあります

例えば、「ここはどこ?」を英語ではどういうでしょう?

みなさんの中にはWhere is here?と訳してしまう人がいらっしゃるかもしれません。

しかし、これは日本語からの直訳であり、自然な英語ではありません

英語では、Where am I?というのが普通です。

これは、日本語と英語でただ言い方が違うということではありません。

日本語と英語には、こういう言い方が起きる原因となる、一貫した「世界の捉え方の違い」があるのです。

それは、

日本語:自分がカメラになって外の風景を移す言語
英語:外から、もう1人の自分が自分を眺める言語

という違いです。

日本語では、話し手がカメラになって外の世界を言葉によって映し出します

カメラは風景の中には映り込みませんから、話し手自身の存在が消え、言語化されないことがよくあります。

英語のIと違い、日本語では「私は」という主語の言語化されないことがよくあるのは、この影響かもしれません。

日本語の「ここはどこ?」という表現にも、「ここ」と「どこ」という「カメラに映る風景(場所)」のみが言語化されています。

一方、英語は、もう1人の自分が、外から自分を眺めている言語です。

上記のWhere am I?の例では、よく英語の地図上に「現在地」の意味で書かれている「You are here.」の表示がわかりやすいですよね。

外から、地図上にいる自分を眺めている感覚です。

日本語の「私は迷子になった」が英語で「I am lost.」になるのは、地図上にいた自分が失われてしまったのを自分が外から見ている感覚です。

例えばfindは中学英語で習う動詞ですが、日本人には使いこなしにくい言葉の1つです。

なぜなら、まさしく「外から自分を眺める」動詞だからです。

I found the house empty.を自然な日本語にすると、「家は空っぽだった」となります。

日本語では家が空であることに気付いた「私」は言語化されないのが普通です。

でも英語だと、「私は家が空っぽだったことに気付いた」となります。

これは明らかに、「気付いた自分を外から観察している」表現です。

多くの日本人が「家は空っぽだった」を英語にすると、The house was emptyと言うでしょう。

もちろん間違いではありません。

しかし、英語の物の見方が反映されていないから、「英語っぽい英語」を扱えないことが多くなるのです。

「英語脳」という言葉が巷に溢れています。

いろんな定義があるでしょうが、私の「英語脳」の定義はまさにこの「外から自分を見る」言葉の使い方です。

「外から見る」感覚を手に入れる

英語の持つ「外から見る」感覚がわかると、日本語話者にとって違和感の強い表現もすんなり理解できるようになります。

I dressed myself.「私は身支度を整えた」
I seated myself.「私は席に着いた」

これらは直訳ではそれぞれ「私は自分自身に身支度をさせた」「私は自分自身を席に着かせた」となります。

これは、「自分の魂が自分の身体を操っている」幽体離脱つまり自分が外に出る感覚です。

「~と友達になる」はmake friends with ~ですが、日本人はこれをmake (a) friend with ~としがちです。

自分と相手の2人が外から見えているのが英語脳の考え方(だからfriendsという複数形)で、自分が視界から消えて相手1人しか見えていないから(a) friendとしてしまうのが日本語脳の考え方です。

I made friends with a man from Thailand.「タイ出身の男性と友達になったんだ」

英語脳が働かないと、日本語の直訳的な、変な「時には理解してもらえない」英語を量産し続けることになります。

逆に言えば、きちんと英語を話せるようになるということは、英語脳で世界を見る、つまり外から自分を見る能力を手に入れることです。

英語で自身を表現できるようになることは、あなたにとって、単に英語を話せるようになる以上の意味を持つのです。

2. 言いたいことから先に言うのが英語

英語脳の語順は「脳friendly」

前項では、英語で見る世界を通して「英語脳」とは何か、という話をしました。

英語脳の重要な要素に、「語順」があります。

とはいえ、多くの英語学習者にとって英語の語順は頭痛のタネでしかないと思います。

文法をただのルールの集まりだと考えると、語順ほどややこしくて、面倒なものはないでしょう。

ところが実は、語順は英語をしゃべる人の気持ちを表しています

つまり、英語の語順というのは、わからない無機質なルールなどではなく、「脳friendly」にできているのです。

今から述べる仕組みを理解すれば、あなたの脳はもっと友好的に英語の語順を捉えることができるようになります。

疑問文の語順の正体

This is a pen.を疑問文にすると、Is this a pen?になります。

これは中学一年で英語を習い始めるときに学ぶ、ごく基礎的な知識です。

あまりに基礎的すぎて、「なぜ疑問文ではIs this a pen?という語順になるのか説明してください」なんて言われたら、ほとんどの方が困るでしょう。

「それはそういうものだから」となってしまうのが普通です。

ところで、学校で「疑問文」と習うこの語順は、本当に疑問文のための語順なのでしょうか?

学習を進めていけば、この「疑問文の語順」は疑問文以外にもいろいろと使われていることがわかります。

例を挙げると、

(1)「否定の倒置」と呼ばれるもの
Never have I thought of such a thing.(そんなことはこれまで一度も考えたことがない)
(2)mayを使った「祈願文」と呼ばれるもの
May God bless America.(合衆国に神のご加護があらんことを(合衆国大統領の演説の締めくくり))
(3)仮定法の倒置
Had I seen him yesterday, I would have told him not to do so.(昨日彼に会っていれば、そうするなと言っておいたのに)
(4)「同様だ」ということを表す表現
”I’m hungry.” “So am I.”(「お腹すいた。」「私もよ。」)
“I don’t know him.” ”Neither do I.”(「彼とは知り合いじゃない。」「私も違う。」)

これらの倒置はみな「疑問文の語順」と同じ語順です。

ということは、これらは単なる偶然ではなく、もう一段深いところにこの語順の真の正体が隠れていると考えた方がいいのではないでしょうか。

英語の語順のたった2つのルール

実は英語の語順には基本となるルールが2つしかありません。

ルール1:言いたいことから言う
ルール2:軽い情報が先、重い情報は後

Is this a pen?で働いているのはルール1のほうです。

This is a penが疑問文になると、Is this a pen?になるのは、Isが一番言いたいことだからです。

ではなぜ、Is this a pen?ではisが「一番言いたいこと」になるのでしょうか?

それは、これがペンなのかどうかを迷う、ということは、「これはペン『です』か?それともペン『ではないのです』か?」という気持ちになっているわけです。

つまり、This is a penなのか、This is not a penなのかで迷っています。

したがって、話者の気持ちのスポットライトはisを照らし出し、これが一番言いたいことになるわけです。

ここで重要なことが1つわかります。

この、動詞が主語の前に出る、いわゆる私たちが「疑問文の」語順と習っているものは、厳密には疑問文の語順ではなく、「動詞を強調する語順」なのだということです。

「疑問文の語順」は動詞を強調したいから動詞を文頭に持ってきているわけで、この語順は「疑問」を表す以外にも、動詞の強調のために使うことができるのです。

実はあまり頻繁に使われる形とは言えませんが、疑問文からクエスチョンマークを取り除き、代わりに「!」をつける言い方があります。

God, is it tough!(なんてことだ、きついなぁ!)
Ha, ha, is he hot!(わはは、彼はホットな奴だなあ!)

これらの文を話すときには、疑問文のように語尾が上がることはありません。下がります。

「(tough)である」「(hot)である」の「である」の部分(=is)を文頭に持ってきて強調しているので、「本当にそうだなぁ!」という強調になるのです。

この語順は、クエスチョンマークがつく(話すときは語尾が上がる)場合に疑問文と認識されるだけで、語順自体が純粋に疑問を表しているわけではないことが、これでわかります。

3. 軽い情報を先に、重い情報を後に言うのが英語

次に、英語の語順の二大ルールの残りの1つについて述べていきます。

ルール2:軽い情報が先、重い情報は後

言葉のやりとりは、キャッチボールに例えることができます。

受け手の気持ちになって想像してみてください。

どちらの方が、楽に相手のボールを受け取ることができますか?

①最初に重いボールを投げてもらい、その後に軽くて受け取りやすいボールを投げてもらう
②最初は軽いボールを投げてもらい、それで大体の感じをつかんだ後に、重いボールを投げてもらう

素直に考えれば、②の方が受け取りやすいですよね。

コミュニケーションの重要なゴールの1つは「わかりやすさ、伝わりやすさ」です。

そこで、英語は②の戦略を取り入れて語順を作っています。

例えば、日本語で「この仕事を1日で終わらせるのは難しい」というところを英語では、「それは難しいよ」と、まず単純で大まかな内容を伝えます。そしてその後「(『それ』っていうのは)この仕事を1日で終わらせることだけど」というふうに詳しい追加の内容を伝えます

英語にすると、こうなります。

To finish this work in a day is difficult, → It is difficult to finish this work in a day.

どちらの文の間違ってはいません。

しかし、右の文の方が好まれます。

それは、聞いていてわかりやすいからです。

学校などで、「英語は頭でっかちな文を嫌う」と聞いたことがありませんか?

最初に軽い情報を持ってくるので、頭は小さく、お尻が重くなるわけです。

また、「英語は重要な情報を後に持ってくる」ともよく言われます。

これも、「軽いわかりやすい情報」よりも「長く重い情報」の方が重要な情報であるということなのです。

軽い情報とは何か

ここで「軽い情報」にはどんなものがあるか、挙げておきます。

(1)短い情報
単語の数が少ない情報
(2)抽象的な情報
例えば、「キャベツ、ニンジン、ピーマン」が具体なら、「野菜」は抽象です。日常会話で「要するに、○○ということ。」とまとめたりするのは、「抽象化すると捉えやすい=情報処理しやすい」ということです。
(3)旧情報
初めて聞く情報(新情報)よりも、すでに一度聞いている情報の方が、脳の中で情報処理できます。

(1)「短い情報」が先にくるパターン

例えば、「眠っている赤ちゃん」はa sleeping babyと表します。

しかし、babyの様子を説明する言葉が長くなると、a baby sleeping with her mother(母親と一緒に眠っている赤ちゃん)のように、後ろに回ります。

その他、a house to live in(住むべき家)、a girl with long hair(髪の長い女の子)、the man who talked about you(君について話していた男の子)のように、短い名詞の様子を詳しく説明する、長い形容詞のかたまりが後ろにつきます(後置修飾)。

(2)「抽象的な情報」が先にくるパターン

先ほどの、It is difficult to finish this work in a dayでは、itという「仮主語」(「形式主語」とも呼ぶ)が使われています。

仮主語、あるいは仮目的語のitは従来の英語教育で言われているような「意味がない、形式だけの言葉」などではありません

itは「状況」というれっきとした意味を持つ言葉です

It is difficultは「状況は難しい」と言っているのです。

itは「抽象的な情報」にあたります。

例えば、雨が降っていても、寝坊しても、友達と喧嘩しても、それらはすべて「状況」です。

あらゆる状況を抽象化したのが仮主語のitです

そして、抽象的で軽い情報であるitを主語にしたIt is difficultの後に、itの具体的な中身であるto finish this work in a dayがやってくるわけです。

聞き手はすでに「難しい状況ってどんな状況だろう?」という心の準備ができているので、to finish…という具体的で重い情報を楽に受け止め、処理できるのです。

(3)「旧情報」が先にくるパターン

例えば、「それを誰かにあげたの?」という文を思い浮かべてみてください。

「それ」という代名詞を使っている以上、話し手も聞き手も、「それ」が何なのか、ということはすでにわかっている情報、つまり旧情報です。

そしてその返答として、「私はそれをアデルにあげた」という場合、I gave it to Adele.とは言っても、I gave Adele it.とは言いません。

なぜなら、itは旧情報で軽いので、先に言うのです。

一方で、「それを誰にあげたの?」という質問の答え、という意味でAdeleは新情報です。

新情報は重いので後にきます

さて、Does he play baseball?とは言ってもPlays he baseball?とは言わないのはなぜなのかを説明しましょう。

be動詞ではIs this a pen?というふうにbe動詞から先に言えるのに、なぜ一般動詞の疑問文ではdoやdoesを使うのでしょう?

ここには(2)「抽象的な情報」が関わっています。

be動詞は「~という状態で存在している」というのが本来の意味で、非常に抽象的な意味を持つ動詞です。

ですから、「軽い情報」であり、疑問文では先に言いやすい、つまり文頭に持ってきやすいと考えられます。

しかし、一般動詞はrun(走る)、make(作る)、eat(食べる)など、一つひとつと具体的な情報です。

そこで、これら一般動詞を抽象化して「軽く」します

要は「何かをする」ということですからdoやdoesになるのです。

4. 文とは何か、を理解する

一語文から見えてくる「文」の意味

例えば、「水」という単語があります。

単語としての「水」は名詞で、その意味は「液体で、酸素と水素の化合物である、0度で固体になり、100度で気化し、生物の生命維持に欠かせないもので…」という感じです。

「水」はあくまで単語であり、一見すると、これだけでは文にならないと思えます。

ところが、人間の子供が一番初めに話す言語形式に、「一語文」というものがあります。

例えば、①(水が溢れるので)「水!」、②(喉が渇いて)「水!」

①は「水がある、水が存在する」という意味を持ちます。

明らかにこれは、「水とは何か」という意味での、単語としての「水」ではなく、「水があるよ」ということを表す「文」です。

②は「水が欲しい、水をくれ」という意味を持ちます。

これも明らかに単語ではなく、文です。

つまり、ただの名詞一語でも、それが「文」として使われれば、「存在承認」か「希求」のどちらかの意味を持つわけです。

衝撃的なのは、「文」は、そこに入る単語が何であれ、「文」という単語自体に「存在承認」か「希求」という固有の意味があるのだということです。

「文」とはただの形ではなく、単語や熟語と同様、意味のユニットだったわけです。

例えばbuyという動詞には「買う」という意味はあっても「渡す」というイメージはありません。

She bought a T-shirt.(彼女はTシャツを一枚買った)

「渡す」というよりは、どちらかといえば、「手に入れる」イメージですね。

しかし、buyを第4文型に入れれば「買う+渡す」=「買ってあげる」という意味になります。

She bought me a T-shirt.(彼女は私にTシャツを一枚買ってくれた)

これは第4文型自体に「渡す」という意味があることを示しているのですが、その原型のようなもの、つまり、一語文それ自体が固有に持つ意味というものがあるのです。

この「一語文」の持つ存在承認と希求の意味を表現している例を以下に示します。

男性:Shaaark!
サメ:Whaaat?

最初に男性が叫んでいる「Shark!」は「サメが『いるぞ』!」という存在承認を意味します。

そして、サメが「What?」(何?)と問い返しているのは、サメが、男性の「Shark!」というセリフを希求の意味、つまり「『おーい、サメよ!』と自分を呼んでいる(=いてほしいから呼んでいる)」のだと解釈したことを意味しています。

まさに、「Shark!」という一語文が存在承認と希求の両方の意味を持つ文として機能していることを表しています。

動詞の原形と命令文

動詞の一語文で典型的なのは、命令文です。

日本語でも目の前の相手に「(ほら!)歩く!」と呼びかければ、それは「歩け」ということを意味しています。

これはただの「裸の動詞」である原形(日本語では終止形)を「文」という形式の中に置くことで「希求」の意味が加わり、「歩く」という動作が存在してほしいのだという意味を伝えることになるのです。

英語ならWalk!(歩け!)というところです。

もちろん、存在承認の意味が出ることもあります。

例えば赤ちゃんが歩くのを見て、日本語で「おお、歩く、歩く!」と言っているのがそうです。

この一語文がさらに「分析的」、つまりもっと大人の文になると、一語の中に込められている情報が主語と述語、つまり「何が」と「どうする」に「はがれ」ていくのです。

He walks.(彼が歩く)

5. 動詞の「力の方向」を理解しろ!

自動詞と他動詞の「気持ち」を理解する

ちょっと日本語で考えてみてください。

①皿が割れる
②皿を割る

どちらが「自分で勝手にそうなっている」感じがしますか?

どちらが「対象に力をぶつけている」感じがしますか?

おわかりのとおり、「皿が割れる」が「皿が勝手に割れる感じ」、「皿を割る」が「人が皿に『割る』という力をぶつけている感じ」がしますよね。

もう1つ見てみましょう。

①ドアが開く
②ドアを開ける

①が「ドアがひとりでに開いていく」感じがする一方で、②は「人がドアに力をかけ、ドアを開けていく」感じがしますよね。

どちらも物理的には「人がドアを操作して、ドアが開く」という状況に変わりはないのですが、それを話者がどう見ているかが異なっています

英語の授業で、「自動詞」「他動詞」という話は必ず聞きます。

一般的な説明の仕方は「後ろに目的語がないから自動詞」「後ろに目的語があるから他動詞」というものです。

しかし、そういう「表面的な形、パターンでの判別」はわかりにくいだけでなく、「で?だから何?」という気持ちしか呼び起こさないものです。

つまり、「動詞の気持ちがわからない」わけです。

人間は「気持ち」を表したくて言葉を話すわけですから、言葉から「気持ち」が読み取れなければ、英語の学習はただの暗号解読になってしまいます

動詞の気持ちを可視化すると…

自動詞と他動詞の「気持ち」を理解しておきましょう。

動詞とは主語から出る「力」である。

自動詞:自分が自分でやっていく動き。主語から出る力が主語自身にしか作用しない。
他動詞:自分から出た力を他者にぶつけていく動き。主語から出る力がぶつかる「他者」が目的語。

先ほどの日本語の例を英語で見てみましょう。

①The dish broke.「皿が割れた」
②I broke the dish.「私は皿を割った」

①の文では、主語the dishから出た動詞breakの力が、主語であるthe dish自身にぶつかっています。

だから「ひとりでに割れた」感じがします。

自分から出た力が自分自身にぶつかって作用するから、このbrokeは「自動詞」の働きをしています

②の文では、主語Iから出ている動詞breakの力が他者であるthe dishにぶつかっています。

だから「私の力で皿が割れた」感じがします。

自分から出た力が他者にぶつかって作用するので、このbrokeは「他動詞」の働きをしています

そして、動詞の力がぶつかるthe dishが目的語です。

①The door opened.「ドアが開いた」
②I opened the door.「私はドアを開けた」

①の文では、主語the doorから出た動詞openの力が主語であるthe door自身にぶつかっています。

だから「ドアがひとりでに開いた」感じがします。

自分から出た力が自分自身にぶつかって作用するので、このopenedは「自動詞」の働きをしています。

②の文では、主語Iから出ている動詞openの力が他者であるthe doorにぶつかっています。

だから「私の力でドアが開いた」感じがします。

自分から出た力が他者にぶつかって作用するので、このopenedは「他動詞」の働きをしています。

そして、動詞の力がぶつかるthe doorが目的語です。

このように、動詞を「力の方向」として捉えれば、「動詞の気持ち」がわかるようになり、意味の解釈がスムーズになります。

「後ろに目的語がないから自動詞だ、だから自動詞で『割る』と訳す。『割れる』ではない…」というような従来のやり方では、「分析」はできても、直感的に英語を理解したり、使ったりすることは難しくなります。

動詞を直感的に理解するなら、動詞の気持ちを理解することです。

そして、動詞の「気持ち」とは動詞の「力の方向」なのです!

5文型とは5つの「動詞の気持ち」のパターンだ

この後、第1文型から第5文型まで説明していきます。

一般には「文型は、判別するためのもの」という教え方が主流です。

英文をじっと見て、これは主語、これは動詞、そして、これは目的語、これは補語…というふうに判別し、その並び方を見て、「これは第〇文型だ」と判別し、それで終わり。

「判別できたからって、だから何?」という気持ちがするものです。

けれども、文型の大切さはパターン判別にとどまるものではありません。

真に重要なのは

単語や熟語が意味を表すように、文型も「1つの意味を表すかたまり」である

ということです。

文型という大きなかたまりで意味を捉えることができると、単語や熟語レベルで意味を捉えるときよりもずっと速く大胆に意味を捉えることができるようになります。

読むのが速くなるのはもちろん、素早い情報処理を必要とするリスニング能力も向上します。

また、話すときや書くときには、「文」を作らないといけないわけですが、文の「木」の部分が文型で、あとは「枝」の先に単語を入れればいい、という思考回路になりますので、単語だけを覚えてそれをどうつなげて文にしようかと悩む人と比べて、速く正確に英文が作れるようになります。

文型の攻略は、英語上達の必須の項目です。

それでは、「5つの動詞の気持ち」を一緒に見ていきましょう。

6. 第1文型、第2文型、第3文型と修飾語の関係

そこに力は届いているか?

第1文型

前項で、自動詞と他動詞とは何か、というお話をしました。

今回はここに「修飾語」という言葉を加えて説明していきます。

まずは自動詞の文を見ていきましょう。

5文型の中では「第1文型」と呼ばれる形です。

I walk along the river.(私は川沿いを歩いた)

主語である「私」から出た「歩く」という力は自分を歩かせているだけで、他者には影響を与えていません。

それではwalkedの後ろにあるalong the river(川沿いを)は何でしょうか?

Iから出たwalkという力は、「川沿い」に何かをしていませんよね。

つまり、along the riverという言葉は動詞walkの力が届いていない言葉だということになります。

このような「動詞の力が届かない言葉」が修飾語です。

第1文型は「主語+自動詞」の文であり、さらにこのような修飾語が加わるのが自然な形です。

第1文型は「自分が自分でやる。他者に影響を与えない」という意味を出す文型です。

第3文型

次は他動詞の文を見てみましょう。

「第3文型」と呼ばれる形です。

He moved the sofa into the room.(彼は部屋にソファを運び込んだ)

主語である「彼」から出た「動かす」という動詞の力は、目的語である「ソファ」にぶつかり、ソファを動かして、そこで力尽きます。

「彼」は「部屋」を動かそうとしているわけではありません。

したがって、moveという動詞の力はthe sofaにぶつかり、into the roomには届いていません。

into the roomは修飾語です。

第3文型は「主語+他動詞+目的語」の文であり、さらにこのように修飾語が加わるのが自然な形です。

第3文型は「自分から出た力を他者にぶつける」という意味を出す文型です。

文型を教わるときによく先生から聞く「そこで文が完結する・終わる」という言い回しがあります。

これは「動詞の力がそこで終わる」という意味だと捉えるとよいでしょう。

例えば、He walked along the river.なら、「he walkedで一度文が終わるんだ」という言い方をされる先生がいらっしゃいます。

これはhe walkedより後にはwalkの力が伝わらない、ということを意味しています。

力をぶつける目的語・中身を表す補語

第2文型

続いて第2文型を見ていきましょう。

ここでは補語と呼ばれる言葉が出てきます。

動詞の後ろに着く言葉が、目的語なのか?補語なのか?いつも英語学習者を悩ませます。

まずは目的語と補語を比べて見てみましょう。

He moved the sofa.(彼はそのソファを動かした)

この文では「彼」から出た「動かす」という力が「ソファ」にぶつかり、ソファが動きます。

このように、「目的語」というのは主語から出た動詞の力がぶつかる相手のことを言います。

それでは補語はどうでしょう?

I am a student.(私は生徒です)

be動詞amの後ろにa studentという言葉があります。

ここで考えてほしいのですが、主語である「私」は「学生」に対して何かやっていますか?

つまり、力をぶつけていますか?

そうではありませんよね。

主語である「私」の中身が「学生」です。

意味の上で「私=学生」です。

このように、主語の中身を表している言葉のことを「補語」(より正確には主格補語)といいます。

補語を後ろにとるbe動詞のような動詞を「不完全自動詞」と呼ぶことがあります。

なぜこのような呼び名になるかという理由は以下のとおりです。

(1)主語が補語に何か力をぶつけているわけではないので、他動詞ではなく自動詞。
(2)しかし、普通の自動詞と違い、I amで文が完成せず、Iの中身を説明する補語である、a studentがきて初めて文の意味が成立するので、不完全な自動詞。

後ろに補語をとる自動詞は他にもいろいろあります。

意味の上では「主語=補語」という形になり、動詞をbe動詞に置き換えても意味が通る文なら、その文は第2文型と考えてよいです。

He became a teacher.(彼は先生になった)
⇒「彼=先生になった」ということで、He is a teacher.と言えます。
The shop stays open until eight.(その店は8時まで開いている)
⇒「その店=開いている」ということで、The shop is open (until eight).と言えます。

補語にくる言葉の品詞は名詞か形容詞

補語にくる言葉は、意味の上で主語とイコールになります。

主語には必ず名詞がきますので、それと意味の上でイコールになる補語に名詞がくることは理解できると思います。

ではなぜ形容詞も補語になるのでしょう?

品詞というものを大雑把に説明すると、名詞物の名前を表し、動詞動きを表します。

そして、様子を表すための言葉には形容詞と副詞があります。

形容詞名詞の様子を説明する言葉です。

例えば、「机」は名詞ですが、その「机」の様子を説明する「赤い(机)」「大きな(机)」「昨日僕が買ってきた(机)」などの言葉はすべて形容詞の働きをしているといえます。

このように言葉が言葉の様子を説明することを「修飾する」といいます。

そして修飾は「イコール」関係でもあります。

例えば「赤い机」ということは、「机=赤い」ということです。

名詞である主語と意味の上でイコールになるのが補語ですから、名詞を修飾できる形容詞は補語にもなるわけです。

I am happy.(私は嬉しい)
This watch is expensive.(この腕時計は高価だ)
The hotel was nice.(そのホテルはよかった)

ちなみに副詞名詞以外の言葉(主に動詞)の様子を説明する言葉です。

例えば、「走る」という動作の様子の説明で、「速く(走る)」「友達と(走る)」「校庭で(走る)」などが副詞にあたります。

7. 渡してあげる第4文型

構文に入れるだけで意味が変化する

以下は、主語から目的語に動詞の力をぶつける、第3文型の文です。

I cooked my son.(私は息子を料理した)

これでは息子は食べられてしまいますね。

ところがこの文を第4文型にすると、あら不思議。

I cooked my son dinner.(私は息子に夕食を作ってあげた)

「料理してあげた」という意味になってしまいます。

cookという動詞には「料理する」という意味はあっても、「あげる」という意味がないのがデフォルトです。

でも第4文型(正確には二重目的語構文)の中に入れると、「料理する」+「渡す」=「料理してあげる」という意味が出ます。

つまり、第4文型はそれ自体が「渡す」という意味を持つユニットなのです。

一種の熟語みたいなものですね。

他の動詞で例を見てみましょう。

He threw me a ball.(彼は私にボールを投げてよこした)
I’ll buy you a drink.(君に一杯おごろう)

第4文型に入れると「渡せる」動詞

make、find、leave、saveなどの第4文型も「渡す」感覚を動詞にプラスすることで解釈が容易になります。

My dad made me some sandwiches.(父さんが私にサンドイッチを作ってくれた)
She’ll get you some coffee.(彼女があなたにコーヒーを持ってきてくれるからね)
I’ll find him a girlfriend.(あいつに彼女を見つけてきてやるつもりだ)
My parents left me a fortune.(両親は私に財産を残してくれた)
I’ll save you a seat.(君の席を取っておいてあげるね)

その動詞の意味に「渡す」イメージがあれば第4文型で

第4文型の構文自体が「渡すという意味を持っているので、もともと「渡す」イメージを持っている動詞と相性がピッタリで、こういう動詞は、第4文型で使うのがデフォルトです。

それ以外の文型で使うことも、もちろんできますが、第4文型で使うのが一番自然な形です。

give「与える」
I gave him the ticket.(私は彼にそのチケットをあげた)

teach「教える」
He taught me how to survive in this world.(彼は私にこの世界で生き抜く方法を教えてくれた)

show「見せる・示す」(=情報を相手に渡す)
They showed me the way to the city.(彼らは私に街までの道を教えてくれた)

ask「質問する」(=質問の情報を相手に渡す)
Can I ask you some questions?

tell「言葉で伝える」(=情報を言葉で相手に渡す)
I’ll tell you the truth.(君には真実を言うよ)

上記のように、第4文型の構文は「渡す」意味を持つ構文で、そこで使われる動詞は「授与動詞」と呼ばれます。

costの第4文型:「大変だった」のはどちらか?

「費用がかかる」を意味する動詞costは第3文型でも第4文型でもどちらでも使え、なおかつ日本語訳にしてみるとどちらも変わりません。

しかし、第3文型のcostと第4文型のcostでは心理的な意味が違ってきます。

第3文型のcost:「感情」抜き。客観的に「いくらかかるか」

This camera costs 300 dollars.(このカメラは300ドルします)
⇒例えば会議などでカメラの費用を淡々と説明するときに出てくる表現

第4文型のcost:「負担感」のアピール。負担を自分や誰かに「渡す」

This camera cost me 300 dollars.(このカメラは300ドルしたんだよ)
⇒カメラが300ドルという「負担」を「渡した」ということを表す。「お金がかかって大変だった」という感じが出る。

似た仲間には「時間がかかる」ことを表すit takesの構文があります。

It takes two hours to go to the station.(駅へ行くには2時間かかる)

⇒一般的に、誰が行っても2時間かかることを表す。

It takes me two hours to go to the station.((他の人はともかく)私が駅に行くには2時間かかる)
⇒例えば他の人より足が遅いからとか、自分は車を持っていないからとか、といった理由で自分はこれだけの時間がかかる、ということ。「2時間かかって大変」という負担を渡す感じでも表すことができる。

8. 第4文型から第3文型への書き換え

どういうときにtoやforを使うのか

第4文型の文はtoやforといった前置詞を使って書き換えることができます。

I gave him some money. →I gave some money to him.
(私は彼にいくらかお金をあげた)
I bought her some food. →I bought some food for her.
(私は彼女に食料を買ってあげた)

書き換えられた文は「SVO+修飾語(=前置詞+名詞)」なので、第3文型扱いになるのですが、それはここではあまり重要なことではありません。

問題はどういうときにtoを使い、どういうときにforを使うかです。

特に多くの英語学習者はforを「~ために」という日本語訳で捉えているので、間違った使い方をする確率が高くなります。

×He showed the way to the station for me.
〇He showed the way to the station to me.
(彼は私に駅までの道を教えてくれた)

上記の例は「彼は私のために道を教えてくれた」と捉える子とで日本人がforを使ってしまう、というものです。

従来の英語教育でもforは「受益」を表すと教えているため、このミスを助長してしまっています。

この項ではどういうときにforが持つ「~ために」以外の非常に重要なイメージを理解していただきます。

「遠くに見つめる目標」から「代理・交換」へ

forはもともと「前」という意味を語源に持ち、その痕跡はbefore(~の前に)とか、forward(前方へ)といった言葉に残っています。

「前方」から「前方に見つめる、自分がたどり着こうとする場所=目標、目的」という意味が派生し、そこでforには「~のために」という訳が出てきます。

ここで気付いてほしいのは「~のためにしてあげる」ということは、「~に代わってやってあげる」という捉え方ができるということです。

例えば「子供の将来のために貯金する」のは、子供が使うお金を親が代わって貯めてあげている、ということです。

自分のお金は自分で工面するのが普通で、それを代わりに誰かがやってあげているからです。

このような捉え方から、forには目標の他に「代理」という意味が生まれました。

Can you pick up the luggage for me?
「荷物を私のために取りに行ってくれないか。」→「私に代わって取りに行ってくれないか。」

「代理」とは「引き換え」という意味を持ちますから、ここからforには「交換」という意味も出てきます。

an eye for an eye(目には目を)
⇒「自分の目をやられたら、相手の目をやり返せ」という、「目と目の交換」のイメージ。

He bought the car for 20,000 dollars.(彼は2万ドルでその車を買った)
⇒「車」と「2万ドル」の交換。

少し話が脱線しますが、forが表す「期間」や「距離」も、「行為」とそれと引き換えに消費された「時間」「距離」を表すと考えることができます。

I watched TV for two hours.(私はテレビを2時間見た)
⇒テレビを見るのと引き換えに、2時間消費した。

「代わりにやってあげている動作」なら、書き換えはforになる

さて、第4文型→第3文型への書き換えに話を戻します。

この書き換えでtoではなくforを使うのは、

①「渡すイメージ」を持っていない動詞のとき
②「代わりにやってあげている」イメージが出るとき

です。

forを使う代表的な動詞にはbuy(買う)、cook(料理する)、make(作る)、save(とっておく)などがありますが、これらは「代わりにやってあげている」というイメージが出ます。

I bought him some clothes. →I bought some clothes for him.
(私は彼に服を買ってあげた)
⇒「買う」には「自分が手に入れる」イメージはあっても「誰かに渡す」イメージはありません。彼の服なのに、私が彼に代わってお金を払った、ということを表します。

I cooked him dinner.→I cooked dinner for him.
(彼に夕食を作ってあげた)
⇒「料理をする」は「食材に火を入れて、食べられる状態にする」というイメージはあっても、「誰かに渡す」イメージはありません。彼が食べる食事なのに、私が代わりに作ってあげた、ということを表します。

そのほか、makeなら「~に作ってあげる」→「代わりに作ってあげる」、saveなら「~のためにとっておいてあげる」→「~に代わってとっておいてあげる」ということになります。

「渡す」動詞なら、toになる

今度はtoを使う動詞を見てみましょう。

これらの動詞にはもともと「渡す」イメージがあるのが普通です。

I gave him some money. →I gave some money to him.
(私は彼にいくらかのお金をあげた)
⇒「与える」には「渡す」のイメージがあります。「渡す」とは品物が移動することであり、ここでは「お金」の「私→彼」の移動です。

同様に、teachやshowも「知識や情報の移動」を表す動詞です。

He taught us science. →He taught science to us.
(彼は私たちに科学を教えてくれた)

The woman showed me the way. →The woman showed the way to me.
(その女性は私に道を教えてくれた)

forに「代理・交換」の意味があることを理解したうえで、上記の文にforを使うと、奇妙なイメージが生まれます。

×I gave some money for him.
⇒彼に代わってお金を渡した、という意味になり、なおかつ、誰に渡したのかがわかりません。元の文であるI gave him some money.(彼にいくらかのお金をあげた)とは明らかに意味が変わってしまいます。

teachやshowでも同じことが起きます。

×He taught science for us.
⇒「彼が私たちに代わって科学を教えた」ことになり、なおかつ、誰に教えたのかわかりません。

The woman showed the way for me.
⇒「その女性が私に代わって道を教えた」ことになり、なおかつ、誰に教えたのかわかりません。

このように、forが「交換・代理」のイメージで使われていることを知れば、第4文型→第3文型へスムーズに書き換えられるようになります。

9. 第5文型は3+2=5で考える

合わせて一気に話す型

「第3文型+第2文型=第5文型」とはどういうことか?

ちょっと見てみましょう。

We call this flower….(私たちはこの花を呼ぶ)⇒第3文型
This flower is (yuri).(この花は「百合」だ)⇒第2文型

例えば、いきなり誰かがあなたに「私たちはこの花を呼ぶんですよ」(第3文型)なんて言ってきたとしたら、きっとあなたは「え?何て呼ぶの?」と思うはずです。

その足りない情報を埋めるために、あとから「この花は『百合』だ」(第2文型)と重ねてもいいでしょうけれど、一気に「私たちはこの花を『百合』と呼ぶ」と言った方が楽ですよね。

この、「第3文型」と「第2文型」を合わせて一気に話す便利な言い方が、第5文型です。

We call this flower=yuri.(私たちはこの花を『百合』と呼ぶ)⇒第5文型

不完全他動詞と目的格補語

第2文型を説明したときに、第2文型を取る動詞を「不完全自動詞」と呼ぶ、と述べました。

一方で、第5文型を取る動詞を「不完全他動詞」と呼んだりします。

なぜ不完全なのかは、もうおわかりのとおり。

いきなり、「私たちはこの花を呼ぶんですよ。」と言われても、「え?何て呼ぶの?」となるわけで、第3文型のままでは「情報が足りない」他動詞だからです。

ざっと言えば、第1文型の動詞は自動詞、第2文型は不完全自動詞、第3文型は他動詞、第4文型は授与動詞(渡すイメージ)、第5文型は不完全他動詞を使う、ということになります。

5つの文型は5種類の動詞の力によって表される、ということがこれでわかると思います。

また、第5文型で使われる補語は、「目的格補語」と呼ばれます。

第2文型、例えばThis flower is yuri.であれば、主語であるthis flowerの中身の情報をyuriという補語が補って説明してくれています。

ですから、第2文型の補語は主語の中身を補うという意味で主格補語と呼びます。

一方で、第5文型、例えばWe call this flower yuri.であれば、callという動詞の力がぶつかる目的語のthis flowerの中身の情報をyuriという補語が説明しています。

したがって、第5文型の補語は目的格補語と呼ばれます。

第5文型の重要な構文

①使役構文

Sが人に何かをさせる」という構文で、主にmake、let、have、getという動詞を使います。

それぞれの構文については別の項で詳しく説明するので、ここではmakeとletをざっと概観するだけにとどめます。

make:「パン生地をこねる」が語源。ここから「思った通りの好きな形を作る」→「原因が状況をある形にしてしまう」という意味に。

The news made me=happy. ⇒The news made me…+I was happy.
「その知らせが「私=嬉しい」という形にした」→「その知らせを聞いて私は嬉しくなった」

原因が強制的に~をある形にしてしまう」という強制のイメージも強いです。

This made me=think twice. ⇒This made me…+I thought twice.
「このことが『私=2度考える』という形にした」→「このせいで私は、躊躇してしまった」

let:「解き放つ」「放出する」イメージの言葉(ちなみに名詞outletは「はけ口」を意味する)。ここから「したいようにさせてやる」という意味が出ます。

Let him=say anything. ⇒(You) let him…+He says anything.
「『彼=何でも言う』という状態にさせてやれ」→「彼には好きに言わせておけ」

I’ll let you=know when I arrive there. ⇒I’ll let you…+You know.
「(私が向こうに着いたら)『あなた=知っている』状態にさせてやるつもりだ」→「向こうに着いたら、知らせします」

②知覚構文

知覚構文とは、知覚動詞を使った時に現れる構文です。

知覚動詞とは「入ってきた情報に気付く」ことを意味する知覚の動詞です。

主に、see、hear、feel、watchなどが使われます。

hear:耳に入ってきた音に気付く=「聞こえる」「耳にする」

She heard someone=calling her name. ⇒She heard someone…+Someone was calling her name.
「彼女は『誰か=自分の名前を呼んでいる最中』を耳にした」→「彼女は誰かが自分の名を呼んでいるのを耳にした」

③結果構文

構文自身が1つの意味のユニットであるという意味で、言語学では二重目的語構文(第4文型)に並び、好んで取り上げられる構文です。

「主語から出た動詞の力が目的語にぶつかり、その結果、目的語が補語の状態に変化する」という意味を持つ構文です。

He pushed the door=open. ⇒He pushed the door.+The door was open.
「彼がドアに対して押すという力をぶつけた結果、『ドア=開いている』という状態に変化した」→「彼はドアを押し開けた」

We painted the wall=white. ⇒We painted the wall.+The wall was white.
「私たちが壁に対して塗るという力をぶつけた結果、『壁=白い』という状態に変化した」→「私たちは壁を白く塗った」

10. 間接的な力の伝わり方を前置詞のニュアンスで示す

他動詞の伝わり方がわかると見えてくる世界

以下の2つの文を比べてみましょう。

形はすごく似ているのに、前置詞ofが動詞hearの後ろにつくかどうかで結構意味が変わってしまいます。

I hear you.「あなたの言ってること、聞こえてるよ」
I’ve heard of you.「あなたのことは聞いたことがあります」

他にもこういうのがあります。

He shot the bird.「彼はその鳥を撃った」⇒弾が命中した
He shot at the bird.「彼はその鳥めがけて鉄砲を撃った」⇒命中したかどうかは、この文ではわからない

上記2つの例で気付くことは、前置詞がない場合には動詞の力が直接目的語にぶつかるということです。

ここまで「他動詞の力が目的語にぶつかる」という説明をしてきました。

これは、単純にそう考えると理解しやすいよ、という話ではありません。

どうも英語を話す人間は本当にそう考えて言葉を話しているようなのです。

それを説明している好例がこの「他動詞 vs 動詞+前置詞」の意味の違いです。

I hear you.(あなたの言っていること、聞こえてるよ)
⇒youから発せられた音を直接、耳を通してキャッチしていることを表します。

He shot the bird.(彼はその鳥を撃った)
⇒heから出たshoot(銃で撃つ)という力がthe birdに直接ぶつかっていることが「弾が鳥に当たった」ことを表します。

一方で、前置詞がつくと、「間接的な動き」を表すことになります。

I’ve heard of you.(あなたのことは聞いたことがあります)
⇒hear of Aで「Aの噂を耳にする」。例えば、a piece of cakeが「ケーキ全体の中から、その一部である一切れを取り出す」=「一切れのケーキ」となることでわかるように、ofは「全体から一部を取り出す」という意味を持ちます。したがって、hear of youは「youの一部を取り出して耳にする」=「youの話をちらりと耳にする」という意味が出ます。

このように、hear of youでは、youが発した言葉を直接耳に入れるのではなく、youに関する情報を間接的に耳に入れることを表しています。

He shot at the bird.「彼はその鳥めがけて鉄砲を撃った」
⇒atは「動いている最中の一点を指す」という意味の前置詞。したがって、動いている標的にさっと照準を合わせる、という意味でも使われます。shoot atでは、atがあるおかげで、「照準を合わせて撃つ」に意味の焦点が移り、その結果、弾が当たったかどうかには言及されない。

このように、shoot atでは「弾が直接当たったかどうか」には言及しないという意味で、間接的な表現になっています。

他動詞の文を単純に「動詞の後には義務的に目的語がつく」という形式だけで理解していると、こういった現象には注目しにくくなります。

「他動詞の文では、主語から出た動詞の力が、他者である目的語にぶつかり、影響を与える」という感覚で理解すると、ここで見ている「他動詞 vs 動詞+前置詞」の違いがよく理解できるようになります。

他動詞は力を直接目的語にぶつけ、前置詞が入ると、動詞の力が間接的になるわけです。

さて、今度はknowという動詞を例にとってみましょう。

他動詞でknowを使えば「直接の知り合い」、know aboutやknow ofで使えば「それに関する情報を知っているのみ」となります。

I know him.(私は彼を知っている)
⇒直接の知り合い。

I know of him but I have never met him.(彼のことは知っているけど、会ったことはありません)
⇒情報としてのみ知っている。「一部を取り出す」というofの意味によって、know ofには「少しなら知っている」という意味が出ます。

I don‘t know about other people, but the news was shocking to me.(他の人はどうなのかわかりませんが、私にとってはそのニュースはショックでした)
⇒「他の人ならそのニュースをどう感じるかについて」の情報は持っていない、ということを言おうとしています。

助動詞の意味をつかもう

コアイメージ

Part1

英語の世界では、実はbe動詞や一般動詞よりメジャーな存在である助動詞。

willやwould、canなど、「超」がつくほど馴染み深い助動詞を紹介していきます。

①will

100%必ず~する

助動詞のwillは、「~するつもり」「~でしょう」という訳語で教わることが多く、そのため、なんとなく弱いイメージを持っている人も多いことでしょう。

しかし、実際は、「100%必ず~する」という力強い意味を持つ助動詞なのです。

これから紹介する4つの意味や用法も、このコアイメージをもとに考えることができます。

(1)意志「~するつもり」

まず知っておきたいのは、「意志」を表す用法です。

「~するつもり」という訳語だけを見ると、弱々しい印象を持つかもしれませんが、実は「絶対に~する!」という力強い意味を表します。

これは辞書からも証明できます。

辞書でwillの「名詞」の項目を引くと、以下のような意味が見つかるはずです。

【名詞 will】意志、決意、命令、遺言

いずれの意味も、「力強さ」を表しますね。

遺言も、「(死後は)こうしてほしい!」という、故人の強い意志が含まれることを考えれば、すんなり理解できるのではないでしょうか。

このように、willという名詞には、本来「力強い」イメージがあり、助動詞の場合も、その「力強さ」は同じなのです。

I will go to Vietnam in March.(3月に(絶対に)ベトナムに行こう)

「なんとなく~するつもり」というニュアンスではなく、「(少なくともその時間は)絶対にベトナムに行くぞ!」という強い意志を持っていることを表しています。

(2)推量「~するはず」

willには、「~するはず」という意味の「推量」の用法がありますが、この「推量」は「100%自信があるとき」に使われます。

客観的な根拠がなくても、「少なくとも自分はそう思う」という強い気持ちを表します。

He will pass the examination.(彼はきっと試験に合格するよ)

他の人がどう思うかは関係なく、発言している人自身が「絶対受かるよ!」という気持ちで言っています。

客観的な数値から判断しているのではありません。

(3)習慣・習性

willに「習慣・習性」の意味があると言われても、ピンとこないかもしれません。

しかしこれも、「100%必ず~する」という核心の意味から考えると、簡単に理解できます。

Oil will float on water if you pour it in very slowly.(とてもゆっくり注げば、油は水に浮くものだ)

直訳すると、「油は100%水に浮くものだ」。

そこから、「油は水に浮く性質がある」となっただけなんです。

「習慣・習性」とは、つまりは、「必ずする」ということですよね。

(4)(否定文で)拒絶「絶対に~しない」

最後は、willを否定文で使う用法です。

この場合、「100%必ず~しない」→「絶対に~しない、どうしても~しようとしない」という、強い「拒絶」を表します。

The computer won’t boot.(どうしてもパソコンが起動しない)

bootは「起動する」という意味。

「パソコンが100%必ず起動しない」→「パソコンがどうしても起動しない」となりました。

以上のように、willは「100%必ず~する」という核心から捉えることで、複雑に見えた用法も、いとも簡単に理解できるのです。

[willを使ってみよう]

【意志「~するつもり」】
I will leave at 4:30 today.
(今日は4:30に出発するつもり。)
⇒「今日は絶対に4:30に出発する!」という強い意志を表します。その場では少なくともそう思っているだけなので、叶わないこともありえます。

【推量「~するはず」】
The cookies will be done in 5 minutes.
(5分もすればクッキーができあがります。)
⇒自信満々に「クッキーができるよ!」というときに使う表現。客観的で明確な根拠はないので、外れることも大いにありえます。

【習慣・習性「~する習慣・習性がある」】
He will sing for hours, if you let him.
(あいつ、放っておくと、何時間でも歌うんだよ。)
⇒「彼は100%必ず歌う」ということで、そういう習慣があることを表します。カラオケでマイクをずっと離さない人のイメージです。

【(否定文で)拒絶「絶対に~しない」】
The door won’t open.
どうしてもドアが開かない。)
⇒「ドアが100%必ず開かない」→「ドアがどうしても開かない」という意味です。

②would

100%必ず~した

wouldには「過去の習慣・過去の拒絶」と呼ばれる用法がありますが、wouldの核心のイメージ「100%必ず~した」から考えると、スッキリ理解できます。

英語の世界では、wouldのような「助動詞の過去形」を見たら、まずは「仮定法」を考えるのが鉄則です。

しかし、本項では仮定法以外の用法を見ていきます。

(1)過去の習慣「よく~したものだ」

We would often go to karaoke after school.(放課後よくカラオケに行ったよね)

例文にoftenがない、We would go to karaoke after schoolだと「私たちは放課後必ずカラオケに行った」という意味になります。

しかし、「365日必ずカラオケに行った」というのは非現実的なので、wouldの直後にoftenをつけて、「100%必ず」を和らげているのです。

このように、助動詞のwouldは、oftenやsometimesが付いたwould oftenやwould sometimesの形がよく使われ、「昔はよく~したよね」という意味を表します。

(2)(否定文で)過去の拒絶「どうしても~しようとしなかった」

willの否定形には「拒絶」がありましたが、過去形のwouldの場合も、否定文で使うと「100%必ず~しなかった」→「どうしても~しようとしなかった」と、拒絶の意味を持ちます。

She wouldn’t say “I’m sorry.”(彼女は何があっても「ごめんね」と言おうとしなかった)

「100%必ず『ごめんね』と言わなかった」から、「『ごめんね』と言おうとしなかった」という拒絶の意味を表します。

[wouldを使ってみよう]

【過去の習慣「よく~したものだ」】
She would often play the piano when she was a child.
(子供の頃、彼女はよくピアノを弾いていたね。)
⇒「100%必ず~した」を表すwouldの直後にoftenがついて、「よく~したものだ」という意味になります。

【(否定文で)過去の拒絶「どうしても~しようとしなかった」】
She wouldn’t listen to me.
どうしても彼女は私の言うことを聞こうとしなかった。)
⇒「100%必ず彼女は私の言うことを聞かなかった」→「どうしても彼女は私の言うことを聞こうとしなかった」となりました。

③can

いつでも起こる

canは誰もが知っている「できる」(可能)という意味のほか、「ありえる」(推量)という意味がとても重要です。

この「ありえる」という意味を理解することで、日常生活や映画などでもよく使われる、It can’t be.「そんなのありえないよ」といった表現がスッキリ理解できるようになります。

コアイメージ「いつでも起こる」をもとに、様々な用法を見ていきましょう。

(1)可能「~できる」

まずは半ば常識になりつつある、「~できる」という意味を、コアイメージ「いつでも起こる」から考えてみましょう。

「その行為はいつでも起こる」から、「(やれと言われれば)~できる」となりました。

つまり、「その気になればできる」ということを表します。

He can do it if he tries.(彼は本気になればできるんです)

例文のitは、「漠然とその場の状況」を表します。

直訳「彼は実際に取り組めば(try)、それをいつでもできる状況にある」から、「本気になればできる」となりました。

まさに「その気になればできる」という意味を表す英文です。

次に紹介する(2)許可「~してもよい」と(3)依頼「~してくれる」は、この「可能」の意味から生まれました

(2)許可「~してもよい」

「可能」から、「(しようと思えば)~できる」→「~してもよい」という「許可」の意味が生まれました。

Can I take a picture of your dog?(君の犬の写真を撮ってもいい?)

「私が写真を撮ることはできますか?」→「撮ってもいい?」となります。

ちなみに、同じ許可を求める言い方に、助動詞のmayを使ったMay I ~?がありますが、May I ~?が「丁寧」なのに対し、Can I ~?は「フランク」な響きになります。

(3)依頼「~してくれる?」

「可能(~できる)」から派生したもう1つの意味は、疑問文で使われる「依頼」です。

「~できる?」→「(できるなら)~してくれる?」となりました。

「許可」と同様、会話でよく使われます。

Can you help me with these bag?(このカバンを運ぶのを手伝ってくれる?)

「このカバンに関して手伝える?」→「カバンを運ぶのを手伝ってくれる?」となりました。

ちなみに“help 人 with 物”で「人の物を手伝う」という意味です。

(4)推量「ありえる」

お馴染みの「できる」と同じくらい重要なのが、推量の「ありえる」。

推量の「ありえる」は、「(そういう事態が)いつでも起こる」から、「ありえる」となりました。

次の英文で確認してみましょう。

Accidents can happen.(事故は起こりえる)

「『事故が起きる』という事態はいつでも起こる」→「事故は起こりえる」となりました。

この「ありえる」のcanは、疑問文で使われると、「~がありえるだろうか?」という「強い疑問」を表します。

Can it be true?(それは本当だろうか?)

「それが本当という事態はいつでも起こるのか?」→「それは本当だろうか?」となりました。

さらに、「ありえる」のcanは、否定文で使われると「~のはずがない」という「強い否定」を表します。

It can’t be true.(それは真実のはずがない)

「それが本当という事態はいつでも起こりえない」→「真実のはずがない・ありえない」となりました。

It can’t be trueは実際の会話ではtrueが落ちてIt can’t beと使われることもよくあります。

「そんなのありえないし」といったニュアンスで映画のセリフなどでもよく耳にします。

[canを使ってみよう]

【可能「~できる」】

Cheetahs can run very fast.
(チーターはとても速く走ることができる。)
⇒「チーターが速く走る状況はいつでも起こる」→「チーターは速く走ることができる」となりました。

【許可「~してもよい」】
Can I borrow your phone?
(電話を借りてもいい?
⇒「電話を借りることができる?」→「借りてもいい?」となりました。

【推量「ありえる」】
He cannot be a scholar.
(彼が学者のはずがない。)
⇒「彼が学者という事態はいつでも起こりえない」→「彼が学者なんてありえない」となりました。

④could

ひょっとしたら…

couldは「(ひょっとしたら)~することがありえる」という意味で使われることが多く、お馴染みの「~できた」と過去を表す意味ではめったに使われません。

この「(ひょっとしたら)~することがありえる」という用法を押さえると、会話でよく出てくるCould be.「かもね」なんていう表現もスッキリ理解できます。

(1)婉曲「(ひょっとしたら)~することがありえる」

canのコアイメージは「いつでも起こる」で、そこから「推量(ありえる)」の意味が生まれました。

couldはそこに「ひょっとしたら・もしかしたら」という仮定法のニュアンスが加わり、「(ひょっとしたら)~することがありえる」という意味になります。

Could be.(かもね)

これは日常会話でよく使われる表現で、もともとIt could be true.「それはもしかしたら本当かもしれない」という文でした。

そして、会話体のため、Itとtrueが省略されて、Could be.「かもね・多分ね」となったわけです。

Could beは慣用表現として教わることが多いのですが、could本来の意味から考えれば、なぜcouldとbeがこんな意味になるのかが、きちんと理解できますね。

(2)過去の能力「~できた」

couldは「~できた」を表すことがありますが、「やろうと思えばできた」というように仮定法のニュアンスが入ります。

He could run fast when he was young.(若いとき彼は速く走れた)

「走ろうと思えば速く走れた」という意味。

ちなみに1回きりの行為で「実際にやってみてできた」と言いたいときには、couldではなく「~できた」という意味のwas (were) able to ~を用い、I was able to get the tickets!(そのチケットをゲットできた!)などと言います。

[couldを使ってみよう]

【婉曲「(ひょっとしたら)~することがありえる」】
She could be in her office.
(彼女は(もしかしたら)オフィスにいるかもしれない。)
⇒couldは「推量(ありえる)」を表すcanに、「ひょっとしたら」という仮定法のニュアンスを加えたイメージ。be動詞は、「いる・ある」という意味で使われています。

【婉曲「(ひょっとしたら)~することがありえる」】
What she said could be importat.
(彼女の言ったことはひょっとすると重要かもしれない。)
⇒couldは「(ひょっとしたら)~することがありえる」です。whatは「関係代名詞」で、what she said「彼女が言ったこと」という名詞のカタマリを作っています

【過去の能力「~できた」】
He could play shogi at the age of five.
(彼は5歳で将棋をさすことができた。)
⇒「やろうと思えば将棋ができた」という意味。「過去の能力」を表しています。

⑤shall

運命・神の意志

従来shallは、「『100%必ず~する』という強い意志を表すwillより、さらに強い意味」とだけしか説明されませんでした。

しかし、shallのコアイメージは、「運命・神の意志」です。

(1)強い決意

shallは本来「運命・神の意志」を表します(聖書の中でも多用されています)。

同じ意味を持つ助動詞のwillも「100%必ず~する」という強い意志を表しますが、shallは「神の意志によって絶対~する」となるため、さらに強い決意を表します。

I shall return.(俺は必ず戻ってくる)

これは、第二次世界大戦中、フィリピンで日本に負けて、撤退を余儀なくされたマッカーサーが残した有名な言葉です。

shallは「運命・神の意志」を表すので、「ここに戻ってくるのは運命で決まっている。神の意志だ」という、とても強いニュアンスが込められているわけです(実際にこの後、マッカーサーは勢力を盛り返し、アメリカが勝利したわけですよね)。

また、shallは、「運命・神の意志」というイメージから、聖書の他に、法律・規則・契約書などの固い文書でよく使われています。

(2)提案「~しましょうか?」

shallは、提案「~しましょうか?」も意味で用いられることもあります。

shallには仰々しいイメージがあるため、日常会話ではそこまで使われませんが、Shall I ~? / Shall we ~?「~しましょうか?」という決まり文句だけは頻繁に使います。

Shall I open the window?(窓を開けましょうか?)

本来は、「~するのが運命でしょうか?」。

そこから「(運命ならば)~しましょうか?」となりました。

この表現は日常会話にどっぷり入り込んでいるので、仰々しいイメージはなく、ごく普通の「提案表現」として使われます。

[shallを使ってみよう]

【強い決意】
I shall never forget your kindness.
(ご恩は決して忘れません。)
⇒「あなたの親切な行為を決して忘れないことが運命で決まっている」というイメージ。willよりも強い決意を表しています。

【提案「~しましょうか?」】
Shall I pick you up at 6?
(6時に迎えに行きましょうか?
⇒Shall I ~?「(私が)~しましょうか?」という提案表現。pick upはもともと「拾い(pick)上げる(up)」という意味で、「車で人を拾い上げる」→「車で迎えに行く」となりました。

⑥should

本来ならば~するのが当然

shouldを考えるカギは、「shallの核心」と「助動詞の過去形」という2つの視点です。

shallの核心は、「運命・神の意志」。

shouldはshallの過去形なので、shouldの根底にも「運命・神の意志」の意味が潜んでいます。

ただし、shouldは助動詞の過去形なので、「仮定(もし~ならば)」のニュアンスが混じります。

よって、「もし運命・神の意志に従うならば~するのが当然」→「本来ならば~するのが当然」という核心のイメージに。

これを行動に対して使えば「~すべき」、状況に対して使えば「~のはずだ」となるだけなんです。

(1)義務・忠告「(当然)~すべき」

「本来ならば~するのが当然」→「(当然)~すべき・~した方がいい」となりました。

「~すべき」という訳だけを見ると少しきつい印象を持つかもしれませんが、「~した方がいい」という意味であり、比較的軽いニュアンスで使われます。

例えば次のように使われます。

You should climb Mt. Fuji at least once in your life.(最低でも人生で1回は富士山に登ってみるべきだよ)

(2)推定「(当然)~のはずだ」

「本来ならば~するのが当然」→「(当然)~のはずだ」となりました。

例えば、He should be home.(彼は家にいるはずだ)という英文は、「本来ならば家にいるのが当然」→「(当然)家にいるはずだ」と考えればOKです。

[shouldを使ってみよう]

【義務・忠告「(当然)~すべき」】
You should try sushi.
(寿司を食べてみるといいよ。)
⇒「本来ならば~するのが当然」→「~すべき・~した方がいい」となりました。このようにshouldは、人に何かを「お勧めする」ときにも便利な助動詞です。

【義務・忠告「(当然)~すべき」】
Oh, it’s already 7 o’clock. I should leave now.
(わぁ、もう7時だ。すぐ出た方がいいね。)
⇒例文は、shouldを「自分の行動」に対して使っています。「私は~すべき・~した方がいい」となります。

【推定「(当然)~のはずだ」】
It should be all right.
(大丈夫なはずだ。)
⇒「本来ならば大丈夫なのが当然」→「大丈夫なはずだ」となりました。

Part2

ここでは、助動詞と助動詞を使った表現「助動詞have p.p.」をご紹介します。

助動詞が予想を表すことが多いのに対し、「助動詞have p.p.」は、過去に対する気持ちを表すのが特徴です。

⑦must

(プレッシャーをかけられて)他に考えられない!

mustは「~しなければならない」と「~にちがいない」という2つの意味が重要ですが、この2つに共通しているのは「(プレッシャーをかけられて)他に考えられない!」という感覚です。

「欠かせない物・必需品」という意味で使われる「マストアイテム」も、あれこれ考えて、「他には考えられない、それしかないでしょ!」という感覚です。

これを踏まえて、各用法を見ていきましょう。

(1)義務「~しなければならない」

まず最も代表的な「義務(~しなければならない)」の用法です。

これは「他の行動は考えられない。もうそうするしかないでしょ!」という気持ちの延長線上の「~しなければならない」ということなんです。

You must apologize to her.(君は彼女に謝らなければいけないよ)

「謝る以外の他の行動は考えられない」→「謝らなければならない」となりました。

(2)勧める「ぜひ~してみて」

mustは「他に考えられないよ!」というニュアンスから、相手に強く勧めるときにもよく使われます。

ちなみに、mayの場合、「お勧め度50%」になります。

日本人の感覚では、何かものを勧めるときに、「お口に合うかわかりませんが」と謙遜するのが礼儀になっていますが、英語では何か食べ物を勧めるときや、よいと思う行動を促すときは、「絶対に~してみてよ」という気持ちでmustを使います。

ちなみに若い女性がよく口にする「絶対、お勧め」という感覚に近いです。

You must try sashimi.(ぜひ刺身を食べてみてよ)

これも「食べないといけない」という「強制」とか「命令」のニュアンスはなく、「ぜひ食べてみてよ(きっと気に入るから)」とか「食べないと損だよ」という気持ちが含まれています。

(3)推定「~にちがいない」

次に、「~しなければならない」と並んで重要な、推定「~にちがいない」の意味を見ていきましょう。

これも「他の可能性は考えられない。そう考えるしかないでしょ!」→「~にちがいない」となりました。

She must be one of the greatest artists of her generation.(彼女は同世代の中で最高のアーティストの1人にちがいない。)

「彼女は最高のアーティストの1人である以外の可能性は考えれない」→「彼女は最高のアーティストの1人にちがいない」となりました。

ちなみに、「~にちがいない」の意味のmustは、例文のように、「must be ~」の形で使われることが多いです。

(4)(否定文で)禁止「~してはいけない」

最後にmustの否定文です。

否定文は、「~してはいけない」という「禁止」の意味になります。

You must not stay out past 1 p.m.(夜11時より遅くに外出してはいけません)

mustの否定文は、このように、何かを強く禁止するときに使います。

[mustを使ってみよう]

【義務「~しなければならない」】
We must work harder to protect our customer’s data.
(お客様のデータを守るために、もっと努力しなければならない。)
⇒「もっと一生懸命努力する以外に考えられない」→「もっと一生懸命努力しなくてはいけない」となりました。

【勧める「ぜひ~してみて」】
You must try this pancake. It’s so delicious.
(このパンケーキ食べてみて。すっごく美味しいから。)
⇒「絶対に食べてみて!」という気持ちのmustです。女性同士の会話では、これに似たような状況があるのではないでしょうか。

【推定「~にちがいない」】
You look very pale. You must be sick.
(顔色がとても悪いよ。病気にちがいないよ。)
⇒「病気である以外の可能性は考えられない」→「病気にちがいない」となりました。

【(否定文で)禁止「~してはいけない」】
You must not judge people by their appearance.
(人を外見で判断してはいけない。)
⇒must notの形なので、「禁止」を表します。ちなみにこのyouは「総称」と呼ばれる用法で、「人は(みんな)」という意味です。

⑧may

(お勧め度・予想率とも)50%

mayについては、「~してもよい」と「~かもしれない」という訳し方だけを覚えている人が多いのではないでしょうか。

しかし、そのような訳の丸暗記でだけでは、mayをマスターしたことにはなりません。

肝心なのは、mayは、「~してもよい」というお勧め度、「~かもしれない」という予想率とも、50%であるということ。

この核心の意味をきちんと押さえると、mayの本質がわかるようになります。

(1)許可「~してもよい」

まず「~してもよい」という意味の「許可」を表すmayです。

先ほど述べたとおり、mayのコアイメージは「50%」。

つまり「~してもよいし、しなくてもよい」という、投げやりなニュアンスなんです。

You may read this book.(この本を読んでもいいよ)

「読んでもいいし、読まなくてもいいよ」という「お勧め度50%」の感覚を表します。

ちなみに、「絶対読んでね!」と相手に強く勧める場合は、mustを使います。

ところで、「許可を与える」ということは、それなりの権限を持った立場の人しか使えません。

そのため、許可のmayは、立場の上の人に向かっては言いません。

お勧め度は50%なので、どうするかは言われた側の判断になりますが、「許可」のmayは、やや偉そうな響きになると思ってください。

(2)推量「~かもしれない」

次は「~かもしれない」という意味の「推量」を表すmayです。

これも、「予想率50%」のときに用います。

例えば、It may rain tomorrow.は「明日は雨かもしれない」と訳しますが、この場合「降水確率50%」をイメージしてください。

日本語の「かも」は、確率が高いときにも低いときにも使えますが、英語のmayは確率が半々のときにしか使えません。

もちろん言葉ですから、50%ぴったりでなく、40%や60%など多少のブレはあっても構いません。

しかし、あくまでも、「降るかもしれないし、降らないかもしれない」という半々の感覚を持つことが基本です。

(3)会話でよく使うMay I ~?

先ほど、「許可」のmayはちょっと偉そうな響きになると書きました。

しかし、疑問文になると、丁寧な響きになります。

英会話ではよく、May I ~?「~してよろしいですか?」という形が使われますが、これはmayを疑問文にすることで、「私は~する許可を与えられますか?与えられるなら与えてください」という謙遜した表現で、とても丁寧な響きになります。

May I have your name, please?(お名前を伺ってもよろしいですか?)

相手の名前をとても丁寧に尋ねる言い方です。

日本語だと、「差し支えないようでしたら、(名前を)教えていただけますか?」といったニュアンス。

もう少しカジュアルに尋ねたいときは、Can I ~?を使うと、フランクな響きになります。

mayで尋ねられたときは、答え方にも注意が必要です。

「mayで聞かれたからmayで答える」なんていう発想で、Yes, you may. / No. you may not.と答えると、偉そうな響きになってしまうからです。

そんなときには、次のように答えましょう。

OKの返事をする場合
Sure. / Yes, of course.(もちろんです)
NGの返事をする場合
I’m sorry, but you can’t. / I’m afraid not.(申し訳ありませんが、それはできません)

[mayを使ってみよう]

【許可「~してもよい」】
You may go if you wish.
(行きたいなら行ってもいいよ。)
⇒「行っても行かなくてもOK」、お勧め度「50%」です。if you wish「したいなら」が、どちらでもよいというニュアンスを強めています。

【推量「~かもしれない」】
I may be home late today.
(今日は帰りが遅くなるかもしれない。)
⇒遅くなる確率と遅くならない確率は2分の1のイメージ。「遅くなるかもしれないし、ならないかもしれない」というニュアンスです。

【会話でよく使うMay I ~?】
May I ask you a question?
(質問してもよろしいでしょうか?
⇒May I ~?を使って尋ねているので、相手には丁寧な響きに聞こえます。相手のSure.(もちろん)などの返事の後に、具体的な質問をするとよいです。

⑨used to ~

(昔は~だったけど)今は違う!

used to ~には、wouldと同じく、「過去の習慣(よく~したものだ)」を表す用法があります。

しかし、2つは似て非なるものです。

used to ~とwouldの違いは、「主観 vs. 客観」。

このキーワードをもとに違いを押さえましょう。

その前に、wouldの「過去の習慣(よく~したものだ)」を簡単に復習します。

She would often go to the amusement park when she was a child.(子供の頃、彼女はよくその遊園地に行っていたね)

wouldのコアイメージは、「100%必ず~した」ですが、実際には例文のようにwould oftenの形でよく使われるのでしたね。

このwouldと同じような用法が、used to ~にもあります。

ただし、前述のとおり、2つはよく似ているようで、まったく異なります。

では、ここから、used to ~の意味や用法を見ていきましょう。

(1)過去の習慣「よく~したものだ」

まず、used to ~はwouldと同じように、「よく~したものだ」という「過去の習慣」を表します。

My father used to run twice a week, but now seldom runs at all.(昔、父は週に2回走っていたが、今はめったに走らなくなった)

used to ~は常に「昔は~していた・~だった。けど今は違う」という意味を含むので、wouldの表す「過去の習慣」とは違い、「昔はよく走っていたけど今は走っていない」ことを表すときに使うのです。

(2)過去の状態「昔は~だった」

「過去の習慣」の意味以外にも、「昔は~だった」という「過去の状態」も表すことができます(この用法はwouldにはありません)。

There used to be a big castle on that hill.(以前はあの丘には大きな城があった)

例文は、「以前はあの丘に大きな城があった(けど今はない)」という「過去の状態」を表しています。

ちなみに、「よく~したものだ(過去の習慣)」と「昔は~だった(過去の状態)」の区別は、後ろにくる動詞から判断します。

「過去の状態」の意味では、used to ~の後ろに「状態動詞」がきます。

状態動詞とは「5秒ごとに中断・再開できない、現在進行形にできない」knowやlove、likeなどの動詞のことです。

wouldとused to ~をまとめると次のようになります。

wouldは「主観的」な表現です。

助動詞は、「~するつもり(will)」や「~かもしれない(may)」という「自分の気持ち(=主観)」を表すものだからです。

wouldは「主観的」なので、その日の気分でやったりやらなかったりという「不規則な習慣」を表します。

さらに、主観的な気持ちが込められる分、「昔はよく~したなぁ」という昔を回想する傾向が強くなります。

これに対してused to ~は「客観的」な表現です。

そのため、「週2回キッチリ」のように、「規則的な習慣」を表します。

さらに、客観的なused to ~は「(客観的に)過去と現在を対比」することができます。

「昔はよくした。でも今はしない」という文にはused to ~しか使えないのです。

主観的なwouldは、「客観的に対比する」ということには使えないわけです。

[used to ~を使ってみよう]

【過去の習慣「よく~したものだ」】
Masato used to watch TV every night.
(マサトは毎晩テレビを見ていた。)
⇒used to ~の後ろにwatchという「動作動詞」がきているので、「過去の習慣」を表します。used to ~は「客観的」な表現で、「今は見ていない」ということまで含んでいます。

【過去の状態「昔は~だった」】
Shoji and Tomonori used to be good friends.
(ショウジとトモノリは親友だった。)
⇒used to ~の後ろにbeという「状態動詞」がきているので、「過去の状態」を表します。さらに、「昔は親友だったけど今はもう親友ではない」というニュアンスまで含むのが、used to ~の特徴です。

【過去の状態「昔は~だった」】
There used to be a fish market in Tsukiji.
かつて築地に市場があっ。)
⇒used to ~の後ろにbeという「状態動詞」がきているので、「過去の状態」を表します。「昔は築地に市場があったけど、今はもうない」というニュアンスは、現実とぴったり合いますね。

⑩助動詞 have p.p.

過去への気持ち

これまで見てきた助動詞には、「~するつもり」や「~してもよい」という「動作系」の意味に加え、「予想系」の意味がありました。

例えば、willなら「~だろう」、mayなら「~かもしれない」などで、これらはすべて、「今」もしくは「未来」に対する気持ちを表します。

つまり「(これから)~だろう」、「(今・これから)~かもしれない」という意味です。

ここで扱う「助動詞 have p.p.」は「過去への気持ち」を表します。

さらにこの気持ちを「過去への予想」と「過去への後悔(イヤミ)」の2つのグループに分けて考えると、「助動詞 have p.p.」がスッキリ整理できます。

(1)「過去への予想」グループ

まずは、「今から過去を振り返って予想」する用法です。

「~だった」+「(助動詞の)予想の意味」で訳せばOKです。

例えば、may have p.p.なら「~だった」+「かもしれない(may)」となります。

1)may 2)must 3)can’tの助動詞を使った例文を確認していきましょう。

1)may have p.p.「~だったかもしれない」
I may have dropped my phone.(スマホを落としたかもしれない)
2)must have p.p.「~だったにちがいない」
You must have given me your cold.(君の風邪が移ったに違いない)
3)can’t have p.p.「~だったはずがない」
Ryo can’t have committed such a serious crime.(リョウがそんなひどい犯罪を犯したはずがない)

どれも「今から過去を振り返る」表現ですね。

これらの用法には、1つ注意点があります。

それは、must have p.p.を「しなきゃいけなかった」とか、can’t have p.p.を「できなかった」のように考えてはいけないということ。

このグループの「助動詞 have p.p.」は「予想」を表すので、mustは「ちがいない」、can’tは「はずがない」という意味になります。

(2)「過去への後悔(イヤミ)」グループ

「助動詞 have p.p.」のもう1つのグループは、「過去への後悔」を表します。

「イヤミ」のイメージで押さえると、イメージがよりつかめます(必ずイヤミになるわけではなく、あくまでもイメージです)。

1)should (ought to) have p.p.「~すべきだったのに」
Russel should have tried harder.(ラッセルはもっと練習すべきだったのに)
2)need not have p.p.「~する必要はなかったのに」
She need not have brought a gift here.(彼女はプレゼントを持ってくる必要はなかったのに)

いずれも、「~すべきだったのに(してしまった)」、「~する必要はなかったのに(してしまった)」という含みがある表現です。

(3)会話の定番表現 should not have p.p.

should not have p.p. (ought not to have p.p.)「~すべきじゃなかったのに」。

この表現は難しすぎると思われがちですが、会話で重宝します。

A. We bought you a cake for your birthday.(君の誕生日にケーキを買ってきたよ)
B. Oh, you shouldn’t have.(えっ、そんな気を遣わなくてもよかったのに。)

You shouldn’t have「気を遣わなくてもよかったのに」という、何かよいことをしてもらったときに使える表現です。

本来は、You shouldn’t have bothered.「そんなに頭を悩ませる必要はなかったのに」ですが、実際はbotheredを省略して使うことも多いです。

[助動詞 have p.p.を使ってみよう]

【「過去への予想」グループ】
This is not my umbrella. Someone must have taken mine by mistake.
(これは僕の傘じゃない。誰かが僕のを間違えて持って行ったにちがいない。)
⇒must have p.p.で「~だったにちがいない」という意味です。ちなみに動詞のtakeの核心の意味は「取る」。そこから「取って持って行く」となりました。

【「過去への後悔(イヤミ)」グループ】
The concert was terrific. You should have come with me.
(そのコンサートは素晴らしかったよ。君も一緒に来るべきだったのに。)
⇒should have p.p.で「~すべきだったのに(しなかった)」という「イヤミ」を表す表現です。

【会話の定番表現should not have p.p.】
You should not have eaten the ice cream.
(そのアイスクリームを食べるべきじゃなかったのに。)
⇒should have p.p.の否定文は、必ず「イヤミ」を表します。